『レコード芸術』アーカイヴズ⑳昭和44年(1969)5月号

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昭和44年(1969)5月号

特筆したいのは付録に『演奏家別洋楽レコード総目録』が付いていること。『レコード芸術』の有難さは、こうした資料をまとめて読者に提供してくれることにもあった。
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『総目録』の付録は定期的につくことになるが、メインは『作曲家別』で、「演奏家別」は出版回数が少なかった。ネコパパは一冊だけ持っていたそれを、手垢で真っ黒になるくらい読み込んだものだ。

さて表紙の新譜はクラウディオ・アラウのピアノによるシューマン・アルバム。以前の記事で、アラウのシューマンはベートーヴェン以上に特異なレパートリーとみなされていたこともあって、注目されたと思われる。
オリジナルは、蘭PHILIPS 802 793LY。 

シューマン/ピアノソナタ第1番、 幻想小曲集
Recording Details :
 October 23 - 27, 1967 in Amsterdam, Concertgebouw - Grote Zaal
April 13 - 14, 1968 in Amsterdam, Concertgebouw - Kleine Zaal

次は広告を2ページ。ビクターのスピーカーがずらり。
時代は変わって、単品コンポーネントの時代に移りつつあったことが如実にわかる。

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グッドマンとタンノイのスピーカーユニットは限定入荷・予約者優先とのこと。人気があったのだろう。
外国製品もだんだんと一般のオーディオファンに知られることになってきた。
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レコードではテイチクの広告。テイチクというと1970年代後半、ドイツ・ハルモニア・ムンディとの契約までは、クラシックに無縁の会社と思っていたが、地味に新譜を出していた。以前にも触れたが、米DECCAはテイチクが販売権を取得していたのである。
ギターの大家アンドレス・セゴビアと、ジャズピアニストで作曲家のデーブ・ブルーベックのアルバムの発売を報じる。ブルーベックにこんな作品があったとは知らなかった。ピアニストとして演奏に参加し、オーケストラはシンシナティ交響楽団。指揮者エーリッヒ・クンツェルとは、のちにエリック・カンゼルとして知られるようになった、あの人だろう。
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次のグラビアはミュンヘン(バイエルン)国立歌劇場でのワーグナー『ニーペルングの指輪』上演の模様。音楽評論家の黒田恭一が、ミュンヘンまで足を運び、上演について本文で批評している。
歌手は投資背の一流どころを集め、指揮者はなんと、1967年にNHK交響楽団の名誉指揮者に就任し日本でも知られるようになった、ロヴロ・フォン・マタチッチ。世渡り下手で知られる人だが、1969年はこんな大仕事もしていたのだ。
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海外楽信イギリス。
日本のヴァイオリニスト、潮田益子(1942年4月4日 - 2013年5月28日)のロンドンでの成功ぶりを報じている。潮田は1966年に出場した第3回チャイコフスキー国際コンクールにおいて第2位入賞。
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世界の一流オーケストラと共演し、日本でも水戸室内管弦楽団の一員としてサイトウ・キネン・フェスティバルにも多く出演した。
あとはロンドンでの指揮者人事。
最後に触れられているロンドン・フィルの初来日については、こちらのブログ記事に詳しい。
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次はイタリアのオペラとフェスティヴァルのドキュメント&鑑賞批評。
執筆はおなじみ、辛口オペラ評論家の高崎保男
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一読して面白かったのは、イタリアとドイツのオペラの上演方針の違い。歌手中心で、参加できなければあっさり中止もいとわないイタリアに対し、演出も含めた総合的表現を重視し、代役を立てても予定の上演は確実にこなすドイツ。「レパートリー・システム」のドイツ流に対して、イタリアは「煉瓦積み方式」とは言いえて妙。積む煉瓦がなければ家は立たないというわけか。
演出重視の「総合芸術」というオペラ観をもつ高崎は、どうしてもドイツ流に惹かれるようである。
後半の上演批評では、当時RCA録音のスターだったアンナ・モッフォとレオンティン・プライスへの「失望」を語っているところがこの筆者らしいと思った。
「声を効果的に印象付ける」歌唱を嫌い「真の自発性と自然さ」を求める高崎の評価基準は、良くも悪くも日本のオペラ・ファンの価値観形成に強い影響力をもつことになる。

