ワルター・ギーゼキングのベートーヴェンを聴く。

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BEETHOVEN, L. van: Piano Sonatas Nos. 21, 23, 30, 31
 Walter Gieseking (ピアノ)
録音: June 1951、1955

シュレーゲル雨蛙さんの記事に触発されて書いたコメントに、ちょっと肉付けしたものです。ひさびさにギーゼキングのピアノ演奏を再聴しました。

ワルター・ギーゼキングはドイツ往年のピアニストで「新即物主義」の名手と言われていました。つまり、感情表現を抑制し、譜面に忠実ということ。SP時代のバハマンからコルトーへ、という「ロマン主義」の演奏とは真逆ということですね。こういう割り切った言い方が適切かは十分な検証が必要ですが…

彼のレコードで、最初に買ったのは中学時代でした。
グリーグとシューマンのピアノ協奏曲で、共演はカラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団。東芝エンジェルAB盤で定価1700円。これは、たいへん速いテンポでさらっと仕上げた感じの演奏で、ネコパパには情感不足で物足りなく、残念だった記憶があります。
つまり、当時のネコパパは、たっぷりと感情のこもった、テンポの遅い演奏が好きだったわけで…今もまあ、そうですが、この人はちょっと合わないなと思いました。
次に彼の演奏に再会したのは高校時代で、ドビュッシーのピアノ曲に興味を持った頃です。それは「夢」とか「アラベスク」とか「ノクチュルヌ」とかの素敵なピアノ小品が14曲入ったLPでした。初めてこのピアニストに瞠目した一枚で、今も愛聴盤です。件の協奏曲のような、感情移入を敢えて排して、さらっと弾いた風ではなく、一音一音のタッチに存在感がある。低音ががしっと強く、音に芯があるのも気に入りました。いわゆるフランス音楽的な中間色とか、霞のかかった雰囲気とかに流れない、音楽の根幹に明確さがあると思いました。
長年定評あるモーツァルトの良さを知ったのは、さらに後のこと。もう30過ぎてましたね。今は亡き今池の中古レコード店ピーカンファッジで入手した、東芝盤のピアノ音楽全集のセット物。確かにテンポの目立った変化や強弱の対比をつけるでもなく、淡々としていますが、その一つ一つの音自体が生きて意味を語りかけ、いつまでも聴いていたい気持ちになれる。ソナタ第11番の第3楽章「トルコ行進曲」が遅いテンポと絶妙なリズム感で弾かれているのを聴いて「あ、これすごいな」と直感したものです。

でも、ベートーヴェンはあまり印象にないんです。
1934年録音の、ワルター/ウィーン・フィルと共演した「皇帝」くらいでしょうか。これは貴重な録音ですが、ピアノに着目した場合、タッチが軽すぎると思うことがあります。ところが昨夜のこと、シュレーゲル雨蛙さんの記事を読んで、ネコパパ庵にもギーゼキング演奏のベートーヴェンのCDがあったのを思い出しました。恥ずかしながら、持っていることすら忘れていました。
No21.23.30.31の4曲が入っているもので、2001年マスタリングのARTシリーズの一枚。まず聴いたのは第23番「熱情」。録音データはJune 1951、チューリッヒ・コングレスザールで収録となっています。
演奏は、第1楽章が難物でした。早めのテンポでどんどん弾いていくのですが、フォルテの部分はタッチが鋭すぎ、細部がつぶれ気味で、やや弾き飛ばしているようにも聞こえ、違和感が残りました。しかし第2楽章は、はじめのうち音を沈み込ませず、明快なタッチで弾き進むのが清々しく、展開部で音が明るく細やかになるところでぐっと気持ちが引き寄せられます。第3楽章は独特の高音のきらめきが、奔流のような勢いと絶妙なバランスを取りながら突き進む、まさに「乾坤一擲」の演奏です。ただしコーダは勢い余って、タッチが上滑りしている気がしますが…
それに続いて1955年11月、ロンドン・アビー・ロード・スタジオ収録の第30番と31番が続きますが、これはもう、ギーゼキングにぴったりの音楽で、最初から魅力が全開です。雨蛙さんのおっしゃるように「玉を転がすような運指から来る美しさ」が全曲を貫き、とくにゆったりとした主題から千変万化の変奏曲が展開する両曲のフィナーレは、ギーゼキングのスタイルに最も合った心ときめく演奏になっていると思いました。

ただ、ネコパパには吉田秀和のいう「音の奇麗さ」を、録音がしっかりとらえているとは思えません。特に早いところになると、音が団子になって細部の精妙なタッチが聴きとれないのは残念です。ひょっとすると、ダイナミックレンジの広さやタッチの強靭さに、マイクが追随できていないのかもしれません。ただ、1951年よりは1955年の録音のほうがよくなっている気はします。
こうしたタイプのピアニストとして、雨蛙さんはイングリッド・ヘプラーの名を挙げておられますが、同感です。加えるなら、マリア・ジョアン=ピリスやアンドラーシュ・シフもそのタイプではないかと思います。


