『レコード芸術』アーカイヴズ⑰昭和40年(1965)2月号

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昭和40年(1965)2月号
 
ネコパパの手違いで、前回の記事と順番が逆になってしまった。今回は5か月さかのぼって、1965年2月号のご紹介である。
まず表紙の新譜は、マスカーニのオペラ『カヴァレリア・ルステイカーナ』全曲。エンジェル・オペラ・シリーズVol.4とある。
<演奏者>
フランコ・コレッリ - Franco Corelli (テノール)
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス - Victoria de los Angeles (ソプラノ)
マリオ・セレーニ - Mario Sereni (バリトン)
アドアナーナ・ラッツァリーニ - Adriana Lazzarini (コントラルト)
コリンナ・ヴォッツァ - Corinna Vozza (メゾ・ソプラノ)
ローマ歌劇場合唱団 - Rome Opera House Chorus
ローマ歌劇場管弦楽団 - Rome Opera House Orchestra
ガブリエレ・サンティーニ - Gabriele Santini (指揮) 
1962年録音 原盤HMV
新譜と言うにはちょっと古いが、同年春に来日したロス・アンヘレスを記念して発売されたものと思われる。

続いては例によってパイオニア広告。
この月は地味にスピーカーユニット。これだけで1ページの広告を打つとは、なんと贅沢な。
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次は特集の「来日アーティスト展望」。
クリップされているのはクラウディオ・アラウ後半、ロス・アンヘレス全文、ジュリアン・ブリーム前半ということで、切り抜きのオーナーは、どうやら、ロス・アンヘレスの記事だけがお目当てだったらしい。
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アラウの紹介は、執筆者がわからないが、彼の得意としたベートーヴェン演奏にはかなり批判的で、むしろブラームスやシューマンのロマン派作品を買っている。
とりわけ褒めているのが、ブラームスのピアノ協奏曲第2番のライヴ演奏だ。残念ながら指揮者、オーケストラなどは書かれていない。当時の録音というと、1963年録音のジュリーニ指揮フイルハーモニア管弦楽団の録音がある。
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ネコパパの手元にあるのは、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とのもので、こちらは少し後の1969年録音。渋いが、いい演奏だ。
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デ・ロス・アンヘレスの解説は高崎保男の執筆。
この年の女性歌手ベストテンの上位は1位シュワルツコップ、2位カラス、3位テバルディ、4位ロス・アンヘレスとのこと。高崎は、前半で国民性、民族性と音楽を結び付けた、わかりやすい比喩を交えて当時の声楽家をざっくり説明した後、ロス・アンヘレスの歌は、そのどれにも当てはまらない魅力を持つと語り、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」とラヴェルの「シェエラザード」を「抱いて寝たいくらい愛している」と絶賛。
主知的でありながらそれを表に出さない純粋と洗練があるという。
その「ペレアス」全曲盤は、1956年録音のクリュイタンス盤と思われる。これはぜひ聴いてみたいものだ。
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イギリスのギタリスト、ジュリアン・プリームを紹介するのは日本のギタリスト高嶺巌。プリームの経歴と実績を述べたうえで、当時第一線の演奏家だったベーレント、イエペス、セゴビアの個性について端的に述べているところが読みどころだろう。その後脚光を浴びるジョン・ウィリアムズも、1963年に初来日しているが、ここに彼の名前は出てこない。
次は東芝エンジェルの広告。
アルトゥール・シュナーベルのベートーヴェン、ピアノ・ソナタ全集の発売を機に、4ページにわたって、同社のSP復刻盤規格であるGRシリーズを紹介している。
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渡辺護の宣伝文は、なかなか力のこもった内容だ。
彼は、テクニックよりも一つのレパートリーに取り組む求道的な姿勢を「深刻な音楽」からは聴くべきだといい、録音については感覚的な美しさよりも高邁な精神を持つ音楽そのものに耳を傾けよ、という。
まさに当時のクラシック・リスナーに支配的だった「教養主義的な音楽受容」の典型を伝える名調子である。
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エバークリーンレコードとは、東芝レコード川口工場で生産されていた、いわゆる「赤盤」のこと。
GRシリーズの赤盤は、中古市場でもめったに見ることがないが、番号で言うとどのあたりまであったのだろうか。この広告で一番新しいものはGR71G。
「赤盤は音が良い」との噂もある。これについては賛否両論だが、盤質維持と耐久性の点では、なかなかの優れものだった。ここに挙げられているのが、同シリーズの「売れ筋」だったと思われる。
記念すべき1枚目はGR-1、シュナーベルのベートーヴェン、ピアノ協奏曲第5番であった。シュナーベルの『皇帝』といえば、SP時代からの人気盤で、中古盤市場では今も大量に出回っている。
ただしそれは、このGR盤で復刻されているガリエラ指揮ではなく、1932年録音のサージェント指揮ロンドン交響楽団との旧盤である。新盤はLP発売に近い時期のもので、プレス数も少なかったのかもしれない。
それにしてもこれらの録音のすべてが、CD、ネット配信の時代になっても生き残っているのは驚くべきことだ。現在も日々膨大に行われているクラシック音楽の録音だが、その中で、これから100年残るものが、どれだけあるだろうか。

