斎藤次郎さんにケストナーの話を

3月某日
名古屋市千種区に新装成った子どもの本専門店『トムの庭』主催の講演会に参加。
場所は、同店1階にある喫茶店doolittleで、お茶とケーキを楽しんだ後の講演という、くつろいだ時間に。

講師は教育評論家の斎藤次郎さん。
テーマは「エーリヒ・ケストナーについて」
ネコパパは二年前にもお話を聞いている。



次郎さんは二年間で、随分お疲れになった感じ。でも、話がはじまると、すぐに生き生きと若返る。
ケストナーの政治的抵抗の話は今回はパス、といいつつも、
「ナチスは煙草が嫌いでした。健康という誰にも反対できないことを旗印にして、個人に権力が立ち入ってくる。これは煙草の害よりこわい。ファシズムは怖い顔ではなく、にこやかにやってくる…」と、付け加えるのが彼らしい。

お話しは1929年から1935年にかけての作品群を中心に。

エーミールと探偵たち
点子ちゃんとアントン
飛ぶ教室
エーミールと三人のふたご

ストーリーをゆったりと語りながらコメントを加わえていく次郎さん。

『エーミールと探偵たち』は探偵物語の形をとった、母と子の絆の物語。
そのテーマは、直接には、冒険の合間に挿入されるエーミールと教授君の会話の形でさりげなく語られるくらいだが、実は物語全体を貫くおおきな主題だという。
エーミールが盗まれた140マルクというのが、現在では現金としてどれくらいの価値になるのかは、わからない。でも、それは母が必死の労苦で蓄えた、エーミールへの愛情そのもの。彼にとっては何者にも優先する尊いもの。これは、そんな大切なものを、彼の仲間となった子どもたちとともに追跡し、取り戻すまでの物語だ。

子どものころにおいしかった食べ物は、不滅の味。ほんとうに「おいしいもの」は味ではない。同じように、お金の値打ちも、また貨幣価値ではない。だから僕は当時の140マルクの価値は知らないし、知ろうとも思わない。時を超えた値打ちなのだから。

作品に出てくる子どもの会話は、当時の文学の文体としては、画期的にリアルなものだったという。
そんな生気に富んだ会話によって、
ケストナーの描く子どもたちは、初対面だろうと、すぐにわかりあい、仲良くなる。
今知りあった友のために、迅速に行動することを厭わない。
子どもはみんな仲間なのだ。
それに対して、子どもが大人に自分を信用させるのは、並大抵でなく、困難だ。周りは分からず屋の大人たちばかりである。例えば、物語の終盤。エーミールは自分が盗まれたお金を大人に証明するために、「ピンの穴」という証拠を持ち出す。この場面、主人公の機転を楽しむというより、子どもはここまで知恵を絞らなければ大人を動かせない、という現実を伝えたいのだ。
これが、どの作品にも登場するケストナーの哲学。

この哲学は現代でも通用するのか…斎藤さんは考える。
たしかに現代では、「大人みたいな子ども」が増えていることは事実。子ども同士なら即座に仲間になるというわけにはいかない。でも、「大人みたい」の裏には、必ず「変らない子ども」がいるはずだ。
一方、大人が子どもを信用しない。見くびらないと生きていけない、という事実は、変らない、むしろひどくなるばかりだ。

ケストナーの物語には、お金と犯罪がよく出てくる。そのことに反発したり、敬遠したりする読者もいる。
『エーミールと探偵たち』その続編の『エーミールと三人のふたご』
いずれも、子どもたちは、大人によって引き起こされた難事を打開するために1000マルクのお金を得る。窃盗や子捨ての犯罪はお金によって現実的に解決されていく。
そういえば、『点子ちゃんとアントン』や『飛ぶ教室』でも、お金による問題解決は出てくる。ときにはいかにも出来すぎた物語展開をするケストナーだが、きっちりと書くべきところは書いている。そこが大事なところなのだ。

ストーリーがとんでもない「ねじれ」を生む場合もある。『エーミールと三人のふたご』では、前作のエーミールたちの活躍が映画化され、公開される話が話の中心として取り上げられ、作者も実名で登場する。ちょっと考えられない展開だ。

でも、ケストナーは言うだろう。

そんなことも、あっていいじゃない。
一人の人間には、さまざまなことがあるのだから…
ケストナー自身にも、父親、妻、愛人、いろいろな問題があった。
それでも、彼は、物語の登場人物に、積極的に家族の名前を使った。おおらかな人間観を見る思いがする。

『飛ぶ教室』については、時間切れ。でもこれは、次郎さん激賞の作品で、人類の手にした最高の文学の一つという。ネコパパも賛成だ。ぜひ機を改めてお聞きしたい…

でも、ひとつだけ、と斎藤さんが語った「謎」がある。
この作品は1933年の出版。しかし本当か。そうだとすれば、かなり年末に近かったのでは。
その年の5月、有名なナチスの焚書事件が起こっている。
自分の本も焚書の対照になったこの事件の現場に、ケストナー自身も出かけている。人々の狂気の行動を見届け、証人となるためだった。

『飛ぶ教室』には、二つの学校の子どもたちの乱闘が描かれる。
奪われたクラス全員の「書き取りノート」が焼き捨てられる場面もある。そこには、ケストナーの目撃した焚書事件への抗議の思いが込められていたのかもしれない、というのが次郎さんの仮説だ。とすれば、執筆は事件の後のはず。1933年の出版というのはありえたか…

興味深い問題だ。ネット検索ではわからない。謎は残された。


話の合間に、時折入り込む次郎さんのつぶやきで、印象に残った言葉。

うそをつかないと、「期待される大人」にはなれなかった。70歳の今、このまんま誤魔化して生きていけるのか、と迷うのが、僕の実情です。

ケストナーは子どもの本を書く人の条件は、子どものころをよく覚えていること、それが必須だといっています。児童文学者は、子どもを観察して、立派な作品を書く。誰とは言いませんが、でも、あの程度です。
人間は、本当は自分の内側しかわからないものなんです。


お話の後、ネコパパは「点子ちゃんとアントン」に書かれたケストナーの諸相についてご意見を伺った。

あれだけ聡明でありながら、なお悪事に加担して夜の街に出て行く点子ちゃん。
「ケストナー理想主義ではあるけれど、無条件に子どもを賛美してはいませんね」
「門番の少年のことでしょう。ろくでなしと呼ばれていますね。」


>こういう、人間の顔をした動物にも劣るやつは、子どもの中にもいる。…こんなやつをちゃんとした人間に仕立て直すことは、およそ考えられるかぎり、とびきりむつかしいことだ。それにくらべたら、水をふるいにかけることなんか、お茶の子さいさいだ。その人の中にはじめからそなわっていないものは、引き出しようがないのだ。逆立ちしたって…


そこに、ケストナーの冷酷な一面が見えるというネコパパ論に、次郎さんは強く賛同してくださった。心強かった。

次にお会いできる機会が楽しみだ。

















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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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