ちいさなとりよ

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岩波書店 1978.11.22 
原著 THE DEAD BIRD 
Text(C)1938&1965 Illustlrations(C)1958

澄み切った青空の下、緑のくさはらで、4人の子どもたちが凧揚げをしています。表紙をめくると子どもたちのいる場所から視線は右に流れ、タイトルと、だれもいない、くさはら。次は絵のない見開きで、タイトルがもう一度。
絵本のリズムの提示です。
この絵本は、絵のない文字だけの画面と、絵だけの画面が交互に現れます。第2画面。視線はさらに右。子どもたちのいないくさはらに、一羽の鳥が目を閉じて横たわっています。
次は文字だけ。

その とりは
こどもたちが みつけたとき しんでいました
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左から、凧を抱えた青い服の男の子、黄緑色の服の男の子、黄色いワンピースの女の子、白い服の男の子。まっさきに鳥に駆け寄るのは女の子で、黄緑色の服の男の子が、凧を持った男の子に何か伝えています。

とりは めを
とじていましたが、まだ すこし あたたかでした。

鳥のそばに寄る子どもたち。覆いかぶさるようにしている女の子、うんと体を低くして、鳥の目線で見つめている青い服の男の子。黄緑色の子は何か言いたげに右手のひらを下に、左手のひらを上に挙げています。
ためらいの気持ちが伝わります。
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てのひらにのせていると、やわらかい とりのからだは だんだん かたくなりました。あたまを さわっても びくりとも しません

第5画面は子どもたちのアップです。
女の子が手に乗せた鳥に頬ずりしていて、黄緑の服の子は、ちょっと驚いたような口元で、静止するように左手をあげていますが、青い服の子は、かすかに微笑んで女の子のしぐさを、見つめます。白い服の、年上らしい男の子は、そっと見守っているようです。
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子どもたちは、鳥を森の中に連れて行って、埋葬しようと思いつきます。

こどもたちは とべなくなった とりを かわいそうだと おもいました。 でも もりのなかに おはかを ほって うめてやれる、そう おもいつくと うれしくなりました。

鳥の死を「とべなくなった」と表現するのが、この絵本の特色であり、魅力にもなっています。「うれしくなりました」のテキストは、大人の観点からすると、ちょっとドライな感じを与えるかもしれない。ですがネコパパは、これこそ子どもの視点にぴたりと寄り添った記述だと思います。

そして場所は森に転じます。空は見えなくなり、森の緑が、静寂さを際立たせます。
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白い服の年上の子が、シャベルで穴を掘る。葉の上に寝かされた鳥。青い服の男の子の目線が、もっとも鳥に近い。女の子は…いません。でも次の画面では、3人が鳥を掘った穴に入れているときに、すみれの花とスター・フラワーを抱えて、そっと戻ってきます。
4人は大人たちの葬儀を真似てお別れの歌を鳥に捧げます。

もうにどと そらたかく 
とぶことはできない
かわいそうな とりよ

この同じ言葉が二度繰り返されると、次の画面では、一転して視点は空へ。森の上空に、三羽の鳥が飛び交っているさまが描かれます。息をのむような、見事な視点の転換です。次に視点はその真下に。森の土に、子どもたちが作った鳥の墓標。それだけが描かれます。
次の画面では、すみれの花とゼラニウムを植える女の子と、後ろにいる青い服の男の子。
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あとの二人は、もう、森の出口で、別のことを話している様子です。
最終画面は、森とくさはらの境目。そこは、生と死の境界線といってもいいでしょう。森には墓標、くさはらには4人の子どもたち。服装は変わっていて、埋葬の日から時がたったことを暗示しています。4人は凧揚げではなく、ボール遊びに興じているのです。

こどもたちは とりのことを わすれてしまうまで、まいにち もりへ いって きれいな はなを かざり、うたを うたいました

これは読み聞かせのとても難しい絵本です。
うちにあるのは、日本で初めて翻訳された1978年の初版本ですから、ネコパパは独身の頃に買っていて、娘・テンチョウにも、息子・銀鼠にも、読んで聞かせている。
決して読んだ回数は多くないはずですが、架蔵本はもう、表紙が外れかけ、背表紙もちぎれていて、何度もくりかえし手に取られ、読まれた形跡があるんです。読んでわくわくと楽しくなるような本ではありません。でも、こういう絵本が必要な時が、人生にはときどきあって、その都度そっと手をのばされ、読まれてきた。そういう絵本なんでしょう。
テキストはごく短いのですが、文字のページには絵がないので、複数の聴き手に読み聞かせるときは、あらかじめそのことを伝えてから読み始めましょう。文字だけのところは、画面は見せなくてもいいと思います、普通の本を朗読するように読み、読み終わるたびに、絵のページを開いて、黙って見せていくのがいいでしょう。

いま改めて気づいたのですが、この絵本は、テキストと絵が、必ずしもぴったり一致していません。原著の出版年をよくご覧いただくとわかりますが、テキストが書かれた時期と絵が描かれた時期には20年の隔たりがあります。
テキストの作者は、1952年に、44歳で亡くなったマーガレット・ワイズ・ブラウン
彼女が絵本のテキストを書き始めたのは1937年で、THE DEAD BIRD は1938年に書かれた初期の作品です。生前には絵本になっていない、おそらく「死後残された70以上のテキスト」の一つと思われます。刊行は1958年なので、ブラウンはこの絵本を見ないまま亡くなったことになります。
画家レミー・シャーリップは、静寂な中にもドラマティックな対比を織り込んだ、みごとな表現を行うとともに、画家自身の独自の解釈を盛り込んでいます。
中でも特筆すべきは「子どもたち」を主語とした簡潔なテキストから、画家は4人の個性的な子どもたちを生み出し、彼ら彼女らの微妙な心情や、性格の違いまでもを描き分けていることです。女の子が鳥に頬ずりするところは、シャーリップのオリジナルです。大胆ともいえるでしょう。もしブラウンが生きていて、これを見たら、さぞかし驚いたでしょうね。
でもおかげで、この本の読者には、別の楽しみ方も生まれました。
4人の子どもの、一人一人の思いを、読み手、聴き手が「読み合い、感じ合う」楽しみ方です。読み聞かせがとてもうまくいって、読み手と聴き手がそんなことを語り合うことができたら、それは素晴らしい時間になるに違いありません。
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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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