さて次は、前回コメントが寄せられた「アンドレ・シャルラン」についての記事。
映画評論家でもあり、海外の録音事情にも詳しかった岡俊雄(1916-1993)の執筆である。一読して目を惹いたのは、シャルランが「フランスきってのオーディオの権威」と紹介されていること。
ん?オーディオ?
今では音響機器一般をオーディオと呼ぶのは、すっかり定着している。でも1960年代、1970年代は、まだ一般的でなく、再生機器は「レコードプレーヤー」「ステレオ」と呼ばれていた。
この記事でも、岡はトリオのことをオーディオメーカーとは呼ばず「アンプ・ステレオメーカー」あるいは「音屋さん」と呼んでいる。
いつから「ステレオ」は「オーディオ」になったのだろう?
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岡氏の情報源は仏「ディスク」誌だったようだ。
アンドレ・シャルランは自分のスタジオ(ラボ)を持ち、録音からカッティングまでの一切を引き受けているほか、再生装置の販売まで行っていたという。ヴェガやデュクレテ・トムソンのようなマイナーレーベルの仕事では、原盤製作まで行っていた。ジャズの名エンジニア、ヴァン・ゲルダ―とよく似た仕事ぶりだ。
シャルラン・レーベル新譜2枚の録音評は、音場重視のワンポイント録音の特徴をとらえた内容で、7月号の若林駿介の評と通じ合うところが読み取れるが、残念ながら、若林の賞賛したハイドシェックのピアノ・ソナタは取り上げられていない。

次は海外楽信。イギリス。
フィルハーモニア管弦楽団がオーナー、ウォルター・レッグの決断で解散することになったのは1964年。しかし楽員は解散を望まず、自主運営による継続を選択。ニュー・フィルハーモニア管弦楽団が発足した。
記事に書かれた第1回演奏会のベートーヴェン第9交響曲は映像でも収録され、ネコパパも架蔵している。これで聴く限り、クレンペラーの指揮による演奏が「緊張感の足りない安易な演奏」だったとは、全く思えない。
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アメリカ。
ロシアのピアニスト、エミール・ギレリスが、少年時代ルービンシュタインを驚嘆させた逸話と、メトロポリタン歌劇場におけるジョルジュ・プレートルに対する絶賛が話題の中心だ。
プレートルはオペラ指揮者としては地味な存在で、日本での人気も今一つだったが、2008年、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートに登場してから人気が上昇し、亡くなるまでの10年間でベートーヴェン、ブルックナー、マーラーの交響曲でも個性的な演奏が注目を集めることになる。

最後は、古楽。
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連載のタイトルが『楽譜をひらいて聴きましょう』。
初めの1ページだけしかないが、これを理解するには、相当な音楽学の知識が必要な内容と思われ、一般の音楽ファンには難解すぎたではないか。
こうしてごく一部を眺めただけでも、専門誌というには俗っぽい記事もあれば、このように学問的な記事もある、という具合。60年代の『レコード芸術』とは実に懐の深い、カオスのような雑誌だったのだ。
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コメント

