井上ひさし、逝く

井上ひさし、逝去。
2010年4月9日、享年75歳。
中学生の頃から読み親しんできた劇作家、小説家で、個人的には現代の文豪と考えてきた。
いつも「殺される側の立場」に立って、言葉と笑いを武器として、立ち位置を崩さず創造を続けた75年。
 
多くの人たちが彼の死を無念の思いで感じ取っているだろう。
ここでは、私がもっとも大切に思っている二つの文章を引用することで、追悼の一文としたい。
 

一つ目は、戯曲『きらめく星座』より。http://www.amazon.co.jp/dp/4087725383
昭和を生き抜いた一軒のレコード店を舞台に、時代と歌の運命を語る作品だ。
多彩な登場人物が登場するが、その中では比較的目立たない存在である「広告文案家」が、生きる希望を失い、生まれるべき命を絶とうとしたひとりの母親に向かって語る「人間の広告」…
 
 
>この宇宙には四千億もの太陽が、星があると申します。それぞれの星が平均十個の惑星を引き連れているとすると惑星の数は約四兆。その四兆の惑星の中に、この地球のやうに、程の良い気温と豊かな水に恵まれた惑星はいくつあるでせう。たぶんいくつもないでせう。だからこの宇宙に地球のような水惑星があること時代が奇蹟なのです…。
 …水惑星だからといつて必ず生命が発生するとはかぎりません。しかし地球にあるとき小さな生命が誕生しました。これも奇蹟です。その小さな生命が数限りない試練を経て人間にまで至つたのも奇蹟の連続です。そしてその人間のなかにあなたがいるといふのも奇蹟です。かうして何億何兆もの奇蹟が積み重なった結果、あなたもわたしもいま、ここにかうしてゐるのです。わたしたちがゐる。いま生きてゐるといふだけでもうそれは奇蹟の中の奇蹟なのです。かうして話をしたり、だれかと恋だの喧嘩だのをすること、それもそのひとつひとつが奇蹟なのです。人間は奇蹟そのもの。人間の一挙手一投足も奇蹟そのもの。だから人間は生きなければなりません。…
 くぢら座が真南にかかつた。菊の花はコトバを喋れない、だから匂ひでぼくたちの鼻になにごとか語りかけてきます。星だって同じです。星もコトバを持つていませんが、光をきらめかせながらぼくたちの目に語りかけてきます。
「地球は奇蹟だピカピカ、人間はピカピカの奇蹟そのものだ」つてね。
 
 
 
二つ目。
最後まで護憲の立場を貫いた井上は、日本国憲法を、彼の座右の銘に従って
「難しいことをやさしく、やさしいことを深く」語りなおした。
『子どもに伝える日本国憲法』第九条から…
 
 
>私たちは、人間らしい生き方を尊ぶという

まことの世界を心から願っている
 
人間らしく生きるための決まりを大切にする
おだやかな世界をまっすぐに願っている
 
だから私たちは
どんなもめごとが起こっても
これまでのように、軍隊や武器の力で
かたづけてしまうやり方は選ばない
 
殺したり殺されたりするのは
人間らしい生き方とは考えられないからだ
…(中略)…
 
どんなもめごとも
筋道をたどってよく考えて
ことばの力をつくせば
必ずしずまると信じるからである
 
よく考えられたことばこそ
私たちのほんとうの力なのだ
 
そのために、私たちは戦をする力を
持たないことにする
 
 
 
4月13日付の朝日新聞に演劇評論家、扇田昭彦の追悼文が掲載された。
そこにはこんなエピソードが紹介されている。
 
 
>三十年前になるが、私は井上氏と一緒にインドネシアを旅したことがある。同行していて驚いたのは、井上氏の猛烈なメモ魔ぶりだった。飛行機でもホテルでも遺跡でも、氏はメモしたものを素早く手帳に克明にメモする。ビール瓶のラベルの図柄まであっという間にスケッチしてしまう。世界を丸ごと、細部まで描こうとするかのような氏のほとんど偏執的な情熱に圧倒されたのだった。
 
 
「世界を丸ごと細部まで」言葉によって描ききる。扇田はそんな井上の作品を「シェークスピア劇の幅広さ」にも喩えている。
そんな無謀にして果敢な「ことばの騎士」がこんなにはやく旅立ってしまった。
なんという悔しさ。
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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