1か月で40万枚売れたクラシックレコードの話。

LINEでやり取りしている音楽好き仲間の話で、「カラヤンの『運命』って、どけだけ売れたのという話になった。そういわれて、すぐ脳裏に浮かぶのはグラモフォン盤の「運命/未完成」のLPで、これは1968~9年ごろ、中学生当時レコード屋さんに行くと無料でもらえた『レコード・マンスリー』(日本レコード振興株式会社)という、宣伝情報誌のベストセラー・ランキングでいつも1位か2位につけていた。トップを競ったのはもちろん、イ・ムジチ合奏団演奏のヴィヴァルディ『四季』である。
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ずっとベストセラーだったからよほど売れたのだろうなあ、と思ったのだが、ウィキによると、カラヤン死去の時点で日本で150万枚という数字が出ている。
ミリオンセラーには違いないが、なんだ、そんなもんか、と思ったのも事実。

だが、ここに驚きの数字がある。
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貴重な資料の宝庫である、チューボーさんのブログから引用させていただいたものだ。朝日新聞1967年6月7日に掲載された広告だそうである。
見れば見るほど突っ込みどころの多い、面白い広告だが、とりあえずデータを見よう。
「ついに40万部へ」。
この『世界音楽全集』(河出書房)は、第1回配本の第6巻「ベートーヴェン(1)」がサービス価格680円で売り出され、それが大変な売れ行きを示した。ご覧のように、内容はカラヤン指揮「運命」。
もっとも中身はグラモフォン盤ではなく、EMI原盤によるフイルハーモニアとの1954年録音で、17㎝LP2枚三面に収められたものだ。第四面は「コリオラン序曲」。当時、出版社系のこの種の叢書は「ソノシート付」のものが多く、17㎝盤とはいえ本物の「LPレコード」が付いたのは画期的だったらしい。
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この第1回配本の発売は同年5月15日とある。この奥付けを信用するなら(当時は記載よりも早く市場に出ることが多かったので)それから1か月たたないうちに40万部に迫っていたことになる。
まあ、広告なので多少の水増しはあっただろうが、手元にある『文藝春秋 特別版 一冊の本が人生を変える』[2005年11月臨時増刊号] 掲載の戦後ベストセラー一覧でも、本書が1967年の書籍売り上げ第7位につけていることから、存外嘘ではなかったことがわかる。別の本で100万部売れたという記載を読んだ気がするし、「これ以上の増刷はいたしません」というのも、実は煽り文句で、実際には増刷したのではないだろうか。

この録音は国内発売元の東芝音楽工業からもエンジェル盤として、どんどん出た。中でも「運命」「未完成」「田園」「新世界」「悲愴」の5曲を順列組み合わせですべてのカップリングを発売した「ゴールデン・カップル・シリーズ」は、『レコード・マンスリー』のベストセラーの常連で特に「運命/新世界」の組み合わせは、常に上位に来ていた。
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音源は「新世界」を除いてモノラル録音を擬似ステレオ化したもので、1曲を片面に詰め込んでいるだけではなく、人工的なエコーも付加され、音質にはいささか問題もあったが、演奏自体は優れたものであった。
これを、前期のグラモフォン盤と合わせると、いったいどれくらいの数になるのか。
150万枚ではとうてい収まらないだろう。少なくともその2倍は売れたのではないか。

最近、保存してあったTV録画のDVDの束から「日本人とカラヤン」というNHKの番組を見つけて視聴した。1954年、N響の客演指揮者として初来日してから、1989年、ソニー元社長の大賀典雄と商談中に死去するまでの、指揮者と日本のかかわりを、当時の映像と証言をもとに辿るドキュメンタリー番組でカラヤン生誕100年の2008年に放送されたものだ。
これを見て、今更ながら驚いたのは、当時のカラヤンのマスコミ人気、大衆人気のものすごさである。
新聞も、週刊誌もこぞって「指揮界の帝王」を取り上げ、映画スター並みに家庭生活やゴシップまでが報道される。なかでも注目すべきは、婦人雑誌、女性週刊誌の記事が多いことで、1959年に夫妻で来日してからは、本人ばかりか、エリエッテ夫人のファンション特集まで組まれたほど。
番組で最も時間を取って紹介されたのは、1973年、上智大学の学生だった隅部まち子さんが、たったひとりで来日中のカラヤンに直接談判して、同大オーケストラ部への直接指導を実現させるという「快挙」である。その当時を振り返るかつての部員(チェロ奏者)の、夢見心地のコメントは見ものだった。当時のクラシックファンには「アンチ・カラヤン」を標榜する人たちも多かったが、それは音楽そのものに対する評価だけでなく、こうした大衆的人気にはのれない、という選良意識の表れだったのかもしれないと思えてくる。

ところで現在、クラシック愛好家の男女比率はどうなっているのだろうか。ネコパパ周辺のレコード仲間には、女性はほとんどいないし、雑誌メディアやネット界隈でも、事態は変わらないような気がする。カラヤンの活躍でクラシック人口は大きく増えたと言われるが、増えた人口の多くは、おそらく女性である。
いや、カラヤンだけではない。ベルリン・フイルで彼の前任の常任指揮者だったフルトヴェングラーも、女性にはすごくモテたというではないか。
レコードや、レコード付き書籍が何十万、何百万も売れる時代が、今後再来するとはちょっと思えないが、もしも今後隆盛のカギがあるとしたらそれは、女性から支持支援をいかに引き起こすか、にかかっているような気がする。
カラヤンのような存在が今後難しいとしたら、期待は女性指揮者か?