次は国内レコード速報。1969年2月20日、スイスの指揮者エルネスト・アンセルメ死去。最初の追悼盤はオネゲルの新録音と、ベスト・セラーだった『白鳥の湖』。前者は特典盤付きの2枚組、後者は豪華なゴールデン・ジャケットでの再発売であった。ネコパパは2枚とも架蔵している。
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次に紹介されているリリー・クラウスのモーツァルト、ピアノ・ソナタ全集はディスコフィル・フランセ原盤、アンドレ・シャルラン録音のモノーラル盤で、クラウスにとっては旧録音に当たる。東芝は稀にこのレーベルの国内盤を出したが、プレス数は少なかったらしく当時店頭で見た記憶はない。のちに廉価盤「トレジャリー・シリーズ」として分売されたが、ともに現在中古店では、プレミア価格で見ることがある。
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次は「ステレオの音」の再生環境について。多分2ページ分の記事の後半だろう。執筆者はわからないが、生音と再生音の違いを追及しているところからみて高城重躬だろうか。
一般家庭でできる再生環境を提案しようとするが、次々に問題点を思いついてしまい、困り切ってしまう。「ハイ・フィデリティの基本はノイズを防ぐこと」「とした静寂の状態から音楽が始まるのが理想的」…
シンと書いているのは意図的か。
途中であまりにも要求水準が高くなり、読者が気を悪くするのでは、と思いなおして弁明している。
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最後は黒田恭一(1938年1月1日 - 2009年5月29日)の『指輪』鑑賞ルポ。黒田はカラヤン・ファンとして知られ、温厚な口調が気に入られたのか、NHKのクラシック番組では常連の解説者だった。
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あまりはっきりと白黒つけない人だと思っていたが、このミュンヘンの『指輪』批評は良くも悪くも勢いがある。もっとも、歌手の歌い方に耳が集中していて、ほかのことを気にしている余裕がないといった感じである。曲が曲だけに指揮者の解釈が大事なはずだが、たったの3行しか触れていない。
そのなかでこの人らしいと思ったのは、ハーゲンを歌ったクルト・ベーメについて語るところ。すでに声の力を失った老歌手だが、少なからず感動した。「そこには彼の劇場人としての、けっしてみじかくない営みが感じられ、それが観客に芸を楽しむ楽しみを許した…」出ました。黒田節!
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コメント

コメント(8)
長文です
ビクターのスピーカー、これはまさに「コンポ」ですね。
ただ時代を感じさせるのは、「高能率」を一番の売りにしていることです。このころは小出力のアンプが多かったせいでしょうか。
「超密閉型」とありますが、有名なARのようなアコースティック・サスペンション方式ではないですね。AR3は70年代初め、一方の雄として常に比較の対象でした。渋い音でみっちは好みではなかったですが。
あと、タンノイの同軸はモニター・ゴールドですねぇ、このあとTEACが取り扱うようになり、型式もHPDになりました。これはコーン紙にリブの補強が付いているのですが、取ってつけたようで、どうみても優れたエンジニアリングという感じはしませんでした。

ミュンヘンの指環
この頃は、まだ演出家の名前が、大文字太字で特筆されない時代です。近年はまずは舞台・演出がどうであったか、という所からレビューが始まります。ギュンター・レンネルトの演出、写真で見る限りは、まぁごく普通の感じです。
ジークムント役がハンス・ホップになっていて、黒田さんも印象を書いていますが、グラビアの写真ではヴィントガッセンがジークムント役になっています。たぶん公演時期が違うのでしょう、写真と記事の時期が一致しないのは昔はよくありました。

>シンを森と書いているのは意図的か…

当て字なんですが、国木田独歩「酒中日記」にもあるよ、とのことで青空文庫を。
たしかにありました。
『何か物音が為(し)たと思うと眼が覚めた。さては盗賊(どろぼう)と半ば身体(からだ)を起してきょろきょろと四辺(あたり)を見廻したが、森(しん)としてその様子もない。夢であったか現(うつつ)であったか、頭が錯乱しているので判然(はっきり)しない。』

また、
『職人的感覚で音響機器を扱っている技術家として、時々因果な仕事をやっているものだと考えさせられる…』、
とあるから、この文は技術屋さんが書いたのでは。

それに、
『その低級な一人としてレコードを楽しんでいるものである。』、
高城さんはこんなへりくだった言い方はしないと思います。(笑)

みっち

2023/06/07 URL 編集返信

yositaka
Re:長文です
みっちさん

>まさに「コンポ」
密閉型高能率、の時代が反映していたんですね。1台を除いてサランネットをつけた状態で写っているのも当時らしいと思います。あと、「現金正価」の下に「月賦価格」がついているのも。一番安いものも月賦で買う人がいたんですね。趣味にも切り詰めた予算で取り組んでいたことがわかります。

>近年はまずは舞台・演出
オペラと言っても「レコード芸術」でしたから、あくまで音だけの鑑賞に重点を置いていることがわかります。その範囲内では、かなり細かく言う。当たっているかどうかは別ですが。舞台の見えないリスナーはこういう写真で想像力を駆使したんでしょう。実際に聴いた配役と違うのは、写真の入手経路にもよりますね。出典がが全く書かれていないのは、今思うとアバウトすぎですが、当時は気にも留めませんでした。

>森(しん)としてその様子もない
なるほど、当て字でご例がありましたか。なかなか、かっこいい表記法なので、自分でもやってみたくなります。
>高城さんはこんなへりくだった言い方は
確かに、確かに。最後のところを読んで私も違和感を感じました。だとするとこれは…

yositaka

2023/06/07 URL 編集返信

デイブ・ブルーベック
デイブ・ブルーベックの light in the wildernessは知りませんでした。
こういう作品も出していたんですね。
基本、私は日本の評論家が取り上げていないと知らないまま、という人間なので(苦笑)

