まるごと馬場のぼる展。

「絵本の殿堂」刈谷市美術館で開催されている、馬場のぼる展にアヤママと行ってきました。
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ⒸNoboru Baba

馬場さんは、ご存知『11ぴきのねこ』シリーズでおなじみの絵本作家です。
このシリーズは、ネコパパの娘も息子も、孫4人も、みんな大好きで、何度も何度も、繰り返し読みました。今も読んでいます。
さんざん読んであげて、しばらくすると、こんどは、文字が読めないうちから、一人で読み出すのです。
大人にとっても、子どもにとってもこんなに魅力のある絵本は少ないでしょう。
ページ数はちょっと多めで、ストーリーも多様に展開するので、「読み聞かせ」にはそれなりに時間がかかります。それでもせがまれると読んで、それでも意外に面白さは薄れず、読み飽きるということがない。
どの本にも、絵と文の絶妙なバランスとリズム感と、くすぐりの効いたユーモアがあるからでしょう。
その秘密は、だれもが持つ「我欲」を肯定する懐の深さにあると思われます。

とらねこたいしょうをはじめとする11ぴきのねこたちは、食欲も物欲もたっぷりとあって、一筋縄ではいかない。目的のためには手段を択ばない行動力は、そこから来ている。人を出し抜いて、自分だけいい思いをしようとする「ちょい悪」なところもある。もちろんそんな企みが成功することはないんですが、馬場さんの絵本の素敵なところは、それを丸っこい線とかわいらしい顔立ちで、暖かく包み込んでしまうおおらかさにあります。

今回の展覧会は、そんな馬場のぼるの「画業」を500点もそろえて見せる、大規模な企画でした。

馬場さんは絵本作家というより「絵本も描く漫画家」と自分を位置付けています。
そういえば、馬場さんは手塚治虫の漫画のキャラクターとしてよく「出演」していました。『フイルムは生きている』とか『W3(ワンダー・スリー)』では結構重要な役どころで。でも、手塚漫画で馬場さんの顔は知っていても、漫画そのものはあまり見た覚えがありません。少なくともネコパパには、とっさには思い浮かびませんでした。
それが今回の展覧会では、これでもか、というくらいの原画が展示されています。膨大な漫画原稿を、思わず夢中になって読んでしまいました。あんまり熱が入って時間を忘れてしまい、気がつくとアヤママは会場のソファにへたりこんでいたくらいです。

発見はたいへん多かったのですが、2点に絞って報告します。
一つ目は『11ぴきのねこ』で使用されたリトグラフ印刷の技法。
「この絵本には着彩された原画というものは存在せず、展示されているのは手刷りの校正刷り」だというのです。
色の感じから「色指定かな」くらいには思っていたのですが、実際は恐ろしく手間のかかったやり方でした。展覧会では制作に使用された、色の数だけの版下も展示されていましたが、うーん、よくわからない。そこでネット検索で発見した説明から引用してみます。

馬場のぼるのリトグラフ方式による絵本ができるまで
1.馬場のぼるが編集者とストーリーのアイデアを練る。ゆるやかな雑談をしているうちに、作家の中で少しずつストーリーが固まってゆく。
2.大まかなストーリーが決まったら、束見本(実際に使用する紙を用い、実際と同じ版型、ページ数で作った白紙の本)や画用紙に鉛筆やボールペン等でラフスケッチを描いていく。馬場のぼるの場合、文章もこの段階でほとんど決まっていることが多い。
3.主版(おもはん)を制作する。主版とは絵の輪郭線のみが描かれた版のことで、一つの絵が刷り上げられていく上で基礎となる版となる。作家が輪郭線のみを墨で描いた絵を白黒撮影してフィルムを作り、版に焼いて、紙にうすい水色のインクで印刷する。これが、色版を描く際のアタリ(見当)になる。
4.水色の線を手がかりにして、各色の版を作家自身が墨で描いていく。これが色版になる。一つの場面について、使う色の数だけ色版を描く必要がある。これを描き分け原画という。この原画を再び白黒撮影して、各色の版をつくっていく。
5.こうしてできた墨版と色版で、版画のように色を刷り重ねていく。この最終段階まで、色のついた絵本の絵は、作家の頭の中にしか存在しない。

