『レコード芸術』アーカイヴズ⑱昭和41年(1966)6月号

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昭和41年(1966)6月号

表紙LPはアメリカの指揮者ユージン・オーマンディがフイラデルフイア管弦楽団音楽監督に就任して30周年になるのを記念してせて策された2枚組。豪華なブックレットも添付されていたとのこと。曲目は以下の通り。このコンビにふさわしい多彩な選曲だ。
A Symphony No. 8 In F Major, Op. 93
Composed By – Ludwig van Beethoven
B Prelude And Love-Death From "Tristan And Isolde"
Composed By – Richard Wagner
C Romeo And Juliet Overture--Fantasy
Composed By – Pyotr Ilyich Tchaikovsky
D1 Prelude To The Afternoon Of A Faun
Composed By – Claude Debussy
D2 La Valse
Composed By – Maurice Ravel

表紙裏の広告は日本ビクター。「インテリア時代」にふさわしい家具調ステレオを盛大に宣伝している。音響機器としての機能よりもアートパネルやキャビネットを優先するところに時代を感じる。
もうひとつ。1枚だけ紹介されている新譜レコードにつけられた「ダイナグルーブ」。
それまでの「リビングステレオ」に代わって登場したRCAのキャッチフレーズで「新しい時代の革命的録音」と歌われているが、実は録音ではなく内周の音質劣化を防ぐためのカッティング段階での「改良」だった。これは本国でも賛否両論で、むしろ音質劣化につながるとの評価もあり実際、60年代後半以降の同社の録音は、優秀録音と定評のあったステレオ初期盤のような讃辞からは遠ざかることになる。

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次は「アーゴ」の広告。
英デッカの別レーベルで、SLの驀進する野外録音から始まり、一転して中世からバロックの音楽史録音をレパートリーとする。一般に大きく注目されたのはネヴィル・マリナーとアカデミー室内管弦楽団をデビューさせたことだろう。ここにもすでに「セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ音楽院管弦楽団」として登場している。「アカデミー」を「音楽院」と訳しているわけだ。実際の団体名は「Academy of St Martin in the Fields」。 IMG_20230528093827_page-0003_20230528100352919.jpg
グラビアページでは、大阪国際フェスティヴァルでの『ばらの騎士』上演と、チェリストのアントニオ・ヤニグロのリサイタルを紹介。『ばらの騎士』は内外の歌手の混成で、指揮はまたしてもマンフレート・グルリット。
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ヤニグロのチェロ演奏する姿はなかなか珍しい。
この頃、既に腕の不調で指揮者に軸足を移していた。演奏批評は本文の「ステージ評」に書かれている。不調が右腕の神経痛であることもはっきり書かれている。
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次は音楽之友社主催「世界一周音楽の旅」の予告。IMG_20230528093827_page-0007_20230528100357c95.jpg
25日間の旅程で費用は¥677000…か。
山田風太郎の推薦文によれば、参加者一行例外なく恍惚として「もう死んでもいい」ともらすとのことである。貨幣価値も低落した今、どんな無理をしてでもいくべきである…後先考えぬ説得は、いかにも『魔界転生』の作家だ。

次は再建なったニューヨーク、メトロポリタン歌劇場の紹介記事全文。本号の特集はカラヤンだが、前オーナー氏、1ページ残さず捨てている。さすがはオペラ・ファン。興味のある人だけ読んでください。
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新メトのこけら落とし公演は、バーバーの新作『アントニーとクレオパトラ』(指揮、トーマス・シッパース)だったそうだが、続くシーズンにはR・シュトラウス『影なき女』、ワーグナーの『ローエングリン』の新演出が組まれ、指揮者はいずれもカール・ベーム。ベームはメトロポリタンでも重用されていたようだ。
ベームの没後はいろいろ言われ、日本だけ巨匠扱いとか、悪口を言う人もあったが、それは事実ではないと思う。

