クラシックと珈琲と・蓄音機ミニコンサート①

愛知県図書館で開催するレコード・コンサートの1回目。ブロ友のgeezenstacさんのご紹介でコメンテーターを務めさせていただいたものです。
geezenstacさんのプログに詳細な記事がアップされています。
ネコパパ、ちょっと照れるなー
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場所は、愛知県図書館の入り口、入ってすぐの広いロビー。
その名もYotteko。
テーマを決めての各種展示、地域情報、地域資料が集約され、かつゆったりと自分に向き合えるくつろぎのスペースでもあります。手作りパンとコーヒーを提供するカカシカフェも営業していて、居心地は抜群。
なにせ静寂が必須の図書館ですから、ネコパパも緊張です。雰囲気を壊さないよう、穏やかな空気のように語れるよう配慮して、お話を進めました。
相棒蓄音機のグラフォノーラ212も、やや音量を抑えたナガオカSPF4の針を使用。
プログラムはこれです。
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■バッハと珈琲

音楽の父と呼ばれているバッハが、ライプツィヒの聖トーマス教会楽長の職に就いたのは1723年。
当時ドイツは珈琲が大流行で、ライプツィヒにも8件のコーヒーハウスがありました。大のコーヒー好きだったバッハが毎日のように通ったのは、1717年開店のコーヒーハウス、カフェ・ツィンマーマン。彼はここで、コーヒーだけではなく音楽も楽しもうと思い立ち、定期演奏会を行うことを提案します。
演奏はライプツィヒ大学の学生オーケストラ、コレギウム。ヴィヴァルディ、テレマン、そして自作のソロ演奏から協奏曲、合唱付きのカンタータまで、多様な内容のコンサートは毎週金曜日の夜に開催。1729年から13年間も続いたそうです。有名な「コーヒー・カンタータ」の初演は1732年でした。
カフェ・ツィンマーマンでも演奏されたと思われるバッハの管弦楽組曲第3番。その第2曲をヴァイオリン独奏用に編曲したのが「G線上のアリア」です。

■モーツァルトと珈琲

モーツァルトの遺品に、「コーヒーミル2台」がありました。
自分でコーヒー豆を挽いていたかどうかわかりませんが、2台も「コーヒー挽器」があったのは、細挽き、中挽き、粗挽きのうちの二つを使い分けていたのかもしれません。義妹ゾフィー・ハイベルの家庭でコーヒーを砂糖とともに飲んでいたことを記した手紙から、モーツァルトもコーヒーを好んでいたことが伺えます。就活で訪れたパリては、池のほとりのカフェでコーヒーを飲んでいるときにクリスチャン・バッハに再会したという記録もあります。
「大作曲家と珈琲」(鞍 信一著)によると、
『1791年12月5日、モーツァルトが永眠する直前に、彼の好物である珈琲を飲ませてもらったことは、余り知られてない』として、弟子のジュスマイヤーがモーツァルトに「末期のコーヒー」をすすらせた、というエピソードを紹介しています。しかし、モーツァルトの死に立ち会った義妹ゾフィーは、当時のモーツァルトの様子や言動を。詳しく手紙に書いていて、ジュスマイヤーの訪問は事実ですが「末期のコーヒー」の記述はなく、どうやらこの話、後年に書かれた伝説のようです。
「トルコ行進曲」は、ウイーンにコーヒー文化をもたらしたトルコの軍楽隊のリズムで書かれた曲です。当時ヨーロッパはトルコ・ブームに沸いていたのでした。

■ベートーヴェンと珈琲

コーヒー好きの作曲家といえば、ベートーヴェンも有名です。
彼は毎回豆の数を数えてコーヒーミルで挽き、最高においしいコーヒーをいれていたと伝えられています。弟子のシントラ―は「ベートーヴェンはコーヒー1杯に豆60粒と決めていて、いつも数え間違えないように気をつけていました」と書いています。シントラ―は嘘八百のベートーヴェン伝を書いた人物として有名で信用なりませんが、これについては他にも多くの人が証言していて、例えばベートーヴェンの知人でピアノ教師のフリードリヒ・シュタルケは、「ベートーヴェンは朝食用のコーヒーをガラスの器具で準備していました。彼はコーヒーを健康のために欠くことのできない飲み物と考えているようで、毎回60粒のコーヒー豆をカップ1杯ぶんとしてきっちり数えていれているのです」と書き記しているそうです。60粒は約10グラム、ベートーヴエンはちょっと濃い目がお好きだったようです。
そんなベートーヴェンのリラックスした小品「メヌエット」をカザルスのチェロ編曲版でどうぞ。

