あな

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福音館 1976011.1(「こどものとも」)1983.3.5(「こどものとも傑作集」)

にちようびの あさ、なにも することがなかったので、ひろしは あなを ほりはじめた。
それから、掘って、掘って、ひたすら掘り続けます。
たったそれだけの絵本です。
ページの流れも、右から左、左から右ではなく、上から下へ。
谷川俊太郎のテキストも、和田誠の絵も、なにひとつ付け足したり、削ったりすることができないところまで洗練され、きりっとした緊張感が漂うほどです。読み聞かせのストレスは、きっと少ないでしょう。
それどころか、下へ、下へと降りていくにつれて、読み手自身の持っているストレスも、だんだんと少なくなっていく気がします。ネコパパはそう感じます。
みなさんも、そうだったらいいなあ、と思います。
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ひろしが穴を掘っていると、いろんな人がやってきます。お母さんに「なにやってるの?」聞かれると、「あな、ほってるのさ」と、そつけない。
いもうとにも、しゅうじくんにも、おとうさんにも、そっけない。
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ひろしは、ひとりでやるんですね。やると決めたから。
そこに誰か来ても、コミュニケーションは、しない。心に決めているから、そっけないんです。でもね…ひろしは、途中で、もう一人の「掘り手」にであいます。地中を別ルートで、もくもくと掘り進んでいる、おおきな「いもむし」です。いもむしは、ひろしが深く掘ったあなの横からちょっとだけ、顔を出す。
すると、ひろしは初めて、自分から「こんにちは」とあいさつをします。
もちろん、いもむしは返事をしないで、だまって遠ざかります。
ひろしはあなの底にじっとすわって、土のにおいと感触をたしかめ、思います。ひろしの顔に、たった一度の笑みが浮かびます。
「これは ぼくの あなだ」

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おかあさん、おとうさん、いもうと、しゅうじくんが順番に見にきますが、ひろしは、あいかわらずそっけない。
下から、あなを横切るちょうちょうを眺め、あなから出て今度は、上から穴を見下ろします。
上から見下ろした視点で描かれた「あな」が裏表紙、下から見上げた「そら」が表紙です。ちょうちょが青空を横切る瞬間です。
ネコパパが読み聞かせをするときは、このとき、二つの絵を聴き手といっしょにじっくり見ることにしています。「下からみると…」なんて、テキストにない余計な言葉も、つい出てしまいます。
もちろん、見せるのは、読み終わってからでもいい。でも、忘れちゃだめですよ!

ひろしがあなから上がった第14画面。これまで青空だった空が、薄紫色に描かれています。それが、あなを埋めていく第15画面ではピンク色に染まり、あなの埋まった土の上は、濃いめのグレーに変化します。
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無為の行為の中に、しずかに過ぎる時の流れ。
手に伝わる土のにおいと感触。
黙って静かに生きているものたちとの、一瞬の出会い。
世界はこうして上にも下にも、右にも左にも広がっていて、そこに自分が確かにひとり、ここに生きている、生きていていい、というひろしの実感が伝わってくるようです。
それは、この絵本が聞き手の子どもにも、読み手の大人にも、同時に伝わってくる実感です。
「絵本」だけが可能な表現がここに凝縮。
もしも「絵本」とは何ですか、何ができるんですか、と聞くひとがあれば、ネコパパは黙ってこの一冊をさしだすことでしょう。

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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