音の実験場にて~Mkさん宅訪問記

7月某日 
猛暑のある日、三河湾も程近い住宅街を走る一台の車があった。bassclef君の車である。
ちゃっかり同乗しているのはsige君と私、ネコパパ。
向かう先は、音響機器設計、録音の専門家、Mkさん宅である。

 

玄関でにこやかに迎えてくださるMkさん。
セッションのPAやレコーディングのときの厳しさとは違った、穏やかな表情。
玄関を入ってすぐの二十畳ほどの広間が、Mkさんのリスニングルーム、いや、実験場というべきか。
仏壇を間にして左右に置かれた巨大なスピーカーから流れていたのは、ハイドンの交響曲第94番。指揮ゲオルク・ショルティ。
その音は、まさにこの曲のニックネームどおり…『驚愕』だった。
 
がしりとした木材を切り出したようなスピーカー。
オリジナルで、商品化もされているアンプ群。
数十センチもの厚みのある木の土台に組み込まれたターンテーブル。
無数の計測器、真空管、工具、回路図…

ここは、Mkさんの仕事場。壮大な音のアトリエ。
 
再生装置から流れる音は、sige君いわく
>細分化され、それが瞬時に統合された音によって構成された「音楽」の立体。
それだ。
30年以上にわたって、工夫を加え、進化を続けているシステムが作り出すのは、個性や特徴、云々ではない、生まれたばかりの原音を、静かにそこに置くような、いつまでも浸っていたい響きだ。

 
「生の音」を数多く録音し、耳で確かめた原音を基準に、機材を調整するMkさん。
生粋の文科系であるネコパパには,機器や回路の詳しい話はさっぱり。でも、
ひとつの世界を「作りこむ」ことへの熱意と信念は、伝わる。揺さぶられる。
「力があるのに、大きく注目される機会がなく、良い録音が残されない演奏家が、世にたくさんいる。私がそんな人の力になれたら…」
そんなMkさんの志にも、深く感じるものがある。


 
心に残ったキーワードを、ほんのいくつか記しておきたい。
 

音作りの水準器は、チェンバロの音。
典雅だが、混濁しやすいあの「音」が「音楽」に聞こえるために、多くの手間と時間を費やしてこられた。
カール・リヒターの『ゴールトベルク変奏曲』。
はじめて聴くようだ。これは30年も前から知っている音源なのに…ネコパパは、「音楽」を聴ききとってはいなかった。
 
音の流れは渦巻き、時には回り込む。
マイクの位置は耳の位置に。人の耳は左右にあって、正面の音は聞いていない。マイクに直に口を近づけた声は、自然に聴く声とは違う。自然の音を拾うのが、録音の仕事なのだ。
オーケストラにマイク4本。歌曲のリサイタルには6本。ここには必然がある。
 
機材チューンの鍵は
電源の強化、高速化。高速化とは「音離れ」のよさを引き出すもの。
sige君のいう「細分化と瞬時の統合」。
Mkさんの言葉なら「分離させながら融和する」。
 
スピーカーの各ユニットでのインピーダンスの平坦化。
インピーダンスとは電圧と電流の比。両者のせめぎ合う力が音の波の力と速さを決める。ユニットごとに誤差のある数値を慎重にMkさんは読み取る。そして、多数の楽器であっても明瞭に、実音に近い音で鳴るように調整する。
「メーカー特有の音などはない。生の音に近づけるのが機器開発の本筋」
 

さらに
再生される空間の音の流れを読む。
リスニングルームの音の乱反射を見極め、必要な箇所に吸音材を施す。それはライヴハウス『チェロキー』にも生かされ「音離れ」のよい空間を作り出している。
 
訪問した三人は、
申し合わせたわけでもないのに、各自のこだわりの音源を、持参していた。
sige君は、自分もbassclef君も参加した、大学時代のジャズライヴ。オープンリールの生録音源だ。
bassclef君は大ファンのスタン・ゲッツがジミー・ロウルズと共演した『ザ・ピーコックス』
1975年録音。アナログLP盤である。
ネコパパは、演奏録音ともに一級と考えているアンドレ・プレヴィン指揮とピアノ、ウィーン・フィルの演奏によるモーツァルトのピアノ協奏曲ハ短調、愛聴盤のブルーノ・ワルター指揮のベートーヴェン『田園交響曲』。
 
Mkさん自らの歌曲、ジャズ、吹奏楽、オーケストラの録音作品に混ざって、個々思いのある音源が、かつてない音質で立ち上がる。
本当は、こんな音だったのだ。
それはまるで別世界の、いや、隠されていた本当の世界を見せてくれる音だった。

 
すごい体験をしたものだ。

あの音が耳についてしまって、離れない。
これまで多少のオーディオ機器など、「よい」といわれても、趣味の問題かもなあ、 と片付けていたネコパパだったが、いやあカルチャーショックだった。

この病を癒すには、ときどきお邪魔するしか…
Mkさん、これからもよろしくお願いします。 
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コメント

コメント(6)
No title
暑い中訪問頂き有難うございました。
当方の音は録音のモニターを主体にしたセッティングです。
そのためなるべく余分な音の反射を極力排除して音を浮かび上がらせるようにしました。

またいつでも音源をお持ちになって御出で下さい。

mak*ha*a*950

2010/08/02 URL 編集返信

No title
これはMkさん、コメントありがとうございます。sige君には目を通してもらいましたが、知識不足でいい加減なことを書いていないか心配です。
その「浮かび上がる音」に、すっかり参ってしまいました。
ぜひまた伺います。

yositaka

2010/08/02 URL 編集返信

No title
何とかの科学という掲示板があり、ブラインドテストが有効と言っていますが、同じ音源現場を体験した人たちが当方のような環境でやらなければ嘘の判断になりますね。

こういういい加減が通るオーディオ環境が悲しくなります。

mak*ha*a*950

2010/08/03 URL 編集返信

No title
何とかの科学、探して読んでみました。
ブラインドテストなど、鋭いところを付いていますし、主催者は博識のようですが、Mkさんの立ち位置とは根本的に異なっていると思います。
Mkさんが演奏者と親しく、さまざまな条件の音の現場に立って「録音する」ことで常に「原音」に触れ、それを基準として機材の構築をされているのに対して、
あちらは「機材同士」の比較をかなり主観的に論じているからです。
マニアの耳はどうしても後者にいきがちですよね。Mkさんのご意見は貴重です。

yositaka

2010/08/04 URL 編集返信

No title
ブラインドテストの音源もDレンジの広い吹奏楽のマーチやマーラーの9番、混変調の出易い2台のチェンバロ等のリミッター無しの音源でやるなら分かりますが、市販の元の分からない音源ではミスユニバースの選定と同じ事になります。

mak*ha*a*950

2010/08/04 URL 編集返信

No title
確かにおっしゃるとおりです。
多数のアコースティクな楽器が合奏する音楽と一般によく聞かれるヴォーカルとエレクトリックの合成音とでは、音の成分だけとっても高音質の概念が違いますし
録音の現場を知らずに聞くわけですから
想像や幻想の部分が増えてしまう。
つくづく音と言うのは難しく、奥深いものですね。

yositaka

2010/08/04 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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