コメント(6)
若い頃。
アラウや皆川達夫さんの若い頃って、こういう感じだったんですね。
お爺さんになった頃の容姿しか知らなかったので新鮮に感じます。
さすがにブリームは、若い頃から高評価ですね。
ブリームのテクニックは、トッププロでも殆どいないほどの瑕疵が無い完全無欠の最高峰だそうですから。
ギレリスの少年時代の逸話も興味深いです。
モノラル期はシュナーベル、ステレオ期はギレリスがピアニストとして最高だと思っています。


不二家憩希

2023/05/25 URL 編集返信

この月も愉しい…(笑)
例によってパイオニアの広告、ここはいつも圧巻だと思います。(笑)この月も、『特長の数々をくどくどとのべ並べるまでもなく、』、とか云うのは、自虐ネタでありましょうか、なかなか笑わせてくれます。
パイオニアのユニットでは、このちょっと後になりますが、PAX-A20は友達が使っていたのでよく聴いています。うーん、マルチセルラホーンが格好よかったけれども、クラシックを聴けるようなスピーカーではなかったです。PW-20FとPT-8の組み合わせは、もうちょっとマシだったことを祈ります。

ロス・アンヘレスがいいという意見には素直に賛成します。高崎センセとは初めて意見が合ったような。(笑)
アンヘレスの「タンホイザー」のエリザベート役は最高のはまり役でした(サヴァリッシュのバイロイト盤)、サヴァリッシュがアニャ・シリヤに反対した理由が分かります、「ローエングリン」のエルザ役(マタチッチ盤)もとってもいいです。「カルメン」(ビーチャム盤)はやっぱりメゾの方がいいかなぁ、とは思いますが。

シュナーベルのベートーヴェン、これはまたずいぶんと持ち上げましたね。渡辺護さんかぁ。
『このような高邁な精神を持つ音楽の名演奏は、耳の感覚的な快さの有無にこだわってはならないのである「いかに名演奏でも録音が古くては…」などと云う文句は、…とんでもない不権識だと云わざるを得ない。』
なんだかずいぶん高圧的な、これが昭和のクラシック音楽鑑賞態度なんでありましょうか、「あっあのー、僕は音の心地よい響きにこだわっているんですが」なんて口に出せそうもありません。そしておおーっ、「不権識」に「権」を持ってきたのは、こりゃあ、一つの見識なんでしょうなぁ。(笑)

みっち

2023/05/25 URL 編集返信

yositaka
Re:若い頃。
不二家憩希さん

>ブリームのテクニック
当時、日本で人気のギタリストと言えばイエペスでしたが、彼の演奏は見事ではあってもどこかクールで、聴いていて気持ちが揺さぶられない不思議な感触がありました。それに比べるとプリームは、テクニックの細かなことはわからないものの、ごく自然に音楽が伝わってくる感じがしたものです。と言っても長い間聴き直していないので、手持ちのCDを改めて聴いてみたいと思います。

アラウとギレリス。
この二人では、アラウ、それも晩年のアラウに惹かれます。モーツァルトもベートーヴェンも、音そのものが音楽であるかのような濃密さがありました。
一方ギレリスは「見事にピアノを弾く人」という印象からなかなか抜けられないところがあります。1音たりとも手を抜かず、真摯に演奏するけれど、もう少し「体温」を感じたいというか。ギレリスで一番好きなのは、グリーグの「抒情小曲集」でした。

yositaka

2023/05/25 URL 編集返信

yositaka
Re:この月も愉しい…(笑)
みっちさん

>パイオニアの自虐ネタ
いつもあれだけ「くどくどとのべ並べ」ておいて、よく言うよ、って感じですね。同じ人が作っているとしたら、なおさらです。それにしても順にみていくと、ステレオ機器の進化の過程がよくわかります。日進月歩とはこのことか、と思います。

>ロス・アンヘレス賛
高崎さんの価値観がよくわかる文章です。それにしても、この歌手を貶す文章は見たことがありません。誰からも愛されるタイプの幸せな存在でしたね。私は声楽をそんなに聞かないのですが、ロス・アンヘレスは「カタロニアの歌」とショーソンの「愛と海の詩」、カントループ「オーベルニュの歌」を愛聴していました。オペラでの歌唱も聴いてみたいと思います。

