デュ・プレ、パレンボイムのベートーヴェン・チェロ・ソナタ全集をLPで再聴。

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BEETHOVEN: Cello Sonatas Nos. 1-5 / Variations 
Jacqueline Du Pré 
Daniel Barenboim 
Recorded:25 & 26 August 1970, Usher Hall, Edinburgh
Producer:BBC origin
Balance Engineer:Unknown
Angel SCB3823(USA 3LP)
(P)1976 BBC under exclusive licence to Warner Classics, Warner Music UK Ltd.
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チェロ・ソナタというジャンルはベートーヴェンが開拓した分野で、現在第1番と言われている作品5の1は、記念すべき第1作だった。
それは1796年、ベートーヴェン26歳の作品で、プラハを中心に広範囲に演奏旅行をするなど、飛ぶ鳥を落とす勢いの青年作曲家の、意欲と自信がみなぎる傑作だ。以後、彼は生涯の重要な時期に1曲、また1曲とこのジャンルの作品を残していく。前期の1番2番、中期の3番、後期の4番5番。チェロ・ソナタは、ベートーヴェ ンの作風の変遷を俯瞰できるジャンルになったわけだ。
ネコパパは、三つの変奏曲も含めてどれも好きだが、特にと言われれば1番と3番。偶数信仰のネコパパには珍しい。さて、今回ご紹介するのは、このチェロ・ソナタ全集のレコードである。

演奏者はイギリスのチェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレ。若くして難病の多発性硬化症を患い、16歳から26歳までの10年間しか演奏活動を行うことができなかったが、その熱情と力強さ、瞬発的な即興性に満ちた演奏は例を見ない。そのため今も哀惜され、残された録音は、多くの人々に愛聴されている。もちろんネコパパも大好きなチェリストの一人だ。
レコードのマイベスト3を挙げるとしたら、チェリビダッケと共演したドヴォルザークのチェロ協奏曲、彼女の代名詞のような、バルビローリとのエルガーのチェロ協奏曲、そして「白鳥」などの珠玉の小品を収めた1枚だろうか。
デュ・プレは現役の最後の時期、病の症状が一時的に回復して、バレンボイムとともにショパンとフランクのソナタを録音した。1971年12月のことで、録音は快調に進み、予定よりも早く終わったので、延期されていたベートーヴェンのチェロ・ソナタの収録にとりかかろうとした。その矢先、デュ・プレの発した「今日はここまでにしましょう」の一言。この日が彼女の最後のレコーディングになった。
幻となった全集録音のかわりに発売されたのが、この、1970年8月のエジンバラ音楽祭でのライヴ録音である。

演奏会では変奏曲も含め、ベートーヴェンがこの楽器のために書いた全ての曲が演奏され、BBC放送によってライヴ録音された。貴重な録音が残されたこと自体は幸運だったのだが、問題は、はたしてこれが二人の会心の演奏だったかどうか、である。
初めてこの録音を英盤CDで聴いた時のネコパパの印象は、あまり良いとは言えなかった。
なんとなく全体に音がかすんでいるし、バレンボイムのピアノが前に出すぎてチェロを隠してしまっているように聴こえ、そのチェロもデュ・プレとしては特徴に乏しいような気がしたからだ。
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それから長い間、このCDは棚にしまい込まれたままになった。
この曲集なら、カザルスはもちろん、フルニエ、ロストロポーヴィチ、ノラス、イッサーリスなどのいい録音がある。それらを差し置いてまで聴こうとは思わなかった。LPならもっといいかも、とは思っても、人気のチェリストだけに、中古盤はそうそう見つからないし、あっても高い。国内盤は音が悪くて、それに怒って二階の窓から投げ捨てた評論家もいる…という噂も聞いたし。

それが先日、名古屋栄の中古店に出ているのを見つけた。アメリカ盤で、品質表示はB+、価格は4000円である。ネコパパ基準だとこれでも高いが、たまには奮発してみようか、と思って購入した。
早速「名曲喫茶ニーペルング」に持ち込んで聴かせてもらった。すると以前の印象が嘘のように、明晰なチェロが鳴る。第1番では、第1楽章から、バレンボイムと一騎打ちみたいな気迫に満ちた競演が展開されている。これには驚いた。
自宅で番号順に聴き通したところ、第1番の好調は、残念ながら全曲には及んでいない。第2番は手堅く合わせている感じ。名曲の第3番は、初めのうちは慎重で、後半一気にエンジンがかかる。第4番は、もともと内面的な曲想なので、熱演と呼ぶには合わないが、細部まで、神経を通わせた、凄みを秘めた演奏である。第5番は、ネコパパにはちょっと厄介な曲で、そんな印象を覆してくれる演奏をいつも期待しているのだが、これはどうなのかな。判断がしにくい。でも、3曲の変奏曲はすばらしい。どれも、ほんとうに生き生きと躍動している。

初めてCDで聴いて感じた「ピアノが出すぎ」の印象は、LPだと不思議に気にならない。録音バランスがピアノ寄りなのは事実だが、チェロだって、ここぞというときには、前のめりにせり出してくる。二人はちゃんと「室内楽」として演奏しているのであり、これを「チェロ曲」ととらえてデュ・プレばかりを聴きたがるのはファンの身勝手かもしれない。
いずれにしてもこの録音、このLPのおかげでネコパパにとっての「現役復帰」をすることになったのは間違いない。出費は無駄ではなかった。

