追悼、松本零士氏。

漫画家の松本零士氏が亡くなられたそうです。85歳。
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氏が原作を描いた『宇宙戦艦ヤマト』は、日本のアニメブームのよあけを告げる作品でしたし、その後に描かれた独特の世界観によるSF作品は、およそ50年前から、若きネコバハ世代の胸をときめかせたものでした。

氏の作品で一番人気のあったのは、おそらく『銀河鉄道999』だったでしょう。
それは十分、理解できます。特にアニメ版は原作はしょり過ぎではありましたが、ビジュアルは最高でした。
ただ私は、この作品に流れる、センチメンタルで厭世的な気分があまり好きになれなくて、専らメカ描写を楽しんだ方です。
この種の作品の中で、個人的に一番楽しめたのは『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』でしたね。人類の危機が迫っているというのに、地球人類はすっかり堕落して、腑抜けた生活を送っている。
それに「喝」を入れて、心ならずも人類の敵「紙のように燃える女・マゾーン」に戦いを挑む自由の戦士、ハーロックと台羽正少年。
しかしですね。彼の率いる海賊宇宙戦艦アルカディア号のクルーたちは、やるときゃやるが、あとはのんべんだらりと、好き勝手に生活しているんですね。キャプテンの副長ヤッタランは松本零士の自画像ですが、プラモデルばかり作っていて、名前の通り、ほとんど何もやったらん男なのです。

こんなことで強大な敵を打倒できるのか。相手は無数の戦艦群で、こちらは一隻。
そりゃ無理です。宇宙に向かって出発してから急に話のテンポが遅くなり、真っ黒なベタばかりの宇宙空間をアルカディア号が進む見開き2ページの大ゴマが続く遅々たる歩みがしばらく続いて連載は中断。
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『宇宙戦艦ヤマト』も『クイーンエメラルダス』も『ミライザーバン』も、『ニーペルングの指輪』も、それと結局『銀河鉄道999』も、みんな同じ運命をたどりました。
それでも、メカはかっこいいし、それと全く正反対に登場人物は、どこか抜けていて人間味がある。そして女性はいつも美貌。なにか体重のない「天女」のような不思議を漂わせています。その全体が、当時の漫画界では異色だったし、圧倒的な魅力でした。

氏のSF作品は、すべて一つの世界観の中にあって「遠く、時の輪の接するところ」でひとつになる構想だったようです。その構想を公にしてから、松本氏は自らの宇宙構築に意識的になったように思います。色紙にサインするときにも、この言葉を書いていたようです。

ネコパパは、もしかして無理かもしれない…とは思いながらも、いつかは「時の輪の接するところ」が見られるかもしれない、と一抹の期待は手放さずにいました。
ワーグナーに枠組みを借りた『ニーペルングの指輪』4部作では、かなりのところまで「結合」に肉薄した。けれども、惜しくもというか、やはりというか、完結を見ることはできませんでした。
そんな松本氏が、私たちに残してくれたのは、そんなはるか遠くの、行き着くことが不可能な場所に手を伸ばそうとする「夢見る力」だったのかもしれません。

長い間のご執筆、お疲れさまでした。心よりご冥福をお祈りするとともに「遠く、時の輪の接するところ」で、作品の続きが読めることを心待ちにしております。


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コメント

コメント(8)
男おいどん。
私にとっては「男おいどん」のイメージが強烈で、それ以降のSF作品は違和感を強く感じてきました(苦笑)
(あんなだらしない男の漫画を延々と描いてきた漫画家が、こんな洒落たSFを描けるわけない)と内心思っていたのでしょう。
栄光の作品群なのでしょうが、読んだ順番と読み手の感性により、そうなってしまったのです(笑)

松本零士氏は自分の生原稿に対する執着がまるでなく、それらがどれほど高いお宝価格を持っているかを考えていなかったそうです。
生原稿を自宅の廊下に置きっぱなしにしていたり、とかは普通だったそうです。
専門家に「そんなことをしていてはダメです」と注意されても「そうなの?」と気にもしていなかったです。
松本先生は欲が無い良い人だったのでしょう。

不二家憩希

2023/02/21 URL 編集返信

Re:男おいどん。
不二家憩希さん

「男おいどん」は読んでないのです。
これは松本零士名義の初期作品でしたね。私はそれ以前の「松本あきら」の時代の少年漫画「高速エスパー」や「スーパー99」に親しんでいて、彼が松本零士と同一人物と知ったのは「宇宙戦艦ヤマト」の作者と認識したからで、イメージはすぐにつながりました。
メカ描写の卓抜さはすでに「松本あきら」の時代から明瞭でした。

>松本零士氏は自分の生原稿に対する執着がまるでなく…

それは知りませんでした。漫画に描かれている自己の描写からして、十分考えられる話ですね。
そういえば「FMレコパル」に連載していた音楽家の伝記漫画シリーズも、最近やっと単行本になったと思ったら、原稿からの製販ではなく、印刷物からコピーしたと思しきページが散見されました。きっと生原稿が紛失していたんでしょう。

yositaka

2023/02/21 URL 編集返信

ああサルマタケ!
 学生時代、下宿の連中においどんに似ていると言われてました。押し入れ中がサルマタケいっぱいなはず、ないのに。
 しかし人生でどこに戻りたいかと言われたら、たぶん一番貧乏だった(3畳一間月9,000円+一日二食18,000円)、銭湯は3日に一回だった初めての一人暮らしの18歳です。
 ちなみに絵が上手で宇宙戦艦ヤマトの絵を描かせたら天才的だった高校の友人は、絵に嵌まりすぎて、留年しました。それも若さです、きっと。

