かさ

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文研出版 1975.2.20

これは文字のない絵本です。
タイトルは「かさ」。それだけです。
では「かさ」の絵本なのかというと、そうではありません。雨の日、かさをさすのは人間だけ。かさの下には人がいて、人はそこで息をして、いろんな気持ちをかかえながら生きて歩いています。そこに降り注ぐ、雨。
モノクロのシャープなタッチ、鮮やかに駆使される遠近法で描かれた画面のなかに、たったひとつ、色のあるかさがまじっています。それは赤いかさです。持っているのは小さな女の子。
「かさ」は、この赤いかさの下の心のざわめきと、遠くから、近くから、視点を伸ばす「だれか」が語る、静かな物語です。

まず扉。赤いかさをさした女の子の後ろ姿です。その赤色が地面のたまり水に映えて、女の子の足元でゆらゆらと揺らいでいます。
第1画面は、遊ぶ子どものいない公園。ベンチもブランコもすべり台も雨にぬれて、遊ぶ子は一人もいません。わきの歩道を歩いていく女の子は、黒い大きなかさを小脇にかかえています。
第2場面は池のほとり。並んで水面を行くカモの親子、それを見つめる女の子。池の水にも、かさの赤色がちいさく映って揺れています。
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知り合いの男の子とお母さんにとすれ違ってあいさつ。はじめて女の子は笑顔をみせます。
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次に出会うのは、散歩の犬。体を震わせると、水滴が跳ねます。かさを盾のように横向きにする女の子。抱えていた大きなかさを、ひょいッと左手で持ち上げます。
続く第5場面は大きく「引き」の画面になって、陸橋です。下を走っていく貨物列車。息をのむような、見事なアングルです。
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次は視点がまた近づいて、ケーキ屋さんの店先にじっと目をやる様子です。あとの場面の伏線になっています。
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ここから女の子が目的地に着くまでの、第6場面から第10場面まで、女の子の顔はすべてかさの下になって、全く見えません。読者は周りの光景の中に小さく描かれた赤いかさと、その下の女の子の気持ちや表情を気にかけながら、場面を追っていくことになります。
「この子、どこまでいくんだろう?」
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風景は郊外から町中へ。バスや車の行き交う繁華街です。歩道橋を渡り、交通量の多い交差点の横断歩道で信号待ちをします。その間、カメラはずっと「引き」です。横断歩道は車道際で待っているので、ちょっとはらはらしてしまいます。
もちろん、女の子はちゃんと目的地に着きますよ。そのときは、きっとまた、にこにこ顔が見られることでしょう。

優れた「字のない絵本」の引き出すのは、沈黙ではなく「読み手」と「聞き手」の対話です。

女の子は、どこにいるのかな。
あっ、貨物列車が来たよ。
ケーキ屋さんには何があるのかな?チョコドーナツ!
映画館だね。チャップリンの映画をやってる。えっ、チャップリンつていうのはねえ…
デパートでは「世界の人形展」をやっているよ。これはロシアのお人形だね。こっちはメキシコ。それからこれはインディアンだ。いや、今はアメリカ先住民って言ってね。
今通り過ぎたお兄さんのバッグには英語で何か書いてあるよ。「STOP THE WAR」これってどういう意味だろう。

絵本を介して、どんな豊かな対話が引き出せるか、それは作者との勝負みたいなもの。読み手、聴き手なんて枠組みははずして、うんと楽しく、自由に、言葉のやり取りをしてみませんか。

それにしても、この「赤いかさ」さん、背丈から推察して3年生か、4年生くらいでしょう。大人用の大きなかさを抱えて、一人でかなり遠くまで、歩いていく設定です。これは凄いなあ。現在なら、まず考えられないでしょうね。
この絵本は、1975年初版です。思い返してみると、ネコパパの小学生時代、1960年代中期には、子どもが遠くまで出かけるのは決して珍しくありませんでした。学校のルールはともかくね。5年生くらいになると、名古屋市西区のはずれから、自転車で栄町の中心街まで、平気で自転車で出かけていったもの。
ネコパパは4年生の時、バスと市電を乗り継いで、鶴舞公園の中にある名古屋大学病院まで、喘息治療のために毎月ひとりで通院していました。あの頃だって、町は今よりもずっと安心安全、なんてことはなかったはず。それなのにこんな日常でした。あのころ、外の世界は、今よりも広々と、子どもたちの前に広がっていた気がするのです。


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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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