確信の描線


4月某日
名古屋市美術館で開催中の「アメデオ・モディリアーニ展」を鑑賞。
この著名な肖像画家には失礼ながら特に関心がなかったが、新聞の紹介記事に掲載されていた裸婦像を見て大変驚き、出かけていく気を起こした。
会場入り口に大きく掲げられていた作品「横たわる裸婦」(1917)がそれである。
首のながめの肖像画家のイメージを大きく壊す、莫大なエネルギーを感じる絵画であった。
当展に出品された作品は五十点あまりと少ない。
しかし、発見は多かった。

この画家の独自の作風は彫刻作品への傾倒から生み出されたものであること。
面というよりは明確で切り詰められた「線」が基本であること。
人物の表情はいきいきと豊かで、
しかもぬくもりと愛情に満ち溢れていること。
60年代初頭の伝説的な漫画家
永島慎二の作品が、モディリアーニの影響を多く受けた理由は
その絵柄のユニークさだけでなく、人を情感ゆたかに 思いやりをこめて描くという
画家としての方向性への、強い共感からであることがはっきりと感じられた。

そして裸婦像。
これは肖像画とははっきり描き方が違う。
圧倒的な肉体の持つ力感と、そこから生まれてくる官能性。

これらの作品が画家の個展に出品されたとき、たちまち警察官を走らせ、
作品撤去に至ったというスキャンダルが
展示された解説にくわしく記載されていた。
その事件のおかげで、かえって彼の名が知られるようになったというのも事実らしい。

至ってシンプルなのに、確信に満ちたタッチが心を揺さぶる。
それは実物を前にして初めてつたわる力のように思う。
モディリアーニという人は大変な「早描き」の人だったという。
確かに
この一気に流れるような描線は、己の絵に対する確信の強さが生み出した
鮮やかなスピードを感じさせる。

彼もまた、自身の人生を
そのタッチと同じように密度濃く、そして流れるように速く、駆け抜けたのだ。

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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