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コメント

コメント(6)
実演の記憶があるから・・・・・・
 ネコパパさんの感想を読み、我が聴き方の足りないところをいろいろと感じます。
 さて、その上で。
 拙ブログのコメント欄に記したように、吉田秀和のギーゼキング評には実演に接したことが大きな影響を与えていると思われます。1952年か3年ころ、来日したときに聴いたとあるそうです。その時の「音」の感想が、レパートリーの広さ、暗譜の妙(記憶間違いも含めて)などと共に「私は、あんなにきれいで明確な輪郭を持った音が、よどみなく流れ、必要に応じ、いつでもビロードのような手ざわりの、やわらかで深々とした音の出せるピアニストなど、それまできいたことがなかった」(新潮文庫『世界のピアニスト』171ページ)そうです。
 ぼくたちでも実演に接した演奏家の録音を聴くときに、しぜんと再生音に補正が加えられて味わうということはあるのでないかと思います。朝比奈隆のように実演に接したひとの演奏はCD録音が悪くても、こうだったのでないかなどと脳内補正が働いている・・・・・・。とも思うのですが。

シュレーゲル雨蛙

2021/11/26 URL 編集返信

yositaka
Re:実演の記憶があるから・・・・・・
シュレーゲル雨蛙さん
まったくおっしゃるとおりですね。ギーゼキングの実演に、ぜひ接したかったと思います。
ギーゼキングは、読売新聞の招きでパリからSAS機で1953年3月13日午後6時10分に羽田に到着し、3月16日の日比谷公会堂を皮切りに、全国でリサイタルを行っています。N響との共演による「皇帝」はCDでも発売されているようです。

吉田秀和はその東京公演に「せっせと通い」そのあとでニューヨークでも聴いたと書いていますから、よほど気に入ったのでしょう。ギーゼキングの演奏を「一つの文化の精華」と絶賛もしています。
でも、ベートーヴェンのレコードでは拍子抜けしたとか、淡々としすぎるとか、ダイナミックが乏しすぎるとかいろいろと書いています。それにしても、何か憑かれたように書き進む筆力には、惹かれるものがありますね。この文章は確か『ステレオ芸術』誌に連載されていたもので、1970年ごろのものです。吉田秀和、50代後半。まだギラギラしていたんですね。

yositaka

2021/11/26 URL 編集返信

これからYoutubeで聴いてみます・・・
ギーゼキングのベートーベンのソナタ・・・多分、持っていないと思う。
手元にはドビュッシーのピアノ音楽全集や、モーツアルトの協奏曲などは少しあるのですが・・・ベートーヴェンはカラヤン/フィルハーモニアOとのピアノ協奏曲第4番、第5番「皇帝」くらいです。
ギーゼキングのベートーヴェンと言ってもあまりピンときませんね。
今から聴いてみます。

アッ、そうそう・・・ブルックナーの第4番について投稿してみました。
この曲、評価がしにくいのですが、よろしければ見てください。

HIROちゃん

2021/11/26 URL 編集返信

yositaka
Re:これからYoutubeで聴いてみます・・・
HIROちゃんさん
カラヤン/フィルハーモニアOとのピアノ協奏曲第4番、第5番「皇帝」と聞いてあれっと思ったのは、同じく見合わせの盤で指揮がアルチェオ・ガリエラのものを持っていたからです。たしかステレオ録音。でも、それほど印象に残っていません。
ピアノ・ソナタ全集も録音しようとしていたくらいですから、重要なレパートリーだったのは間違いないですが…しかし曲によってはすばらしいことがわかりました。

yositaka

2021/11/27 URL 編集返信

意外と良かった。
思っていた以上に良かったです。
こういうエモーショナルな演奏もする人なんですね。
機械のような演奏ばかりのイメージが覆されました。
ちょっと雑な部分があるのもかえって好印象です。

不二家憩希

2021/11/27 URL 編集返信

yositaka
Re:意外と良かった。
不二家憩希さん
そのとおりですね。
「新即物主義」というレッテルが張られると、そっけない演奏と思われがちで、またいちど色眼鏡ができてしまうと、そのタイプの演奏ばかりが目立ってしまいます。悪循環ですよね。
ギーゼキングは、実はかなり気ままで、即興的なタイプでもあり、しかも練習嫌いで録音も一発勝負が多かったそうです。モーツァルト全集一週間くらいで一気に仕上げてしまったらしいですし、そうかと思えばドビュッシーの「月の光」は、なかなか納得できず、6回も録り直したそうです。きっと、まだ自分の知らない、いい演奏が残っているのでしょう。

yositaka

2021/11/27 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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