>渡辺護のシュナーベル紹介
この文章は記事ではなく、東芝の広告文なのですが、それで、これだけ高圧的に言い募るというのは凄い。確かに「昭和のクラシック音楽鑑賞」の一つの典型だったのかもしれません。トータルで15000円のセットを買わせるには、それだけの気迫が必要だったんでしょう。
私がこれを実際に聴いたのはかなり後、1990年代だったと思います。
2000円しない廉価ボックスのCDで聴いたシュナーベルの演奏は、決して大仰なものではなく、すっきりとしたフォルムと、適度な緩急を持っていて、続けて聴いても疲れないタイプの演奏でした。音質も予想以上に聴きやすい。でもこれ、最初に買う全集ではないですね。


yositaka

2023/05/25 URL 編集返信

1965年音響装置
ネコパパさん

例によってパイオニア広告>昭和40年の国家公務員大卒上級甲種(キャリア)の初任給4月19,610 円→9月21,600円に対し
{(PW-20F)3,900円+(PT-8)3,200円+(DN5)2,550円+(AT-8A)900円}×2=21,100円
*エンクロージャ・配線・金メッキ端子・労賃・塗装を含まず・・・独身貴族で無いとね~。結果は? 趣味とは、造ることに意義がありますね~♪

シャルランが「フランスきってのオーディオの権威」>レコードを聴き、前回紹介したページ(フランス語は読めません)で特許の再生装置のトーン・アーム→アンプ→劇場用スピーカまで視ると岡氏の評論に納得します。
いつから「ステレオ」は「オーディオ」>また~、私の知っているレコード時代のオーディオは、1948年からのAESとヴァン・ゲルダーのAESカーブ、1952年からの日本オーディオ協会が開催した日本オーディオフェアと東芝のオーディオ用真空管テキスト位です。一般にオーディオと呼ばれるのは、音響装置の媒体がデジタルのCD(ステレオが普通)になった頃からだと思いますが?

ギターのジュリアン・プリーム確かあったと思うが探し出せません。ギターは、好きだが普通に演奏が、良ければ敢えて演奏家を調べる気がしません。しかし波長が合わない名前イエペスは、直ぐに覚えました。そして波長が合い深く心に沁みこむセゴビアも直ぐに覚え集めようとしましたが手に入らないですね。(断捨離中で無料で聴ければ良いと思うあくまでも私個人の気持ちです。)

チャラン

2023/05/26 URL 編集返信

yositaka
Re:1965年音響装置
チャランさん

>趣味とは、造ること

オヤジたちの世代はまさにそうでした。サラリーマン創成期、勤務時間きっちり、会社には趣味のクラブがあり、時間外は趣味を楽しむ。60年代初頭はそんな空気がありましたね。安月給の父も風潮に乗っていろいろやっていました。そのために思い切った出費をしても将来は明るかった。

>日本オーディオ協会

1952年の創設なんですね。古い。ちょっと調べてみると…
創設者はフランス文学者の中島健三で、この言葉を使おうと言い出したのも彼ではないか、と推測します。「可聴音高忠実度録音及び再生」という長い訳語が与えられた、とご本人が書いています。
https://www.jas-audio.or.jp/journal_contents/journal202210_post17522

協会設立のきっかけは1947年、西川電波の開発したGE型カートリッジの実験が中島邸で行われたことで、これは生のチェロ演奏とシュタルケルのコダーイ、無伴奏チェロ・ソナタのレコードを聴き比べる会だったとのこと。中島氏が相当のマニアで当時のハイエンド装置を備えていたことが想像されます。
この日は当時のオーディオ界の錚々たるメンバーが集まり、ここで日本オーディオ協会創立の話がもちあがったようです。
http://www.audiosharing.com/people/segawa/keifu/keifu_03_1.htm

『レコード芸術』の記事や広告を辿ると「オーディオ」という言葉の普及過程がわかるかもしれません。

yositaka

2023/05/26 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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