展覧会では、そのラフスケッチもたくさん展示されていました。
それを見ると、絵は全く迷いがなく一筆で書き下ろされているように見えますが、文章はかなり推敲されていることがわかります。
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このスケッチから完成までのイメージが、すべて馬場さんの頭の中だけで行われているとは!
描き分け原画というと、仕上がりに微妙な誤差が出てそれが版画の味わいになるのでは、という気がしますが、それは猫の身体の色にわずかに感じるくらいで、基本的にはわずかな狂いもありません。
版元のこぐま社の提案による、この手間のかかる印刷方法は、通常のオフセット印刷よりイニシャルコストが軽減できることと、色ごとに画家自身が版を描いていくため、手作りの温かみがある絵を子どもたちに届けられる魅力かあることが理由だったそうです。加えて混色のない、すっきりとした透明感も作品の明るさを際立たせているように思われます。

田島征三展のときにも感じたことですが、馬場さんの絵本は一見、ラフで無手勝流の画風に見えて、実際は熟練のプロの職人技に支えられていたのです。馬場のぼるもまた、手練れの絵本職人だったんですね。

二つ目のポイントは、芸格ある漫画です。
馬場のぼるが児童漫画を描いていたのは、戦後間もなくの1948年から1950年代にかけてのことでした。1960年以降はストーリー漫画全盛の潮流に迎合はせず、所謂「大人漫画」に移行しています。
ネコパパがストーリーマンガに夢中になったのは、1962年以降ですから、時期がちょっとずれている。少年雑誌に連載されて人気作だったという『ポスト君』も知りません。
それでも、展示作をみて「あっ」と思った作品がありました。
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1957年から雑誌『婦人生活』に連載されていた『のらねこノンちゃん』です。
これは、『11ぴきのねこ』のプロトタイプのような、野良ねこの群像劇。違うのは、彼らが絵本のような「我欲のかたまり」ではなく、善意に満ちていること。
のんちゃんは、野良ねこ仲間を集めて、街中を掃除して回る会社を作ることを思いつきます。はじめのうちは「野良ネコのいたずらか」と、胡散臭げに見ていた住人たちですが、彼らの奮闘ぶりをみて、だんだんと野良ねこたちを信頼するようになってきて…というストーリーです。
この漫画は赤い帽子のねこ「のんちゃん」を主人公にしていますが、クローズアップもなく、ねこの集団が面白おかしく動き回る漫画です。目線が猫だから、描かれている街の光景も、煉瓦壁や塀や階段ばかり。それがまた、異国的なノスタルジーを漂わせているんですね。

驚かされるのは、その絵がとても絵画的で凝っていることです。扉絵をいくつか引用してみると…
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アニメーション的にきっちりとした絵があるかと思えば、クレヨンのタッチを使ってみたり、構図や字体に凝ってみたり…三つ目に挙げた第44回の扉絵なんて、4匹の猫が数珠つなぎに登っている感じや、版画的な空と雲の表現など、あきらかに後年の『11ぴきのねこ』を先取りしています。
こうした「芸格」は本作だけでなく『ポスト君』など、これ以前の少年漫画にも伺われることです。これは、手塚治虫に代表される、記号化、様式化が目立った当時の漫画の一般的な様式とは一線を画したもので、馬場のぼるが、1950年代から、漫画家として「芸格の高さ」を目指した独自路線を歩んでいたことを示しているように感じられます。

