ネット読書会『小さなトロールと大きな洪水』

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1992.6.20 講談社


■ヤンソン、はじめてのムーミン物語

8月の終わり、大きな森の一番深いところにやってきたムーミントロールとママ。
二人はニョロニョロといっしょに放浪の旅に出てしまったパパを探しながら、「家を建てるのにちょうどいい、日の当たる暖かい場所」に行こうとしているのでした。
10月になればもう、冬眠の季節が来てしまいます。急がなくてはならないのです。
森で見つけた最初の友達はスニフ。それからチューリップの中に住んでいた美しい女性チューリッパ。安住の地を求めて、4人の不思議な旅が始まります。

本作は1992年初訳。当時講談社から発行されていた「ムーミン童話全集」では「別巻」の扱いでした。作者トーベ・ヤンソンが初めて書いたムーミントロールの物語で、彼女が前書きに書いている言葉を引用すれば「これは私が初めて書いた、ハッピーエンドのお話」です。
書き始められたのは1939年、出版は1945年…時代背景や、ヤンソン自身の人生にも深くかかわる作品なのですが、そこを詳細に語ると、もう一つの長い物語になってしまいます。ネコパパはそこは避けて、まずはテクストをじっくり読んでいきましょう。

読みのポイントは、ファンタジーとしての構造と、物語に登場する「4つの家」の位置づけです。

■ストーブの後ろのトロールたち

まずはファンタジーの構造。ムーミン・サーガは基本的に「あちらの世界」を舞台に展開する「ハイフアンタジー」なのですが、第1作では驚いたことにムーミンたちの「家住み」の時代が描かれます。ムーミンママ(本作ではこの名前では呼ばれず、ムーミントロールのママ、ですけどね)の子ども時代の話です。

そのころはムーミントロールたちも、ほかの家住みトロールたちといっしょに、人間の家に住んでいたのです。たいていは、タイルばりの大きなストーブのうしろにね。…(中略)
「ぼくたちがそこに住んでいたことを、人間たちは知っていたのかな?」
ムーミントロールがたずねます。
「知っていた人もいるわ」
ママはいいました。
「人間はわたしたちのことを、ときどき首すじにふうっとふきつける、冷たいすきま風のようなものだと思っていたわ。ひとりでいるときなんかに、そう感じたようね」

ムーミンたちが人間という言葉を口にするのも驚きなら、共存関係にあったというのも驚きですね。
ママのいうには、人間にも、ムーミンたちを知っていた人たちがいる。もしも、そんな人間の視点も交えて物語を書いたなら、それはもう一つの『床下の小人たち』のような、『ストーブの後ろのトロールたち』になっていたのかもしれません。ほんの少しだけの言及ですが、ここにはムーミン・サーガの出発点が「ロー・ファンタジー」だったという新鮮な発見がありました。
ママは、人間たちがトロールを感じる「気配」を「首筋に吹き付ける冷たいすきま風」と表現しているのも、心を惹かれます。愉しさよりも痛みと悲しみを想像させます。なんと奥深い言葉でしょう。
ロー・ファンタジーの要素はほかにもあります。人間に近い登場人物が出てくるし、ネコやコウノトリといった「こちら」の生き物たちも出てくるし、ジェットコースターやエスカレーターなどの「電化」されたシステムが出てくるのも「あわい」の色か濃厚です。
もっともそれだけなら、本作は「別巻」でもあるし、他のムーミン作品とは別の世界観で描かれているとみることもできるでしょう。おなじみの人物もスニフだけ、本当は、その名前さえも、まだついていません。
でも最後まで読むと「そうだったのか」と納得できる気がします。
そんなどっちつかずの「あわい」の空間をすっかり押し流してしまうのが「大きな洪水」。曖昧さはすっかり押し流されて、視界が広々と開かれるような場面があらわれます。他のムーミン作品を一つでも読んだ読者なら、溜飲の下がる思いがすることでしょう。
「ムーミン谷への到着」。
これこそヤンソンの初めて書いた、ハッピーエンドだったのでした。

