蓄音機で聴く戦前・戦後の歌謡曲-発禁レコードを中心に-

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中日新聞 2024.2011

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★戦後の部に、急遽リクエスト曲として『買い物ブギ』(笠置シヅ子)が追加演奏されました。

今回のピースあいち企画は、戦前から戦中にかけての歌謡曲を「発禁」をキーワードに聴いていくというユニークな内容です。進行を務めたのは、!Tさん、IWさん、Mackieさんにネコパパ、『SP倶楽部78』のメンバーです。
もっともネコパパは、午前中地元の『音楽を楽しむ会』があり、それを終えて駆け付けたので、開始時間ぎりぎりの到着になりました。

Aパートでは、戦前文化華やかな時代の、国際感覚豊かな歌の数々を聴いていただきました。全然いち早くジャズのリズムを取り入れた服部良一は、今回のコンサートのキーパーソンと言っていいでしょう。「山寺の」の中野忠晴もまた、早すぎるほどの新しさで昭和初期の日本を一世風靡しました。彼らの音楽はこれに限らず、現在耳にして、まったく古さを感じない、驚くべきものです。

Bパートは「検閲」に目を向けます。
毛利眞人の近著『幻のレコード』によれば、当時日本で発売されるすべてのレコードを直接チェックしていた検閲官はただ一人、小川近五郎という人物。彼は検閲官という言葉で想像される強面で威圧的な人物ではなく、むしろ音楽全般に造詣の深い、「流行は抑圧できない」という考えの持ち主だったそうです。そんな検閲官の下、レコード界にはどんなチェックや規制が入ったのか、その一端を知っていただく選曲となりました。
『覗かれた花嫁』や『忘れちゃいやよ』は、歌詞というより官能的な歌唱に対するクレーム、『別れのブルース』『夜のプラットフォーム』では悲観的退廃的な「ムード」が問題となり『煌めく星座』では軍へのあてこすりと曲解された結果、歌詞を改めた「改訂版」が再発売される。資料として新旧の違いを明示した歌詞が配布され(mackieさんの労作)、それを見ながらの鑑賞となりましたが、現在の感覚では何が問題なのか、理解に苦しむ「改訂」となっています。

Cパートはネコパパが解説担当。「自由な空気の中で」と副題にあるのは、もっともですが、でも、その根底にあるのは…とさんざん考えた末にやっとたどり着いたのは「非常時」は終わらなかった、ということでした。終戦の年のうちに出た『リンゴの唄』を並木路子は「明朗」に歌えない。それもそのはず、父と次兄は戦死、つい半年前は空襲を逃げ延びたものの、母を失った並木にとって「明るく歌う」のは難事だったはず。そこを「こなし」たのは、まさしく「今は非常時」という思いだったはずです。『東京ブギウギ』では、録音スタジオにアメリカ兵が押しかけて踊る。作詞の鈴木勝の声掛けだったそうですが、昨日「鬼畜」と罵倒していた米兵と、今日は踊りながら「世界のうた」「世紀のうた」と歌い上げる。そして戦中は日本文学報国会幹事長として軍人援護強化運動を指導した西条八十が「焼け跡で緑の谷を夢見る」『青い山脈』を作詞する。彼にとっては戦中も戦後も「非常時」で、即時対応が生きる術でした。

それは、民衆も同じで、戦前戦中「不謹慎」として自粛警察よろしく発禁、自粛を促したのは当局への「通報」だったし、戦後も『リンゴの唄』に対して「リンゴは日の丸ではないか」と中傷する手紙が作詞のサトウハチロー宅に送り付けられる始末でした…素敵な歌を愉しみつつネコパパが思ったのは、おかしくも不気味な、日本人の「非常時感覚」だったのです。

それにしても今回の企画には長い準備が必要でした。Mackieさんが戦中の状況を徹底して調査されたし、日本有数の歌謡曲コレクターのIWさんの脳内データの膨大さにも驚嘆させられました。文献調査で浮上した、Mackieさんもネコパパも、タイトルすら聞いたことのない楽曲を例に出しても「それ、あるよ!」の一言で出してこられる。
検閲で発売自粛(実際には発売後のものは既に世の中に出ており回収は困難)になった盤もそうです。『煌めく星座』のレーベル面には「改訂版」と大書された盤も貴重。まさに歴史的証言ですね。
こんなことが書かれていたら、何が「改訂」されたのか、却って気になってしまうんじゃないでしょうか。
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新聞記事にもあるように、会場は40人定員が満席。終了後の反応も手ごたえのあるものでした。
ネコパパも西条八十の縁者の方から「初めて納得のいく説明を聞きました」とお話しいただき、身の震える思いでしたし、ボランティアでお手伝いに来られていた女子高校生から、強い関心を寄せられたことも嬉しさの限りでした。今後も企画の継続を期待したいと思います。

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コメント(3)
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2024/02/16 編集返信

自粛警察、コンプラまで
ネコパパさんのご奮闘ぶりも伝わる記事でした。
相変わらず発禁という言葉を使わず自粛とかコンプラとかいう言葉に置き換わっただけの山島(海やまのあひだ)です。(柳田はこの列島を『山島民潭集』という書名で示し、釈超空は『海やまのあひだ』と歌集名で示していました。)
そういえば昨春でしたか、「コンプラ化する昔話」というABEMAプライムの番組があり(https://www.youtube.com/watch?v=K6eFPIP4YMU いまは編集・短縮されていますので中途半端かも)ひろゆきさんという方が徳田さん、高木さん、という方々とトークしていましたが、教科書などを見ても相変わらずの感じです。
と思っていたら、もっと大変なことになったるんじゃないのというのが「不適切にもほどがある」というドラマだったかも。つかこうへいの『熱海殺人事件』なんかのテレビ放映などは絶対無理かな。
西条八十のお孫さんとかでしょうか、八十のご子息は西条八束先生とおっしゃって名古屋大学の地理学(陸水学)の有名な研究者でした。
それにしても「コンプラさま」が無条件一律に崇められるのはやな社会だなあと思います。と言いつつ、コンプラフネフネ・・・・・・とコンプラさまのご利益にすがる愚かな蛙でありました。

シュレーゲル雨蛙

2024/02/18 URL 編集返信

yositaka
Re:自粛警察、コンプラまで
シュレーゲル雨蛙さん

あれですね。例の昔話コンプラ問題を論じた番組。
その話題は児童文学の分野でも耳にします。「まずは古典を読むことが大師」と力説されるメリーゴーランドの増田師匠も、「差別の視点」の存在には配慮すべきことを一言付け加えていました。
ネコパパとしては、無責任な上げ足取りでなく、真摯に「考証」するのであれば、決して「後出しじゃんけん」にはならないと思っています。必要なのは中傷ではなく、考察であり議論です。
西城八束さんの縁者の方がピースあいちの創設時に尽力されたとのことで、そのあたりの事情に詳しい方からのご感想でした。
西条八十は、ソルボンヌ大学に留学し、ポール・ヴァレリーとも交流。フランス文学者としての矜持は生涯不変だったものの、生きるために童謡、歌謡曲、軍歌、児童文学と、多様な媒体で執筆したことはまさに「非常時対応」の連続だったのでは…というのが私の話の主旨でした。「初めて納得がいきました」というご感想にも、いろいろと含みがあると思いますが、貴重な時間になりました。

yositaka

2024/02/18 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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