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コメント

コメント(8)
初めてのLPのクリスマス・プレゼントがカラヤンでした。
ネコパパさん
カラヤンが死んだときに、NHK教育(?)で臨時特別番組を組んでいたのを見ました。解説が柴田南雄さん、ゲストが高関健さんでした。ああいう特別番組、他の指揮者ではないですね。スターだったんですねえ。
そのとき初めてのカラヤン/ベルリンフィル来日等でしたか、運命の演奏等の白黒録画も流されました。。高関さんがカラヤン先生の指揮が後年の合理的な動きと異なり、力みがあり驚いたと言っていたかと思います。
わが家で初めてステレオを購入した1970年のクリスマスプレゼントがカラヤン/フィルハーモニアoによるピーターと狼(脚本・永六輔、ナレーター・坂本九)、裏面はスッペの軽騎兵序曲、おもちゃの交響曲等が入ったLPでした。言われてみると、「指揮者=カラヤン」みたいなのが世間のジョーシキ的理解だったのかなと思います。田舎の中学生でも知っているみたいな。
そういえば、何だかんだ言いながらも、カラヤンのレコードやCD買っていました。アンチと言うのは意識しているということで、無視じゃないんだなあ、これが。また、晩年の「薔薇の騎士」みたいに、ほんとうに美しい音を出せちゃうんだなあ。
そうでした。死んだときに、同年生まれの朝比奈のコメントが「まだ死なんでもいいのに」だったかと記憶しています(朝日新聞の訃報)。
フルトヴェングラーが死んだとき、クレンペラーのコメントは「それじゃ、ギャラを上げてもらおう」だったとか。指揮者はみんな個性が強くて、スターっぽかったかなと思います。
現在、「クラシック音楽の指揮者と言えば、誰を思い浮かべますか?」という世論調査をした場合、「思い浮かべられない」という答えがほとんどになっているのかも知れません(ぼくじしん、いまのベルリンフィルの音楽監督の名前がすぐに出てきません)。

シュレーゲル雨蛙

2021/10/22 URL 編集返信

yositaka
Re:初めてのLPのクリスマス・プレゼントがカラヤンでした。
中学生時代、クラシック音楽に興味を持った時まずしたのは、曲の名前を覚えること。カラヤン人気は割と早くから知っていたので「カラヤン/ベルリン・フィルが最高だというなら、どうしてこんなに多くの他の演奏家のレコードがあるのだろう」ということでした。
同じベルリン・フィルをクリュイタンスという指揮者が指揮した「運命」がある。そして、カラヤンが古いほうの「運命」で指揮しているフィルハーモニア管弦楽団には、クレンペラーという人が指揮した盤がある。
こりゃあ不思議と、家に揃っていた日本百科大事典を調べたら、なんと、二人とも載っている。まもなく、ビートルズの「レット・イット・ビー」の広告の下に、アンセルメという指揮者の追悼記念盤「火の鳥」の広告もあったので、この名前も調べたら、やっぱり載っていた。
「百科事典に出ている指揮者がこんなにいる。指揮者は決してカラヤンだけじゃないんだ」
かくて、若きネコパパが曲名覚えの次に始めたのは、指揮者、演奏家の名前を覚えること。メジャーだけでなく、アンゲルプレシュト、ツィピーヌ、グラチス、ゴルシュマン、リステンパルトらのマイナー指揮者まで、1か月くらいで空んじるくらい、それは熱心でした。この熱情を勉学に注いだなら、今頃はもう少しましなネコになっていたかもしれません。

yositaka

2021/10/22 URL 編集返信

カラヤン。
このグラモフォンの盤は私が初めて買ったクラシックのLPです。
この数カ月後に同じカラヤンの田園を買いました。
普通のレコード店での購入でしたが、ガチガチの定番商品だったんですね。
この2枚入手で満足してしまい、以降はロック少年になりました(笑)
(ステレオを買ったら運命を聴きたい)と思う人が多かったのでは?