シュレーゲル雨蛙

2023/02/22 URL 編集返信

yositaka
Re:ああサルマタケ!
シュレーゲル雨蛙さん

私が一人暮らしをしたのは就職後でしたから、それはもうキツくて、絶対に戻りたくはないですね。
まあ、学生時代だって仲間の下宿に泊まり歩いていて、あれは実にもう、愉しい毎日でしたが。漫画ほどではないけれど汚くて、どこもタバコ臭くて。
そんな学生時代、松本零士のファンはいましたよ。
口角泡を飛ばして喋り捲ったものです。宇宙戦艦ヤマトの絵なら、今だって私は上手くはないですが、描けます。特にメカを細かく書くのは快感でした。アニメは細部がずいぶん潰れていて、特に松本独自のメーターがずらりとならんだ操作機器の描き方が好きだったのに、それがあまり再現されてなくて残念でした。

yositaka

2023/02/22 URL 編集返信

『ハーロック』だけ、持ってます…。
エヴァンゲリオンもガンダムも宇宙戦艦ヤマトも無縁な小生です。

> 個人的に一番楽しめたのは『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』
これだけ、秋田書店版コミックス全(?)5巻、持ってます。

> やるときゃやるが、あとはのんべんだらりと、好き勝手に生活しているんですね。
この光景が、何とも“癒し”でした。

> 真っ黒なベタばかりの宇宙空間をアルカディア号が進む見開き
> 2ページの大ゴマが続く遅々たる歩みがしばらく続いて連載は中断。
すると、あの第5巻で終了なんですね。
「真っ黒なベタばかりの宇宙空間」…このイメージは、竹宮恵子『地球(テラ)へ…』の宇宙描写とともに、なんともいえない壮大かつ沁みじみしたエモーションを喚起しました。

斎藤次郎、という教育評論家がいました。数十年前、『子どもたちの現在』(風媒社。同社は名古屋の出版社ですね)を読み、管理主義的教育批判に共感しました。
氏は、中公新書で『元気が出る教育の話』を上梓し、その末尾だったか、宇宙戦艦ヤマトがイスカンダルに向かって発進する場面を、「子どもたちを戦争に追いやるマインドを感じる」というような論旨で、これは明らかに否定的批評であり、それにも共感したものでした。
斎藤氏は、その後 親子で大麻所持で逮捕され、言論の場から退場したことを知り、ちょっと残念でした。

もう斎藤氏の本も手許になく、ホコリだらけの秋田書店版『ハーロック』も、資源ゴミ行きかなぁ、というところです。

へうたむ

2023/02/23 URL 編集返信

yositaka
Re:『ハーロック』だけ、持ってます…。
へうたむさん

斎藤次郎さんはその後も活動をつづけておられますし、著書も出されてしますよ。私も何度かお話を伺ったことがあります。1970年代は漫画評論もかなりされていて、文庫版の解説では常連執筆者でした。
松本氏は飛行機、戦車などメカ好きの一方、戦争の悲惨さは常に描き続けておられたという平和主義者で、宮崎駿にも通ずる矛盾を持つ人でした。しかし「宇宙戦艦ヤマト」の企画・原作者の西崎義則展氏は、松本氏とは決裂していて『ヤマト』がどのレベルまで松本作品なのかは議論の余地もあります。

ハーロックは本筋のマゾーンとの対決に入る前の、惑星ヘビーメルダーでの回顧シーンで『銀河鉄道999』との関連が暗示されますが、そこで中断となりました。一方、同時進行していたテレビアニメは原作を追い越し無理やり戦いを決着させて完結しています。それもあって松本氏、続きを描く意欲を失ったのかもしれません。

yositaka

2023/02/23 URL 編集返信

斎藤次郎さん
> 斎藤次郎さんはその後も活動をつづけておられますし、著書も出されてしますよ。
そうでしたか! ネット上には「教育評論家なのに…」というディスり口調の評価が見えて、「そういうことになるんだなあ」と落胆していました。
読んだのは2冊だけですが、今日の”ブラック校則”問題などにもつながる、いい視点の本だな、と思っていました。

> 『ヤマト』がどのレベルまで松本作品なのかは議論の余地もあります。
ふむ~、なるほど、です。

へうたむ

2023/02/23 URL 編集返信

yositaka
Re:斎藤次郎さん
へうたむさん

最近は「ホワイト社会」、言い方を変えれば相互監視社会なので、世の中への発信がますますリスキーになっていると思います。これもネット社会の暗黒面で、大切なことにも口を閉ざす空気が生まれているような気がします。
『ヤマト』は著作権問題で相当揉めました。関係する二人が世を去った現在、これについては客観的に検証する必要があると思います。

yositaka

2023/02/23 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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