それにしても、この「ノンちゃん」の絵が、ネコパパの記憶にはっきり残っていたのは不思議です。
1957年から1960年にかけての連載ということは、ネコパパは2歳から5歳です。単行本も発行されていないので、連載時期の『婦人生活』が、母か祖母が買ってきたか何かで、たまたま家にあったのを見たということなのでしょう。そんな頃なのに、絵柄はもちろん、色合いやタッチまでがパッと頭によみがえってきたのは驚きでした。
馬場のぼるの絵というのは、きっと幼少期の子どもの記憶に深く残る何かがあるのです。

結果的に、馬場さんは、漫画に匹敵するか、それ以上に多くの絵本作品を残すことになりますが、本人の意識の中ではずっと「絵本も描く漫画家」であり続けたようです。
けれども、彼の全体像を表すには、それはちょっと言葉が足りない気がしてなりません。
今回の展示の中で、特別な印象を持ったスケッチブックの1ページがありました。
それには文字だけが書かれています。

「絵本についての考察」

絵本において描くべきこと、絵と文の役割分担、ストーリーの要件など、重要なことばかりがスケッチブック1ページにちょうど収まるように、要を得た文章で書かれているのですが、その中でとりわけ目立つのは「生きた絵を描くことが最も大切」の一言でした。
生きた絵とは何か。関連する言葉を拾ってみます。
「具象でなければならない。その上に物語を膨らませるための配慮、洞察と言ったものが必要である」
「徒に抽象的表現を用いることは愚かなことである」
「抑制のきいた表現」で「大人の鑑賞に耐えうる絵本」を。
これが、馬場さんの目指していたことでした。
その結果生まれたのは、あらゆる技術や技法を駆使しながら、素朴で軽やかな、最小限の線で描かれた作品群だったのです。そういう人を何と呼べばいいのか、先ほど「手練れの絵本職人」なんて書いてしまいましたが、あまりにもベタな言い方です。考えるうち、自宅に帰る車の中でふと浮かんだこと言葉は「絵師」でした。

1960年代の馬場さんは「ねこ漫画の達人」と呼ばれたそうですが、それに倣うなら「ねこの大絵師」でしょうか。どうもなあ。いずれにしても、馬場さんの絵本には、これからもお世話になりそうです…




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コメント

コメント(2)
懐かしい。でも混同もしていました。
懐かしい。どこかで目にしていたのに、具体的にどこだったか思い出せないくらい馴染んだ絵です。
それだけでなく、恥ずかしいことに食いしん坊のぼくは、北海道の洞爺が誇る銘菓わかさいもの包み紙の絵をいままで馬場のぼるだと間違えて覚えていました。
この投稿に当たり海老でーす(エビデンス)しっかりしようとググるとおおば比呂志だとわかりました。元道民として恥ずかしいでした。
やなせたかしもそんな感じがありましたが、ひとふでがきのようだけれども味がある。俳味を感じます。俳画的に思うのですが、どうなんでしょう。余分な線がないなあと見て思ったです。

シュレーゲル雨蛙

2022/10/28 URL 編集返信

yositaka
Re:懐かしい。でも混同もしていました。
シュレーゲル雨蛙さん

馬場のぼるといえば私には絵本作家で「11ぴきのねこ」「かえるはかえる」「アラジンと魔法のランプ」などの絵本作家ですが、少年漫画の代表作は「ポストくん」で、これは私の年代では古すぎて間に合っていません。

1年生の時に購読していた「小学1年生」に何か掲載されていた気がしたのですが、前川かずおさんの勘違いでした。1950年代初頭の漫画は基本的に似た絵が多いので、幼児の記憶では区別がついていなかったと思います。

おおば比呂志さんも言われてみれば似てますが、線は馬場さんの方がやや曲線的で太く丸っこいですね。また、おおばさんは絵本や児童書の挿絵になるとぐっと「童画」に近いタッチになります。馬場さんの方が6歳年下なので、それだけ古い感じですね。

yositaka

2022/10/30 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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