You Tubeにあったので聞いてみたいと思います。

潮田益子さんの若い頃の写真も興味深いです。
日本のヴァイオリンの大先生の一人ですよね。

不二家憩希

2023/06/07 URL 編集返信

yositaka
Re:デイブ・ブルーベック
不二家憩希さん

も>ブルーベックの light in the wilderness
この人がいろいろと手を伸ばす人なのは知っていました。クラシックの作曲家ダリウス・ミヨーの弟子でもありますし。でもこんな合唱付きの大曲があり、国内盤まで出ていたとは…YouTubeでちょっと聴けますね。ジャズ的な要素のない、新古典主義の作風なのが意外です。

>潮田益子さん
このジャケットで出ていた新世界盤は、カタログや店頭でよく見ました。伴奏者はコーガンとの共演で知られるナウム・ワルテルでした。残念ながら聴く機会はなく、一般的には1971年に録音された小澤征爾とのシベリウス、ブルッフの協奏曲で知名度が上がった記憶があります。あれは素敵な1枚でした。

yositaka

2023/06/07 URL 編集返信

昭和44年(1969)5月号
ネコパパさん

森のシーンとした状態から(シン)と読までは流石ですが 高城重躬氏を想像するのは、深読み過ぎと思います。
録音の経験から述べられていますから多分録音エンジニアでもある若林駿介氏だと思います。
しかし家庭用ステレオは、10畳以上必要で和室では、無理と言っておられる。オーディオ・メーカーは、困ったでしょうね。自称低級な人が、読者に4CHステレオやサラウンド・システムをボソッと提案されていますね。

ビクター広告:HE(高能率)のブックシェルフSPは、8Ω 100db/Wの優れものですね。
タンノイと同じ同軸型ユニット アルティクの604E 16Ω 103 db/Wは、真空管アンプで1Wも入力すれば大きな音が出ます。たしかにアンプを選びません。現代のブックシェルフSP4Ω 88 db/Wでは、蚊が鳴く音でアンプの大きな出力を必要とし、電気食いですね。

デッカレコードのゼコヴィアの広告:断捨離中ですが欲しいですね。中古品は、なかなか無いですが有っても送料の方が高いかな。
コロンビア・レコードの民族音楽:現地録音の喜怒哀楽感が伝わらず。断捨離しました。

チャラン

2023/06/07 URL 編集返信

Re:Re:長文です
>次は「ステレオの音」の再生環境について。多分2ページ分の記事の後半だろう。執筆者はわからないが…

当該記事の表題と著者が判明しました。

「オーディオと音楽の接点(2)再生芸術における音の分析」 阪本楢次(さかもと ならじ) pp.328-331

阪本さんは、松下電器で、「8PW1」(通称「げんこつ」)と呼ばれた20cmダブルコーンスピーカーを開発した人だそうです。知らなかったなぁ、あの「げんこつ」は有名で、当時(1970年ごろ)みっちも知っていました。あの頃、なんでナショナルがこんなスピーカー・ユニット作ってるんだろう、とか不審に思っておりました。(笑)

みっち

2023/06/07 URL 編集返信

Re:Re:Re:長文です
みっちさん

さすがです!
当該記事の表題と著者が判明しました>「オーディオと音楽の接点(2)再生芸術における音の分析」 阪本楢次(さかもと ならじ) pp.328-331もしかして原本をおもちかな。

技術屋は、思い込みで判断してはいけないですね。学生時代自作SP-BOXを制作した時、制作テキストに「8PW1」がありましたがナショナル→松下→真似した のイメージで採用しませんでした。あの球状のものは何かという探求心がたりませんんでした。

チャラン

2023/06/08 URL 編集返信

yositaka
Re:昭和44年(1969)5月号
チャランさん
みっちさん

ステレオ環境の記事の裏取り、ありがとうございます。
高城氏でなければ、もしかして若林氏かとも思ったんですが、どうも最後の屈折した書き方が合わない。
そこへみっちさんが正解を教えてくださいました。
坂本氏は松下電器の開発畑で「げんこつ」の愛称で親しまれ、輸出用に初めて"Pana Sonic"商標が用いられたスピーカー「8P-W1」の設計者。「げんこつ」はユニットの真ん中から大きな黒いイコライザが付いていることからのあだ名とのこと。音波の回析を利用し、波面を揃え6000Hz以上の高音特性を平坦化する機能があるって。
また彼はオーディオブランド「テクニクス」の命名者でもあったんですね。
大物です。「低級なオーディオマニア」なんて、どの口がって感じです。

>低能率は電気食い

必ずしもそうは言えないと思いますよ。真空管アンプは電気を盛大に熱エネルギーに変換していますから。

yositaka

2023/06/08 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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