アニメ映画『BLUEGIANT』を鑑賞。

久々に映画館で鑑賞しました。アニメ映画『BLUEGIANT』です。
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これ、LPレコードじゃないですよ。パンフレットです。
ジャケットから引き出すと冊子の本体が出てきて、その表紙がLP盤のデザインになっている…という凝ったものです。1100円もしました。せっかく入場料が敬老割引きで1100円だというのに、同額の無駄遣いをしちゃったあ。

本題、行きましょう。
この映画の原作は『ビッグコミック』誌で2013年から連載されている同名の連載漫画です。作者は石塚真一。
連載が始まってから、もう10年になるのか。ジャズを扱った、マンガとしては珍しい作品なので、ネコパパは、連載当初から欠かさず読んでいます。
ただ、コミックスは一冊も買ってないんですが。
演奏シーンの表現が独特で、ライヴの描かれる回は、一切のセリフやナレーション抜きで、ひたすらメンバーの演奏そのものが絵によって活写されます。ここぞ、という場面に言葉なし。そんな手法が注目されたのか「音の聴こえてくる漫画」との評価もあるそうです。いままで、クラシックをテーマにしたものを中心に、音楽漫画はいろいろと読んできましたが、どの作家も一苦労しているのが演奏シーン。何しろ肝心の音がないのですから、観客がああだ、こうだと言葉で演奏を描写したり、演奏者の内言で暗示したり…というのがよくある、定番でした。それに比べて、石塚さんの表現は、大胆、率直。ジャズ的と言ってもいいのかな。これを見ながら、音楽を頭の中で想像するというのは、なかなか得難い愉しさでした。
BLUE-GIANT_第05話_P21のコピー
これがアニメ映画になる。
そうなると当然、無音で済ますわけにはいかない。誰かの演奏が聴こえてくるわけです。それに、楽器演奏のシーンをアニメーションで表現するのは難度が高い。ジブリ作品に、ネコパパの大好きなジブリアニメ『耳をすませば』に数分間の演奏シーンが出てきますが、手書きフルアニメーションの手法を使って6か月かかったと言いますからね。
『のだめカンタービレ』がテレビアニメになると決まった時は、まさかね、思ったものでしたが、さすがにあれはごく一部、アップでの演奏シーンがCGで動いただけであとは静止画面でした。もっとも、回数を重ねるにつれて動くところは増えてきましたが。
それを思うと『BLUEGIANT』の演奏シーンは凄いものです。いろいろな手法が組み合わされているために、演奏の動きなどはちょっと統一感がないのですが、それでも実写映画で俳優のフリ演奏を吹き替えるよりは、はるかに「本物」感があります。アニメの技術も、ここまで来たのかと思いました。

ストーリーはシンプルです。仙台で中学生のころからジャズの魅力に取りつかれた主人公、宮田大が、地元での3年間のテナーサックス修行の成果を問うために上京。そこで同年の苦学生で天才ピアニストの沢辺雪折、大が転がり込んだ高校時代の友人で音楽経験ゼロの玉田俊二と出会い、玉田をドラマーに仕立てて演奏活動を広げていく…というもので、本来は中学生時代から始まる長い物語を「東京でプロへの階段を上る主人公」という一点集中で絞り込んでいます。切り詰めるだけ切り詰めたテンポ感がいい。見せ場が演奏シーンで、ネコパパは全体の半分くらいに思えたのですが、実際は30分くらいだったようです。それにしても1/4が演奏だけというのも野心的ですよね。ディズニーの『ファンタジア』は演奏が3/4でしたが、あれは劇映画とは違いますから。

音楽を手掛けているのはベテランのジャズピアニスト、上原ひろみで、テナーの馬場智章、ドラムスの石若駿も優れた若手のようです。その演奏は、初心者ジャズ愛好家のネコパパのいうことだから当てになりませんが、ジャズを聴いたことのない人にもわかりやすい、それらしいアレンジがなされています。
曲は全部上原のオリジナル曲。テーマのメロディーが耳になじみやすく、アドリブもあまり逸脱しないで、メロディックに、しかし「ジャズ」としての強靭な音や、技の切れ、早弾きの効果などは十分に聴かせるもので、聴いている間「編曲もの」であることは一切意識させない、十分に熱い音楽が展開されていました。
パンフレットには4曲がクレジットされていましたから、それぞれ7,8分の演奏ということになります。
ジャズを聴いたことのない人が受け入れられる、ギリギリの線でしょうか。編成がベース抜きのトリオという変則で、サックスとドラムスのデュオもあるというのは、ネコパパにはちょっと物足りなく思われましたし、最初はぎくしゃくしていた演奏がだんだんと上達していく過程を表現するという制作側の要求を満たしながら演奏するというのも、やる方にとっては一苦労だったでしょう。
ただ、ベーシストの不在は、続くヨーロッパ篇の伏線でもありますから、それは仕方がない(終わりの場面から想像すると、続編は作られそうな気配でした)。

さて、一般にジャズマンの物語と言えば、屈折がつきものです。
即興演奏という、いわば人のなしうる臨界点を求められる音楽だから、それは当然、人生にも影響を及ぼします。概してジャズマン、ことにジャイアントと言われた人々の人生のエピソードには、犯罪、愛欲、薬物、暴力、死といった影の部分が多く、それは人間社会の闇の顕現でもあります。
それを思うと『BLUEGIANT』に登場する若者たちは、なんと清廉で、一途であることか。
東京という坩堝に身を置きながら、彼らの生き方はクリーンそのもの。闇はもちろん、青年漫画にはつきものの恋愛的要素すら、本作には皆無です。それは、彼らを導く先達の人々の描き方にも共通している。
一例を挙げましょう。上昇志向の強い雪折が、名門ジャズクラブのマネージャーに謙虚さに欠けた言動を叱責されて反省し、ライヴ終演後にサインをしそびれた老ファンを探し当てて、謝罪し、あらためてサインを渡す場面があります。
ここは、原作でも印象に残る場面でしたが、削りに削ったこの映画版でもカットされなかった。本作の「クリーンさ」を象徴するような、ストイックな名シーンではありますが、ネコパパには何となく闇の侵入を防ぐための「過剰な防御」のようにも思えます。
ネコパパがコミックスを買わず雑誌を読み流しにしているのは、そんなところに原因があるのかもしれません。
もっとも、連載はまだ続いています。現在進行中の「アメリカ編」では、これまでとは少し違った色合いを見せていて、ネコパパはかなり期待しています。
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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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