「海外LP試聴記」が1ページだけ。
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前年のジュリアン・プリーム来日を奉ずる記事では、全く名前の出なかったギタリスト、ジョン・ウィリアムズの「アランフェス協奏曲」初回録音が取り上げられている。
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評者の松田氏は、ジョンのアパートの一室に住んだこともあり、その後も手紙をやり取りする仲のようだ。ギターの新時代を宣言する、記念すべき記事だったかもしれない。

次は当時のRCA副社長、ダリオ・ソリア夫妻へのインタビュー。
この名を聞いてハッとする人は熱心なレコード・コレクターに違いない。RCAのソリア・シリーズと言えば、豪華装丁・豪華解説書付きでファンの物欲を刺激する名シリーズとして有名である。IMG_20230528093827_page-0013_20230528100405749.jpgIMG_20230528093827_page-0014_2023052810040641d.jpgIMG_20230528093827_page-0015_20230528100408357.jpg
はじめの話題は当時の日本のステレオ普及の勢いがアメリカ以上だったこと。1965年の時点で86%、ステレオ録音発売の先鞭をつけたアメリカは60%。新しいもの好きと高度成長の結果だろう。一方返品が多いのは、ちょっとした傷も許せない体質と思われる。当時のアメリカ盤と言ったら、音質はともかく、盤質はいかにもラフだった。
次はソリア・シリーズについて。デザイン装丁の仕掛け人は、奥様のドール・ソリア夫人で、レコードに音楽だけでなく、美術的、文学的要素も付け加えたいという意図であった。
ところで、ここで予告されている、息子選曲のトスカニーニ・アルバムだが、ネット検索では1963年発売のシューベルト『ザ・グレート』、フイラデルフィア管弦楽団との1941年盤が確認できるだけだ。1枚ものなのに、豪華なボックス入り、解説書付きという贅沢な仕様になっている。
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最後は期待される演奏家たちの話題。歌手のレオンタイン・プライスアンナ・モッフォ、ピアニストのピーター・ゼルキン、指揮者ではアンドレ・プレヴィンズービン・メータ小澤征爾の名前が挙がっている。
メータと小澤のデビュー・レコードを録音したのはRCAだった。
聞き手の志鳥栄八郎は、せっかく褒められている小澤について「実は小澤は」と1962年12月の「N響事件」の話を持ち出す。ソリア氏はその件は知っているが、突っ走るのは若者の特権、と気にしない。ちょっとした会話だが、当時の小澤征爾がこの雑誌ではなかなか扱いにくい存在であったことを匂わせるひとこまだ。

海外楽信、ウィーン便り。
レナード・バーンスタインのウィーン初登場を報じる。国立歌劇場でのヴェルディ『ファルスタッフ』。大成功の興奮が伝わってくる。この時の上演は同じ顔ぶれで米コロムビアが録音し、バーター契約で英デッカはマーラーの『大地の歌』、モーツァルト、ピアノ協奏曲第15番と『リンツ』を録音した。おそらくオペラだけでなく、ウィーン・フィルとのコンサートも行われたのではないだろうか。
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ステージ評。
シモン・ゴールドベルク指揮オランダ室内オーケストラ、アントニオ・ヤニグロのチェロ・リサイタルと指揮者としてのコンサート、小澤征爾指揮の『火刑台のジャンヌ・ダルク』若杉弘指揮の『コシ・ファン・トゥッテ』が取り上げられている。
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いずれの公演に関しても、批評は概して辛口で、ネコパパの期待していたヤニグロのチェロも「口ごもるようにはいまわるだけ」と散々だ。
オペラについてはもっぱら演出が話題で、小澤の指揮については「細部をほじくりすぎ、セツナ的な効果をねらいすぎ」と一言あるのみ。小澤のこの曲の演奏と、同1966年、ロンドン交響楽団との録音は、彼の名を国際的に知らしめるのにずいぶん寄与したはずだが、当時の国内での扱いはこの程度だった。
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最後は高城重躬の「ステレオ随想」。
話題はお得意の「エキスポ―ネンシァル・ホーンの設計」。徹底して技術的な話で、こりゃネコパパの手には負えない。
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コメント