■4つの家をめぐって

次に「家」のモチーフについて。
はじめに述べたように本作はムーミントロールたちの「家探し」の物語です。ここには、4つの家が出てくる。一つ目は、ムーミントロールたちの古くからの住処である「人間の家」です。ママによると「まだそこに住んでいるトロールたちもいる」そうですが、「まだ」ということは、ほとんどのトロールはそこを捨てたということになりますね。理由ははっきり書かれていないものの、ママのいうには「セントラルヒーティングの暖房はいごこちがよくないから」ということになるのでしょうか。電化、文明化の影響はやはり大きいかったようです。
二つ目の家は「岩の中の家」
スニフと、青い髪の少女チューリッパを道連れに、旅を続けるムーミン一行が、最初に辿り着く家です。岩山の上から突然、年取った男の声がして、壁伝いになわばしごが下りてきます。4人がそれを伝っていくと、岩の中にドアがあり、シルクハットに燕尾服という身なりの老人が一行を招き入れます。
そこにはエスカレーターがあって、人工の光が中を照らしている「電化」された家でした。チョコレートの木やキャンディの実、アーモンドの小石にレモネードの川と、至れり尽くせりの「お菓子の家」に、子どもたちは大喜び。でもママは「ほんもののお日さまの下で家を建てようと思っているのです」と、旅を続けることをきっぱり宣言。男には悪気はないのですが、子どもたちはお菓子の食べ過ぎでおなかが痛くなってしまいます。
三つ目は「黄金の家」
それから紆余曲折。ニョロニョロの船団をボートで追いかけることになった一行は、途中であった「海のトロール」の導きで美しい湾に入ります。「海は荒れている方が好きさ」という海のトロールのセリフはなんとなくスナフキンを連想させます。湾に入ると、そこには花盛りの野原があり、最上階がガラスでつくられた塔のような「黄金の家」が建っていました。そこに住む真っ赤な髪の少年に4人は歓待され、「海のプディング」をごちそうになります。チューリッパに一目ぼれした少年は、二人でこの家に残ることになります。
そして最後が「パパの家」
そのあと降り出した雨は、洪水となってすべてを押し流していきます。瓶の中の手紙でパパの窮地を知った3人は、途中流されてきたネコたちを救出し、コウノトリの眼鏡を見つけたことで空からパパを捜索。ついに木の上で再会します。パパは家族みんなで住むための大きな家を作ったのですが、それも洪水で流されてしまったのでした。でも次の日になると水は引いて、ムーミントロールたちはこれまでに見たこともないような美しい谷にたどり着きます。そこにはパパが精魂込めて作った家がちゃんと立っていて、みんなを迎えてくれたのでした。
この場面につけられた挿絵を見れば、その谷がムーミン谷であり、家は後に「ムーミン屋敷」と呼ばれるあれだということが一目でわかるはずです。

4つの家の意味づけは、読者それぞれで考えればよいことですが、ネコパパにはそれぞれの家に「近代文明への疑問」「既存の物語との別れ」「自分だけの世界の発見」といった概念が含まれているようにも思いました。本作はヤンソンの最初の童話ということもあって、「パパ探し」という明瞭なストーリーに寓意性を含ませた「習作」的な作品という見方もできるでしょう。それだけに、若きヤンソンの試行錯誤ぶりが愛おしく感じれます。
そしてなにより、挿絵が素晴らしい。ムーミントロールたちのキャラクターはまだ不安定ですが、表紙に見られる彩色画の陰影の深い表現や、ペン画のしなやかな描線は、文章以上に雄弁です。彩色画がモノクロ印刷なのが残念で、これは原書もそうらしいのですが、なんとかカラーで復刻できないものかと思います。
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■読書会

今回の読書会は43人参加。毎回ランダムに6,7人のグループに分かれます。
今回ネコパパが参加したグループは、京都、岐阜、三重、名古屋各地区からご参加。嬉しいことに新全集の翻訳監修者、畑中麻紀さんもご同席でした。

まず話題になったのが、スニフ。
本作唯一のおなじみのキャラクターで、彼だけは絵もイメージ通り、気が小さくて真珠のネックレスに大喜びする「光り物好き」の性格がしっかり確立しています。ムーミントロールの最初の友達がスニフだったという意外性や、だれもが自己投影できる弱さを持った描き方に、みなさんの共感度が高いようです。

次はママの活躍。エプロンはありませんが、何でも入っているハンドバックの四次元ぶり。土砂降りの中で取り出したチョコレートをスニフとムーミントロールに分けて、自分は食べない。「ママはなにもたべないの」とムーミントロールが聞くと「わたしはチョコレートが嫌いなのよ」とさりげなく返す。ママの強さには戦争の時代を生き抜いたヤンソン一家が反映されているとり意見もありました。納得です。

ヤンソン自身もまえがきで言及している「私が読んだ子どもの本の影響」については、畑中さんが補説してくださいました。パパを探す冒険はジュール・ヴェルヌ『グラント船長の子どもたち』チューリッパと少年のエピソードはアンデルセンとコロディ『ピノキオ』の影響が読み取れるとのことです。でも、「トロール」は北欧神話に出てくる魔物とは違うもので、ヤンソン独自の造形、造語と見ていいのではないかとのことでした。

現実とリンクさせ手の読みをされている方も。パパがいない状況は、戦争という現実とリンクしている可能性も。岩壁の家は防空壕をイメージさせるし、ニョロニョロも負傷兵のように見える。戦争との関連で言えば、ネコパパはむしろ次作の『ムーミン谷の彗星』のほうにそれを強く感じますが、前半を覆っている暗さと不安は確かにあります。

パパの家出、放浪癖は常習?
『ニョロニョロのひみつ』では、すっかり慣れたムーミンママが「そのうち帰るでしょ」と気楽なものですが、本作では本気でパパを探していて健気なくらい。感情もあらわにするところも若々しい…
ムーミンパパというと、アニメのイメージなのか、どっしり家に構えている人のように思いがちですが、小説では突発的な行動も多く、本作でもムーミンたちにやっと救出されたのに、家が流されたことを嘆いてばかりいる。
まあ、本作はそんなパパのはじめての放浪譚なのですが、最後には花も実もある結末になっているのが救いです。

さて来月は『ムーミン谷の仲間たち』から短編二篇。ネコパパの大好きな『世界で一番最後の竜』が取り上げられるのでワクワクです。








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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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