ワルター、1944年の『フィガロ』全曲。エピタグラフ盤の音質は…

このCDは見送るつもりでいた。
ワルターの「フイガロ」全曲と言えば、1937年のザルツブルク・ライヴがある(andante)。
古い録音とはいえ、長時間録音が可能だった光学式セレノフォン録音機による音はなかなか良好で、歴史的録音の中では、という但し書き付きだが、ワルターの演奏を十分に楽しむことができた。
一方、1944年のメトロポリタン歌劇場盤は、音質が良くないと噂されていた。宇野功芳も「録音が大変悪く演奏の形骸を知るだけに終わっている」と書いている。
しかし、間もなく休刊、息も絶え絶えの『レコード芸術』2023年6月号の新譜批評を読んで「これは良いのでは?」と直感が働いた。
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今朝それが届いて、わくわくしながら聴いてみた。

エピタグラフ・レーベルの仕掛け人、吉岡豊紀氏にはどんな人脈があるのか、オリジナルに近い音源にアクセスできるらしい。
「序曲」を聴いただけで、これまでのプライベート音源とは別次元とわかる。ダイナミックレンジは狭いが、それにもかかわらず音の強弱はしっかりと体感できる。モーツァルトなのに、ロマン派並みの振幅の大きさが伝わる。
幕が開くと、歌手の声はオンマイクでしっかり入っている一方、レチタティーヴォを伴奏するワルターのピアノもタッチが明瞭にわかり、指揮にぴたりと反応するオーケストラの音の動きも聴きとるに不足はない。
あとはひたすら、音楽に聴き入るのみ。

きびきびとリズミカルな早めのテンポに合わせて、歌がドラマが躍動する。

何よりワルターらしいのは、歌手の一声が入ると、微妙にテンポが遅くなり、カンタービレの個所になると、もう一段遅くなる。そんな彼ならではの演奏スタイルが、徹底されているのだ。
これは厳密には、モーツァルト時代の音楽のテンポではないかもしれない。
ワルター、個人の感じている歌と感情のテンポである。
50年以上も、ワルターの演奏を空気のように呼吸してきたネコパパにとって、これほど安心で幸福感に満たされる音楽の流れというのは、ちょっと考えられないのだが、あくまで「個人の音感」だけに、これに乗れない、好まない人にとっては不愉快千万、かも。
「名演」というものが不特定多数に好まれ、評価されるものものとしたら、これは決して「名演」ではない。
でもネコパパにとっては、新たなる「愛聴盤」だ。

この年になっても、愛聴盤が生まれる。音楽ウォーカー・ネコパパ、冥利に尽きる瞬間。




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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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