コメント(8)
今回は盛りだくさんですね
うーん、今回はビクターのステレオ装置ですか。
宣伝惹句の詰めが甘いのは、パイオニアと同じ、これは時代の特徴なんでしょうな。それにしても、この無地のパネルを使った人はいたんでしょうか。それとダイナグルーブかぁ、以前議論しましたよね。

>レナード・バーンスタインのウィーン初登場…バーター契約で英デッカはマーラーの『大地の歌』、モーツァルト、ピアノ協奏曲第15番と『リンツ』を録音した。おそらくオペラだけでなく、ウィーン・フィルとのコンサートも行われたのではないだろうか。

ウィーン・フィルとは1966年4月にコンサートをやったのが初めてだったような。マーラー、モーツァルトの録音と同じタイミングでやってます。演目も同じですね。

RCA副社長夫妻インタビュー記事に大疑問があります。ラインスドルフ・ボストン響の「ローエングリン」の話がでています。この盤の印象として、みっちは過去記事に、『深い陰影などは欠片もない、あっけらかんと美しい』、とか書きました。(笑)
まぁそれは良いとして、このインタビューは1965年4月26、27日ホテル・オークラでのもの、と書かれています。
ところがですね、この録音は、「1965年8月23-28日」ボストン・シンフォニーホールでのセッション録音とされているんですよ。
インタビュー記事では『ごく最近、すごいのをやったんです。』とか、過去形で書かれています。おかしいなぁ、時間が不整合だ、志鳥さんが聞き間違えたんでしょうか。もしこれらの記述が正確なら、2回録音したことになりますね。

みっち

2023/05/29 URL 編集返信

Re:今回は盛りだくさんですね
みっちさん

>宣伝惹句の詰めが甘い
インテリアの時代だから名前も「インテリア」って、まんまかいっ、と言いたくなります。パネル交換可能は面白いけど、音響製品じゃないことが丸わかり。ダイナグルーヴ、名前の物珍しさで売ろうとしたんでしょうが…

>バーンスタイン
なるほど、コンサートは翌年でしたか。ウィーン登場期のバーター録音は、それまでのものとは違って、クラシック録音がレーベルの枠を超えはじめる契機となりました。夢の顔合わせが続々実現。でも、それがレーベルの色を薄めていくことにもなるのですが。

>ラインスドルフ
ミュンシュ移籍、ライナー没のあと、RCAはラインスドルフに賭けていたのでしょう。あまり聴いていない指揮者ですが、晩年のライヴを聞いた限りでは恐縮感の強い、強靭な音を引き出す人でした。
「ローエングリン」のデータの件はなんとも奇妙ですね。どちらかのデータが違っているのか、それとも翻訳者がこれから録音するものへの期待を語ったのを、既に録音されたものとして訳してしまったのか。ネコパパがとっさに思ったのは「誤訳」でした。
それにしてもさすがはみっちさん。ワーグナーの録音データは見逃さない‼

yositaka

2023/05/29 URL 編集返信

Re:Re:今回は盛りだくさんですね
ボストン響の演奏記録を探してみると、1965年8月20日-22日にラインスドルフの指揮で、「ローエングリン」の公演をやっています。1日1幕づつ、もちろん演奏会形式でしょう。その後、23日-28日に同じ顔ぶれでセッション録音というのは、筋が通ります、これは間違いないでしょう。

さらに見ていくと、その前4月15日-17日の演奏会で、「ローエングリン」の第1幕前奏曲をやっています。もちろん指揮はラインスドルフです。これはインタビューの10日前ですね。すると、この演奏のことを指して、「すごい」と云ったんじゃないでしょうか。それで、この夏には全曲を録音するつもりだ、てなことを喋ったの聞き違えた、と想像します。(笑)
こららの日付、記載に誤りはなく、くだんの録音が実は2種類あったなんて話だと、超面白いんですけどね。(爆)

みっち

2023/05/29 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:今回は盛りだくさんですね
みっちさん

