おひさまいろのきもの~見えないのはだれ?


おひさまいろのきもの 広野多珂子作・絵

福音館書店 定価 1575円(本体価格1500円) 
ページ数: 36
サイズ: 27X30cm
初版年月日: 2007年09月30日
ISBNコード: 978-4-8340-2293-3

 
あるむらに ふう という
おんなのこが いた。ちいさいときに
おもい びょうきをして、なにも
みえなくなってしまった。
かあさんの かおさえも。

おひさま色に彩られた、この大判の絵本の表紙には、
主人公のふうが、赤い糸を片手に笑顔で機織り機の傍らに座っている姿が描かれている。
だからよけいに、この冒頭の言葉には驚かされる。だが
ふうは そんな境遇をものともせず、
たった一人の肉親である母を支えて、家の手伝いもし、近所の子どもたちとも仲良く過ごしている。
ふうには、たった一つ願いがある。おひさまのようにあったかい色の着物を着て、秋祭りに出かけることだ。
家計は苦しく、願いはかなえられそうもないことをふうは知っているのだが、それでも母に願いを打ち明ける。
母はわらじ作りのやりくりをして、白い糸を買い、赤く染めて、ふうの願いをかなえようとする。
母に機織りを教えてもらったふうは
母が仕事に出かけている間、まいにち機織りを続ける…

ふうのおるぬのはでこぼこしていた。
それでも おりつづけるうち すこしずつ
すこしずつ なめらかになっていった

夏が過ぎ、秋が来るが、ふうは母の助けを断り、ひとりでやり遂げようとする。

とつぜん はたおりきが とまった。
ふうは てさぐりて いとを さがした。
いとは どこにも なかった。
「どうしよう」
ふうの めから なみだが あふれでた

もちろん、物語は幸せな結末を迎えるのだが…

私はこの絵本のつむぎだす物語に深い感銘を受けた。
ここには児童文学とよばれる表現媒体だけが描き出せる表現があると考えるから。
「ファンタジー」の本質が語られているといってもいいだろう。

いとやの しゅじんが わらった。 
「はなの もようが わかるのかい?」

この作品で唯一つ、現実と物語の世界がこすれあう場。
読者はここで痛みを感じるだろう。
では問うてみよう。
私たちのうちだれが「花の模様」「この世のすばらしさ」が「わかるのかい?」「見えているのかい?」と。

この世界の「おひさまのあたたかさとはなのもよう」を手にするために
ひたすら 機をつむぐ ふうの姿
それは 物理的な視覚をこえて
見ようとするものにだけ見える
輝きと 秘密と 信頼にみちた世界があることを私たちに教える。
それも概念ではなく、くっきりとした物語そのものを通してである。

みえないものをみえるように
みえるものをもっとよくみえるように

児童文学の「奥義」ファンタジーの役割はまさにそこにある。

主人公の名前が「ふう=Who」なのは決して偶然ではない。
見えないのはだれ?
それは物語が発する、深く大きな問いかけだ。

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コメント

コメント(1)
No title
検索から探していたブログに漸く出会えました。

印に足跡を残していきす。ペタッ

ゆいか

2008/05/07 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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