■シューベルトと珈琲

ウィーンにコーヒーハウスが誕生したのは1683年。上流社会の人々の社交場から、19世紀には大衆にも広がりました。
シューベルトは、お気に入りのカフェへ毎日足を運んだほどコーヒー好きで知られています。
教職を進める頑固な父親のいる実家に寄り付かず、友人宅を泊まり歩いたシューベルトの習慣は、ブラック・コーヒーを飲みながらガストハウス(カフェレストラン)で歓談することでした。
有名な歌曲「聴け、聞け、ひばり」は、レストランのメニューの裏に書かれたそうです。そんなシューベルトが特に贔屓にしたのは「カフェ・ボーグナー」で、まるで自分の家の延長のように深夜まで居座り、店のおかみさんは、彼の死の直前までなにくれとなく面倒を見ていたそうです。
「セレナード」は、シューベルトの死後纏められた最後の歌曲集『白鳥の歌』からの一曲です。

展示コーナーには、イベントに合わせて、レコードジャケットや関連の音楽書も多数展示されたてました。ネコパパの提供したジャケットもありますよ。どれかな?
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ミニコンサート第2回は2月17日開催です。

追記 ベートーヴェンの「コーヒー豆一杯60粒」についてのシュタルケの証言、みっちさんのご指摘で再確認するとどうも眉唾のようです。かといってシントラ―の証言は信憑性に問題が…この件、調査継続。
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コメント

コメント(8)
60粒云々
フリードリヒ・シュタルケの回想には、「60粒」云々はありません。
拙過去記事
https://mitchhaga.exblog.jp/30068195/
を参照してください。
これはアントン・シンドラーの説です。

みっち

2024/02/12 URL 編集返信

yositaka
Re:60粒云々
みっちさん

これは重大なご指摘。

日本クラシックソムリエ協会 代表理事 の田中泰氏が「東洋経済オンライン」に書いていた記事の引用 https://toyokeizai.net/articles/-/177515?page=3
と、先日NHK第2のカルチャーラジオ「偉人と食で旅する世界史 (9)ベートーベン」(放送日: 2023年11月28日)で、講師の歴史料理研究家、遠藤雅司氏が「会話帳捏造疑惑のあるシントラ―のほかにも、1822年の会話帳に、弟のニコラウス・ヨハン・ヴァン・ベートーヴェンが「今日はうちで食べればよかったのに。朝食用に120粒のコーヒーを用意しておいたよ」という書き込みがあることから、60粒の件は、はほぼ間違いがないと思われます」と話していたのを参考にしました。が、シュタルケの出典を確認したわけではなく、他のネット検索でも引っかからないので、どうやらガセネタをつかんでしまった可能性が大です。次回の会では訂正します。

yositaka

2024/02/12 URL 編集返信

Re:Re:60粒云々
はい、みっちが過去記事で引用したのは白水社刊の「ベートーヴェン訪問」からですけど、もともとの典拠はセイヤーの「ベートーヴェンの生涯」です。音楽之友社の邦訳なら上巻の600ページです。両者の内容は同じです。またこの証言はシュタルケ自身が書き記したのではなく、ベートーヴェン研究家のルートヴィヒ・ノールが聞き取って筆にしたものです。

シュタルケはベートーヴェンの甥カールにピアノを教えています。彼はピアノ練習法を研究していて、ベートーヴェンの「11のバガテル」Op.119のNos.7 から11はこのために書かれたのだそうです。

みっち

2024/02/12 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:60粒云々
みっちさん
コメントも訂正しましたが、あらためて遠藤氏の放送を聴き直してみたら、シュタルケのことも触れてはいますが、「60粒」の根拠ではなく、これについては弟ヨハンが書き記した1822年の会話帳の内容を根拠にしているとわかりました。
ただ、60粒ではなく120粒ですが、これは二人で朝食を、という意味なのか、ベートーヴェンが2杯飲むという意味なのか、そこは不明です。遠藤氏はシントラ―は信用できないという立場で話しているようです。

yositaka

2024/02/12 URL 編集返信

Re:Re:Re:Re:60粒云々
ああっ、なるほど、最近ベートーヴェンの会話帳が英訳されて出版されているのは知っていたのですが、こんな記載があるんですね。
ネットを検索して見つけました。原文はこうです。
『You should have eaten at our place today; we waited until 2 o'clock. In the morning we have 120 [coffee] beans.』

これからすると、シンドラーもまんざら嘘ばかり書いているわけではないようですね。(笑)

みっち

2024/02/12 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:Re:Re:60粒云々
みっちさん

さすがの速攻検索!
それにしても、シントラ―の伝記は虚実入り混じっている感じですね。無給秘書を自称していたそうですが、「推し」と「おっかけ」みたいなものでしょうか。「推し」のベートーヴェンをかっこいい人物に仕立てようと必死だったのかもしれませんが、現在ではみんなから「信用ならない人物」と言われるようになってしまい、彼の書いたことには逐一検証を求められる事態になってしまいました。

yositaka

2024/02/12 URL 編集返信

Re:Re:Re:Re:Re:Re:60粒云々
ネットで見つけた情報は、あとで新規記事にして載っけておきます。今日はもう、端末前に座る時間制限をオーバーしたので、これにて。(爆)

みっち

2024/02/12 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:60粒云々
みっちさん
楽しみにしています!

yositaka

2024/02/12 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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