時のかなたの人魚の島

■富安陽子
■偕成社
■¥ 1,365
『シノダ!』シリーズ五冊目。
人間のパパとキツネのママ、そしてハーフの子どもたち三人の、おかしな信田家一家の物語。
エブリディ・マジックというよりもナンセンスな色合いが強く、所々に子どもたちにとって「定番」と言える題材を、とても自然に盛り込んでいるのが、ファンタジー好きにはたまりません。
もちろん、そんな予備知識なんかなくったって、大いに楽しめるシリーズです。
さて、今回のお話は…
信田家に、南の島のホテルから招待状がとどきます。
心当たりの全くない、場所もよくわからないホテルからの手紙をふしぎに思いながらも、家族旅行に出かけた信田家の5人。
定期便すらない孤島に建っていたのは、古風ながら豪華なホテルでした。
ところが、いっしょに招待された客たちには、それぞれなにやら怪しい様子が見えます。どうやらホテルの支配人は、なにか訳があってこのお客たちを選んでいるらしい。
ホテルにも、島にも、縁もゆかりもないはずだった信田家は、なぜ招待されたのか?
そして、人魚にまつわる島の伝説に秘められた真実とは?
定期便もないという絶海の孤島に、
古風ながら豪華なホテルが建っている、(しかも名前は『銀波楼(ぎんぱろう)』)という設定からして、
いかにものパターン化された,よくある話を想像してしまいました。
冒頭、主人公のユイが、彼女のふしぎな力『風の耳』で、海風と潮の香りを感じ取る場面は、とても印象的なのですが、そこから島までのドタバタした旅のいきさつは、正直、どこかで読んだような、軽いお話を読まされるような気分もありました。
ところが、
「人魚の肉を食べると不老不死になれる」
という、ひとつのキーワードが軸になって、物語が動き始めると、もう大変です。
閉ざされた島の中で読者が見せられるのは、
小さな空間の中に閉じ込められた、途方もない大きな時空だったのです。
それはあたかも、島という人間の自我の部分を影のように覆い尽くしている「それ」、「エス」、時には「無意識」とも呼ばれる、果しなくひろがっている「魂の領域」をあらわしているかのように感じられます。
ユイの、風の言葉を聞きとる「風の耳」
タクミの、過去や未来を見透かす「時の目」
モエの、人間以外の生き物の言葉を伝える「魂よせの口」
いつもは控えめな、三人の子どもたちの特別な力が、今回はしっかりと活躍するのも、閉じられた空間という舞台あってのことでしょう。
…それにしてもこの「三つの力」、子どもたちなら誰もが持っていて、しかし大人になるにつれてだんだんと失われてしまう「イメージする力」のように思うのですが…
ほんの小さな、物語ではありふれた素材を扱いながら、読者をどこまでも遠い場所に連れ去ってしまおうとする富安陽子の魔法のペンさばきを、ぜひお楽しみください。
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