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コメント

コメント(6)
レコードだと得をするのは低絃?
うらやましいです。これはぼくも聴きたいです。いままでの経験では、CDとレコードとの違いが一番感じられるのは、絃楽器、とりわけチェロやコントラバスでないかと思っています。フォノカートリッジや針の問題もあるかもしれませんが。
それよりも演奏評をうかがい、いいなーの感があります。ぼくもたぶん、同じCDで聴きましたが、理由を細かく考えずに、そのまましまってしばらく聴いていません。そもそもベートーヴェンのチェロ・ソナタにご無沙汰しています。帰宅したら聴いてみようかな・・・・・・。今夜の予定への大きな参考になりました。

シュレーゲル雨蛙

2021/11/19 URL 編集返信

yositaka
Re:レコードだと得をするのは低絃?
シュレーゲル雨蛙さん
今回はたまたまこういう結果でしたが、いつもそうではないところが面倒臭く、また面白くもあります。
私が持っているこの写真のCDは、かなり初期のもので、当時はダイナミックレンジを広く取り、音量を抑え気味にするマスタリングが主流でした。そのため、安いシステムでは貧弱に聞こえた可能性があります。最近のCDだとまた印象が違うかもしれません。

一方、LPの音は、当時の一般的な機器にあわせ、概して中低音部が厚く出るよう調整されていたので、CDとは違って聴こえるように思います。雨蛙さんのおっしゃるチェロやコントラバスの厚みは、そのことに起因するのかもしれません。

それと、英米のオリジナル盤LPか珍重されるのは、ユーザーの一般的な装置の力量もあるようです。新し物好きで高級志向の日本に比べ、欧米はステレオの普及も遅く、レコードは消耗品。安い機械でも、ガッと音が出ることを意識したのかもしれません。
高校生の時、日本ではレギュラー盤で売っていたワルターやセルのレコードが米ODESSEY盤で1200円盤として売られていたのを喜んで買った記憶があります。盤はペラペラで、新品なのにスレだらけ、でも、国内盤よりも音にパワーがあるのに驚いた記憶があります。

yositaka

2021/11/19 URL 編集返信

次元の異なる感受
相応の装置で鳴らした独エレクトローラ外盤LPと東芝EMIの国内CDの音響の差異はほとんど犯罪的と言っても良いほどというくだりはもうyositakaさんのブログ記事に書くこと十数年に及ぶと思います。
いやもっと前だったか?
もっとも80年代のロックでもひどいリマスターを施す例も散見され・・・・
初出の東芝EMIの音が十年後のビクターの再発で全体にくぐもった状態に変換されてという風に本当に勘弁してもらいたいという感想しか湧きませんね。
シューリヒトでもバルビローリでもマゼール&リヒテルでも特に東芝EMIのCDにはこちらの精神状態がやられるほどの経験をこうむりました。
恰幅のいいデュプレのチェロも久しぶり耳にしたいものです。

老究の散策クラシック音楽限定篇

2021/11/20 URL 編集返信

BBCの録音と編集
味のあるラベルですね。
ネットの国内盤や初期CDをPCで聴くと随分高域(ピアノ)が強く、そして「ステレオ」なのに「モノ」ぽく感じます。
『根拠のない憶測』ですがオーディオ・マニア的「当時の装置で聴くと一番いい音に聴こえる」と考えるとラジオ放送用に編集したマスターテープを使用?したとまで思えます。((当時(今も)のラジオは、上も下も出ないので録音補正している?))
会心の演奏と思えない>「ライブ録音」なのでスタジオ録音のように調整、演奏のやり直しが出来ないのでやもうえないでしょうね。

しかし1971年デュプレ(26歳)発病による録音中止により1970年の「ライブ録音」を採用し1976年に世界発売『angel米、HMV(EMI)英、仏、独』する。欧米レーベルの演奏に対する感覚・感性・編集能力は凄いですね。
You Tubeは、独逸盤ですがネコパパさんの盤も同じ音ですか興味があります。
PS:4000円ですが3枚のボックスセットですので1枚1333円 コスパは、高いですね「さすがネコパパさん」です。

チャラン

2021/11/20 URL 編集返信

yositaka
Re:次元の異なる感受
老究さん
独エレクトローラは「ダ・カーポ」レーベルでヒストリカル物を出していて、私はカザルス、ワルター、ブッシュ四重奏団のものを愛聴しています。盤質がとてもよく、音も良く伸びて聴きやすい印象で、復刻のセンスを感じます。EMI系のLPは英仏独それぞれ独自の音のキャラがあって興味が尽きませんね。私は高価な盤はほとんど買わないので、あくまで聴けた範囲での話ですが。
東芝国内盤については、毀誉褒貶喧しいところですが、私自身は装置の安さもあってLPはそれほど悪いとは思ったことはなく、CDになって聴きづらくなったと感じることがしばしばありました。デュ・プレのドヴォルザークのチェロ協奏曲やアルバン・ベルク四重奏団のベートーヴェンなどがその例です。近年のワーナー盤は、クリュイタンスやバルビローリなど、一皮むけた抜けのいい音がしていると思います。

yositaka

2021/11/20 URL 編集返信

yositaka
Re:BBCの録音と編集
チャランさん
ラジオ放送用に編集したマスターテープをEMIが版権取得して発売したと思われます。
デュ・プレの最後の公開演奏は、1973年2月8日のエルガーのチェロ協奏曲(メータ指揮ニュー・フィルハーモニア)でした。最後の録音から2年以上も頑張ったわけで、正式な引退宣言はありませんでした。ソナタ全集をレコーディングする意志はあったと思われますが、病勢の進行をみて実現をあきらめ、次善の策として、ライヴ録音の発売を認めたということでしょう。そしてファンは、このライヴ盤の発売によって、彼女の再起不能を予感したのでした。いろいろな意味で、重い意味をもった全集です。

yositaka

2021/11/20 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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