それはもう、演奏記録は正確と思います。一番可能性の高いのは聞き違いか、誤訳ではないでしょうか。ソリア氏は「極上」になると期待していたのでしょうが、残念ながら今に残るものにはなっていない気がします。

ラインスドルフの「ローエングリン」で検索するとむしろ、メルヒオールとヴァルナイの歌った、1942年のメトロポリタン・ライヴの方がヒットします。NMLでちょっと聴きましたが、アクセントのきつい、大迫力の演奏てした。
1965年のスタジオ版はなかなかヒットせず、やっとのことでYouTubeで一部聴きましたが、録音は確かにすごい迫力。演奏はすかっと明快で、ちょっとイタリア・オペラ風。歌手の知名度が今一つなこともあってこれは売れなかったでしょうね。

yositaka

2023/05/29 URL 編集返信

Re:Re:Re:Re:今回は盛りだくさんですね
しまった!大間違いをしました。(汗)

これは1966年6月号ですね。したがって、インタビューは1966年4月26-27日だから、時間的に矛盾はないです。志鳥さん、疑ってすみませんでした。(笑)

バーンスタインのウィーン・フィル・デビューはしたがって、この年です。ネコパパさんの云われるとおり、シュターツオーパーを振ってから、ウィーン・フィルを指揮したんですね。

前回のアーカイヴズが1965年だったので、まだそのつもりでおりました。

みっち

2023/05/29 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:Re:Re:今回は盛りだくさんですね
みっちさん

あっ、そうだ!もう1966年でした。
アップしている私自身が全然意識にないのですから、世話はありません(笑

そういえば、手持ちのスクラップもだんだん残り少なくなってきて、これから後の分は年月日が大幅にジャンプするものが増えてきます。時間の流れについていけるよう、緊張感をもって続けていきたいと思います。

yositaka

2023/05/29 URL 編集返信

1966年広告とヤニグロ
ネコパパさん

ビクターの広告>バッフル板にパネル? 左側にプレーヤとチューナ・アンプがあり左右のSP BOXの容積が異なるはずそれとも裏板の穴を塞いで密閉しただけ?
バッフル板に6スピーカは、1枚板に左右3Way?と疑問だらけてすけれどメーカは、インテリア(室内装飾)と言っているので間違いでは無いでしょう。
アウターロータ式(電磁コイルを固定し、磁石を回転させる)モータは、水晶発振制御のDD(ダイレクト・ドライブ)モータに進化しますね。

アーゴ・レコードの蒸気機関車の録音:日本でもステレオ装置のチェックレコードで流行りましたね。(鉄道オタクのアイテム)

ヤニグロのチェロ演奏の写真は、真摯な姿勢を捉えいいなと思います。演奏は、右腕の神経痛のため覇気が無く大人しくなったとの評、戦後のメニューインのヴァイオリン評と似ていまね。どちらも元気な時のレコードを聴いていますのでそんな評があると残念ですね。

ホーンについてはペッの機会に。

チャラン

2023/05/29 URL 編集返信

yositaka
Re:1966年広告とヤニグロ
チャランさん

ビクターのインテリアステレオは中身までインテリア感覚で、実験的にいろいろやってみた格好ですね。アウターローダ式ターンテーブル、なんて初めて聴きましたが、これも実験的に採用したのでしょう。熱を持たず消費電力が少ないというのは、エコの先駆でしょうか。DDモーターの先駆でもあるとは。

アントニオ・ヤニグロは、チェロで大活躍した時期がマイナーレーベルのウェストミンスター専属だったため、あまり目立たぬ存在だったのは残念でした。
1950年代に録音されたウェストミンスター盤は、どれを聴いても素晴らしい演奏なのに、なぜかキングレコードは国内盤をさっぱり出してくれなかった。
ジャン・フルニエ/アントニオ・ヤニグロ/パウル・バドゥラ=スコダ のトリオも良かったと思います。
写真を見ると、当時50代後半で、まだ十分に若いのですが…
それが原因なのか、結果なのかはわかりませんが、アルコール依存もあったようです。

yositaka

2023/05/29 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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