服部良一、エマヌエル・メッテル、朝比奈隆

ryoichi-hattori-keyvisual01.jpgPXL_20240128_000056110.jpg
戦争や災害、困難な事態に直面して、やむなく動かざるを得ないことがある。
しかしそんな「避難」の中でも、思いがけない出会いがある。「非日常」が豊穣を生み出すきっかけにもなる。
記者は、今回の震災で二次避難を余儀なくせざるを得なくなった子どたちを念頭に、この記事を書いている。
話題は、NHKの「朝ドラ」で話題の作曲家、服部良一と、彼の作曲家人生に大きな影響を与えたロシア系ユダヤ人の音楽家、エマヌエル・メッテルとの出会いである。
1699534017758-pCR3Mglri6.jpg
メッテルが来日したきっかけは、Wikiによると、さきに来日し、宝塚音楽学校で教授を務めていたバレリーナ出身の妻エレナを追ってのことだったという。
来日は1926年、昭和元年だ。その同じ年、1926年にラジオ放送用に結成された大阪フィルハーモニック・オーケストラに入団。その指揮者に任ぜられたばかりのメッテルから、服部は4年にわたって音楽理論・作曲・指揮の指導を受けることになる。
一方、若き朝比奈隆がメッテルに学ぶために京都大学に入学し、オーケストラ部に入団したのは1928年。
r800.jpg
日本の音楽界に、ジャズとクラシック、ジャンルは異なると言えども、大きな実績を残すふたりの日本人は、まったく同時期にウクライナからの亡命してきた一人の音楽家の強い指導力によって、その力を開花させた。
驚くべき偶然、恐るべき縁の力といえるだろう。

しかし、記者はこの事例から「好きなことにとことん固執すること」「人々の幸福に貢献すること」「よそ者であることをコンプレックスとせず、自らの力とする」という3つのメッセージを引き出そうとする。「精神の共通項」だという。
これはどうなんだろう。ネコパパは、あとの二つはなんとも説教臭く、教条的に思えるし、初めの点についても、いやちょっと待てよ、と思いたくなる。

話題の人物を取り上げて人を力づけ、励まそうとする意図はわからなくもない。
新聞の教育的役割と言われればそうだろう。しかしそれにしても、「固執」とは、恐ろしい言葉である。この3人の音楽に対する固執、執着心は、それこそ人並外れたものだったに違いない。それは間違いなく周囲の人々を翻弄する。この3人だって、きっとそうだ。人並外れた才能は、数知れず修羅場を引き起こす。
それは良い。それが人間だ。問題は、固執に取りつかれた人間の、肯定的な一面だけを見て称揚する「メッセージ」に、はたして本当に、子どもたちを励ます力があるのだろうか、ということである。
せっかくの興味深いテーマを取り上げた記事なのに、ついつい否定的な感想を持ってしまうネコパパは、やっぱりひねくれ者なのだろう。それにしてもこの記事、テーマと題材に齟齬があるように思われてならない。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(0)
コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR