『レコード芸術』アーカイヴズ⑯昭和40年(1965)7月号

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昭和40年(1965)7月号


表紙LPはリヒャルト=シュトラウス、オペラ『ダフネ』全曲。ドイツ・グラモフォン盤。

ペナイオス…パウル・シェフラー(バス)
ゲーア…ヴェラ・リトル(メッゾ・ソプラノ)
ダフネ…ヒルデ・ギューデン(ソプラノ)
ロイキッポス…フリッツ・ヴンダーリッヒ(テノール)
アポロ…ジェイムス・キング(テノール)
第1の羊飼い…ハンス・ブラウン(バリトン)
第2の羊飼い…クルト・エクイルツ(テノール)
第3の羊飼い…ハラルド・プレーグルヘフ(バス)
第4の羊飼い…ルートヴィヒ・ヴェルター(バス)
第1の乙女…リタ・シュトライヒ(ソプラノ)
第2の乙女…エリカ・メヘラ(ソプラノ)
ウィーン国立歌劇場合唱団
カール・ベーム(指揮)、ウィーン交響楽団
【録音】1964年 ウィーン芸術週間におけるアン・デア・ウィーン劇場でのライヴ

シュトラウスが晩年にヨーゼフ・グレゴールの台本により作曲したオペラで、古代ギリシャを舞台に、ダフネを巡るアポロとロイキッポスの三角関係を描いた内容。ロイキッポスを殺したアポロはそのおこないを悔いて、ダフネを月桂樹にしてしまう。
初演指揮者ベームによるライヴ録音、ということで話題になったと思われる。けれども、おそらく編集ライヴだったはずの、この盤の評判はあまり聞かない。

表紙裏は例によってパイオニアの広告。
この頃の広告は「マルチ」という言葉が多い。単にFM、AM、プリメインの複合機という意味だが、何となく高級感が漂う。デザイン優先の宣伝文句といい、49900の価格を「新しい数字」として書き加えよとは、ファンの懐をよく心配してくれている。
あと目を引くのは、4トラックステレオテープ用のNABイコライザーの内蔵だ。これ、NABカーブのモノラルLPにも使用できそうだが、さすがに当時そんなことを考えた人はいなかったかも。IMG_0002_20230521100059136.jpg
次は、7月の推薦盤一覧。
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なんと、あのベストセラー、カラヤン、ベルリン・フィルの「運命/未完成」が出た月だ。
そのほかの盤も、現在もカタログに残っているレコードがずらりと並ぶ。1965年は豊作の年だったのだ。
ネコパパの気になるのはE・シュトラウス指揮のヴォックス原盤『豪華盤シュトラウス大全集』。シュトラウス兄弟の末弟エドゥアルトの曾孫にあたる、シュトラウス家直系の子孫の指揮は見事なものだが、果たして「大全集」と言えるほど多くの録音を残していただろうか。
あと、ルッジェーロ・リッチのパガニーニとサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲のレーベルが<D>となっているのは、アメリカ・デッカのことと思われる。当時テイチクからの発売だった。こことレーベル名がダブったために、キングレコードは英デッカの国内レーベル名を、アメリカに倣って「ロンドン」としたのである。
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次は懐かしい「巻頭言」。
『レコード芸術』のボス的評論家、村田武雄(むらた たけお、1908年9月30日 - 1997年3月16日)が毎月冒頭を飾っていた。村田は、独立した連載をもっていた吉田秀和とともに、本誌では別格の扱いだった。村田の死後、巻頭言はなくなった。
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この人の批評の特色は、ある演奏家を批評する際に、個性の違うもう一人と比較して語ることだ。そのため、両者の違いがはっきり浮かび上がるようにできている。
ここではルドルフ・ゼルキンヴィルヘルム・ケンプの比較論。
日本人のケンプ好みから「日本では演奏における本当の意味でのヴィルティオージティが育たないのである」との「寸鉄人を刺す」一言も。ただ、あれも、これもと、詳しく語れば語るほど、演奏についてのイメージが拡散して「要するにどんな演奏だったんだ」と尋ねたくなってくる。
それにしても、ゼルキンがペーター・マークの指揮でモーツァルトのK595を演奏したとは。録音が残されていたら聴いてみたいものだ。会場、オーケストラ、日時などの基本情報が書かれていないのが残念。
驚きは、ゼルキンが日本でベートーヴェンのピアノ・ソナタ2曲を録音したという話。これって、発売されたのだろうか。ネコパパはそんな録音の存在すら知らなかった。

新譜月評は最初の1ページだけ残っている。
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カラヤンとベルリン・フィルの『運命/未完成』は絶賛である。このコンビの大進撃のはじまりを告げる批評として貴重。
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筆者は村田、大宮のどちらなのかわからない。同じ組み合わせのワルター盤を引き合いに出して比較しているところから、村田筆の可能性が大きいと個人的には思う。

本号の特集は『同曲演奏を比較する』、大変興味深いが、たった1ページしかクリッピングされていなかった。
スクラップの元オーナーは、この種の話題にはあまり興味がなかったらしい。扉写真に使われているのはアンドレ・クリュイタンス。彼の存在感が1965年当時、とても大きかったことが感じられる。
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その1ページがこの座談会だ。オーケストラの楽員の立場で「良い指揮者、悪い指揮者」とはどういう人ですか、という問いに、N響首席フルーティストの吉田雅夫(よしだ まさお、1915年1月2日 - 2003年11月17日)か答える。
「直感と先入観がおおきく影響する」と言った後に、物見遊山の気分で来た人は真価を発揮できないという意味の発言をするのが面白い。このあとに、具体的な指揮者の名前が出てくると面白そうだが、おそらくそれはないだろう。

海外楽信、イギリス。
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マルコム・サージェント、日本では温厚な英国紳士、本国では短気で人と衝突しやすい…ということは、吉田雅夫のいう「物見湯山」の指揮者とは彼のことだったか?
サージェントは1954年にN響に客演している。
ローリン・マーツェルの表記はこの頃にはローリン・マゼールに変わっている。さんざんな評価だった1年前のシベリウス1番が、翌年はLSOとの演奏で成功。よく読むと、デッカに録音したウィーン・フィルとのシベリウス全集は、混迷の結果だと白状しているようにも受け取られる。
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最後は、録音エンジニアの若林駿介(1930-2008)の記事。
コロンビア単科大学大学院卒。アメリカでブルーノ・ワルター晩年の録音に関与し、帰国後、数々の日本のクラシック録音に従事。ステレオ録音の基礎を築した人で、渡辺暁雄/日本フィルによるシベリウス交響曲全集は、世界初のステレオ録音による全集録音だった。
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点焦点の楽器と音面積の広い楽器、音場バランス、セッティング、ステレオ録音の基礎知識が、たった1ページで無駄なく整理され、わかりやすい。
ピアノ録音がなぜ難しいのか、ステレオ録音がなぜ効果的なのか、説得力に富んだ論旨が展開される。さすがにベテラン・エンジニアである。
優れたピアノ録音の例として挙げられているのが、アンドレ・シャルラン録音、エリック・ハイドシェック演奏のベートーヴェン、後期ピアノ・ソナタ集。
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以前CDがヴィーナスレコードから発売された時には買っているが、ネコパパは、それほどの好録音とは思っていなかった。シャルランレーベルは倒産し、マスターテープは当局に押収されたのち埋め立て地行きとなった、という都市伝説めいた話があるが、このCDは劣化コピーだったかもしれない。こう褒められると、あらためて聞き直してみたくなるが、どうやら手放してしまったようだ。

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コメント

コメント(8)
シャルラン。
アンドレ・シャルランは、マーキュリーのウィルマ・コザートの下で働いていた人ですよね?
マーキュリーに肉薄する超優秀録音のレーベルとして紹介された記事を読んで(聴いてみたい)と思っていました。
ですが廃盤ばかりで入右手困難だったので諦めて、その後欲しいと思っていたことも忘れてしまいました。
私の価値観では、演奏内容>>>音質ですから。
天ぷら屋の厨房で録音したような盤でも、演奏が良ければOKなんです(笑)

不二家憩希

2023/05/21 URL 編集返信

yositaka
Re:シャルラン。
不二家憩希さん

シャルランとコザートですが、Wikiで見たところでは両者の接点は確認できませんでした。フランスとアメリカ、キャリア形成の場所が違うので果たしてどうなのかと思います。エラートのプロデューサー、ミッシェル・ガルサンとは62年まで協力関係にあったようですが。

シャルランはフランスのマイナーレーベルで多数の仕事をしており、エラートのほかディスコフィル・フランセ、デュクレテ・トムソン、クラブ・ド・フランセなどの録音が有名です。ジャズのヴァン・ゲルダ―同様、録音芸術によって重視される人でしょう。巷間フランス盤が珍重されるのも、彼の録音の優秀さもあるでしょう。

演奏さえよければ、はもちろん、大前提ですが、ものによります。音が悪くても演奏のよさがしっかり伝わってくれば御の字、でもその逆もあり、その間には無数のグラデーションがある…という具合です。

yositaka

2023/05/21 URL 編集返信

おなじみパイオニア
このパイオニアのコマーシャルは面白いですね、担当者は前と変わっていないような。(笑)

>この頃の広告は「マルチ」という言葉が多い。単にFM、AM、プリメインの複合機という意味…

あーっ、これは「FMマルチ」ですね。FMをステレオで送るために多重化されていますので、これを復調する回路をMPX(Multiplex)と呼ぶのです。まぁ、ですからFMをステレオで受信できるよ、という程度の意味なんですけど、今となっては死語ですかねぇ。(笑)

そして若林駿介氏のレコーディング随想が何と云っても興味深いです。

『先月発売されたシャルラン・レコードは、ハイドシェックの独奏によるベートーヴェンの晩年のピアノ・ソナタ二曲(作品110、111)ですが、このレコード(SCL8)はピアノを大きなイメージで録音した好例であるといえましょう。…左側に高音部が、右に低音部がほぼ定位しており、…』

ハイドシェックは、トルトゥリエとのベートーヴェン・チェロ・ソナタ集がみっちの愛聴盤だけに、興味があります。
そのハイドシェックの60年代ベートーヴェン・ソナタですか。シャルランと云えばワンポイント録音、それでピアノの音像イメージを大きく録っている、というのが意外です。かなり接近したマイク・セッティングなんですかね。そうでないと、左高音、右低音に明確に定位しないですよね。シャルランの録音だと、もっとホールトーンを活かした録音なのか、と思っていました。

>以前CDがヴィーナスレコードから発売された時には買っている…

おーっ、流石はネコパパさん、ただあのCDはオリジナルマスターが廃棄されたとかで、あんまりポジティブな評価はなかったような。これはやっぱり、オリジナルのシャルラン・レコードを持っている人に聴かせてもらうしかないですかね。

みっち

2023/05/21 URL 編集返信

yositaka
Re:おなじみパイオニア
みっちさん

>FMマルチ
なるほど、よく読むとそうですね。広告の流れからすると、はじめのころはチューナ二台が一つの箱に収まった製品がでていました。それが一台でステレオ受信できるということでマルチになったというわけですか。ステップアップするたびに用語が増え、意味も変わってくる。面白いです。

>シャルランと云えばワンポイント録音
実はステレオ録音時代のシャルラン録音にははっきりとしたイメージがないのです。彼の録音したというリステンパルト/ザール室内管弦楽団のものなど、くっきりとして低音がよく響く録音と思いました。
むしろ、特徴的なのはモノラル録音で、ディスコフィル・フランセに録音したリリー・クラウス、イヴ、ナット、ヴェーグ四重奏団、いずれもオンマイクでタッチの生々しい録音でした。

ヴィーナスレコードの出したCDは、トリオがレコード用に作ったテープをそのままデジタル変換したもので、CD用のマスタリングは行っておらず、そのせいもあるのか、どれもパッとしない音質でした。若林氏はトリオの出したLPを聴いて評価しているので、LPは案外良かったのかもしれません。これが中古店でもなかなか出ないのです。

yositaka

2023/05/21 URL 編集返信

パイオニアとシャルラン
ネコパパさん
NABカーブのモノラルLPにも使用できそうだが>今と違い当時のエア・チェックしているマニアの人の中には、Tape-headのNARTB規格を知っていて残念ながら同じ事を考える人はおられました。(アマチュア無線雑誌に投稿されているのを読んだことがあります。)
SX42は、18球11石 我家と同じく冬暖房(ストーブ)いらず、夏エアコン(扇風機)必須ですね。

若林駿介氏のステレオ録音の是非:「ステレオの拡がり」ホールの残響を取り入れることのみ作り出せるものです。「私の部屋では無理」。ブルーノートの分厚いモノ録音のヴァン・ゲルダーが「ステレオ化」で苦労したのも解る気がします。

フランス盤好きの私は、シャルラン録音盤を少々もっていますが、勿論エリック・ハイドシェックは有りません。シャルランの録音は、ワンポイントですが「聴かせる録音で無く、包み込まれるように聴いている録音」だと感じます。A・シャルランは、トリオがオルガン集などを直輸入していました。例会に持って行きましょうか。

チャラン

2023/05/21 URL 編集返信

yositaka
Re:パイオニアとシャルラン
チャランさん

>NABカーブ
やはり意識して実践された人がいたんですね。結果はどうだっんのでしょう。

>ヴァン・ゲルダー
彼の初期録音は、左右にバシッと別れて中抜けで不自然な感じでした。impulseなんか特に。「マルチモノ」と言われていましたね。ですが彼もだんだんと考えを変えて後のマスタリングでは「音場」を考えたものになっていったという話です。ただ、50年代家ら60年代初頭のジャズがモノラル録音と相性が良かったのは確かだと思います。あれこそは「点焦点」の音楽だと思います。

>シャルラン・レコード
あまりに内容が地味であまり食指が動きません。フランコ・グッリとミラノ・アンジェリクム室内管弦楽団や、アンドレ・イゾワールのオルガン、ティッサン・ヴァランタンのフォーレのピアノ曲や室内楽。好きな人にはたまらないでしょうが…私が興味あるのは、シャルラン・レーベル以前の彼の仕事ですね。

yositaka

2023/05/21 URL 編集返信

シャルランの録音法
ネコパパさん

シャルラン・レーベル以前の彼の仕事> 以前ネコパパさんにお礼に頂いた「Club Francais du Disque、2347/2695(CFD:347 )ハイドン 交響曲第31、21、48リステンパルト」は、1963年以降なのでシャルラン・レコードとは違いますがシャルランの録音ですね。
手持ちのリステンパルトの演奏が、C.F.D 、D.F、ΣRATOの各レーベル、モノとステレオと異なってもほぼ同じ演奏に聴こえましたのでシャルランの録音法を検索してみました。
1954年に人工ヘッドを使ったバイノーラル録音で特許を得ていました。(モノを両耳のマイクで録音)
詳しくは、下記ページを参照してください。
https://charlin-lescharlinales.weebly.com/la-tecircte-artificielle.html

チャラン

2023/05/22 URL 編集返信

yositaka
Re:シャルランの録音法
チャランさん

うーん。これは。『ゴルゴ13』のフルトヴェングラー話に出てきたやつです。
戦中ライヴの中にステレオ録音があったということから話が始まり、ヒトラーの列席する演奏会にヒトラー暗殺計画が進行。フルトヴェングラーはそれを知りつつ、強力なフォルティッシモを打ち出して同時狙撃を支援する。その時の録音がバイノーラル方式でテープには狙撃音と狙撃位置が記録されていた…という話でした。さすがに戦中の帝国放送局にこのシステムはなかったと思いますが。
あれ?そうするとゴルゴの出番は?

さいとうプロには絶対オーディオマニアがいて、シャルランのことも知っていたに違いないですね。

それにしても凄い記事を発掘されましたね。さすがです。
フランス語が翻訳できないのは残念です。録音風景に写っている演奏家は誰なのかも知りたいところです。

yositaka

2023/05/23 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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