カラヤンは人気ありましたね。
ほぼ一強状態、対抗馬としてベームかバーンスタインといった感じだったと非クラシックファンの目には見えました。
美空ひばりと雪村いずみ、江利チエミくらいの差があったと感じました。
あの時代「私はベームのファン」とか言った方が通っぽいというイメージでした。

女性はそもそも盤を集めようという人は極稀にしかいないみたいです。
性別の差のようです。
クラシックの盤をせっせと蒐集しているのは、ほぼ男性だと思います。
音大の女学生も、盤は殆ど持っていないみたいです。
他にお金がかかることがあるので盤を買ってはいられないそうです。発表会等のステージ衣装がとにかく高いそうです。
アホみたいな大金がかかるそうです。
ごく最近は知りませんが。


不二家憩希

2021/10/22 URL 編集返信

カラヤン・・・・・・・
数少ない宇野功芳が評価した‘69トリプルコンチェルト、ウィーンフィルとの‘74蝶々夫人全曲、R.シュトラウス4つの最後の歌ヤノヴィッツでさえも私は何も聴き取ることはできません。

G.ヴァントに対するような鳥肌が立つような嫌悪感は微塵もありませんがアルルの女DG/BPOなどオーディオ音響チェックの際、利用したとき、再生機の音の抜けの良さをカラヤンで確認した以上の価値は今やまったく見いだせなくなっています。
それより記事で名が挙がったカール・ベームのDG/英デッカ/旧フィリップス全仕事CD60~70枚組もしくはエルンスト・アンセルメ英デッカ全仕事のCDセットを求めてネット検索と合わせ都内ディスクユニオンを蒐集しようかなんて考えるのも一興。
yositakaさんからご指導頂いたペライア&シフ/シャンドール・ヴェーグのモーツァルトコンチェルト再度熟聴鑑賞!嗚呼時間がない。

老究の散策クラシック限定篇

2021/10/22 URL 編集返信

yositaka
Re:カラヤン。
不二家憩希さん
覚えがありますねえ。当時のステレオ購入からの流れは大体そんなもので、ステレオセットを買った友達の家に行くと「四季」「運命/未完成」はたいていありました。そのころはフォーク、洋楽、クラシックとどれも少しずつは聴くという感じで、それは男子も女子も同じでした。ベームのレコードを買ったという女子の家にみんなで聴きに行ったこともありましたよ。ああ、あのころは楽しかったなあ!

でも、それ以来女性の家でクラシックレコードを聴かせてもらうことはなかなかあれませんでしたねえ。アヤママと知り合って、彼女の家に本格的なオーディオがあり、フィッシャー・ディースカウの『冬の旅』やクレンペラーのブルックナー6番やバーンスタインの『巨人』があったのに大仰天するのは、かなりのちの話になります。
といっても、彼女がレコード集めの好きな女子というわけでは全くありませんでしたが…女性の趣味趣向の回路というのは、男性とはかなり違うのかもしれないですねえ。

yositaka

2021/10/22 URL 編集返信

yositaka
Re:カラヤン・・・・・・・
老究さん
趣味だからお好きなものを楽しめばよいのだと思いますよ。誰が推薦しようと、自分に合わないものは合わないのです。その一方で、好きなものも聴ききれないくらいあるのなら、人生は愉しいじゃないですか。素晴らしい演奏に鳥肌が立つような気持ちを味わうことはありますが、逆の鳥肌はいやですね。私はそれほどのは今のところないですね。ただ、お気に入りの演奏家でもコンプリート盤が欲しいかは、私の場合ちょっと微妙なところがあります。私にとってブルーノ・ワルターは特別な存在ですが、あとはどうなんでしょう。買っても聴かないものが出るのではなあ…と思ってしまいます。
ひところ50CDで1万円を切るものが次々に出て、10枚欲しかったら買い、という方針で結構入手しましたが、聴取の進捗状況はよくなく、最近は抑制しています。それにしてもペライアとシフ/ヴェーグ、気に入っていただいてうれしいです。シフは近年ますます個性的になり、ことに左手の雄弁さは壮絶。もはや孤高のピアニストでしょう。ヴェーグ翁の遺伝子は彼の中に生きています。

yositaka

2021/10/22 URL 編集返信

BPOのカラヤンは、避ける
若い頃は、カラヤンは、聴かず嫌いでした。
若い写真付きジャケットのANG35004 PO 水上の音楽/クルミ割り人形1953年を聴いて素直で芯のある演奏で良いなと思いました。1955年POを蹴ってフルベン亡き後のBPO常任指揮者に就任してからのカラヤンの自己主張の強い押付の録音(自分の思いどうりに編集する)は…嫌気がさし今は、BPOのカラヤンは、避けています。
と言いながら部屋には、「これ幾らですか」「大事にして下されば差し上げます。」と頂いた。
Billboord Music.coのDGプラチナ・ディスクが飾ってあります。
DG 2530 128 BPO 「カルメン/アルルの少女」ディスコでは1971年ドイツ・日本・韓国・イギリス・スイスで発売…ラベル枠内に1975年2月26日とあります。
カラヤンは、クラッシックでビルボードに載るほど世界中(特に日本)で人気だったのですね。指揮者の必要条件は、イケメンであることになるのですか? 
ネコパパさんの女性指揮者の願望は、昔(カラヤンが女性奏者を入団させたら楽団員とトラブル)と異なり最近の楽団は、女性が多いので可能性が高いですね。
その内男性演奏家は、絶滅危惧種になりそうです。

チャラン

2021/10/23 URL 編集返信

yositaka
Re:BPOのカラヤンは、避ける
チャランさん
プラチナ・ディスクは豪華な装飾品ですが、内容が1975年の「カルメン」「アルルの女」組曲というのはいかにもカラヤンらしいと思います。これは昔持っていましたが、冒頭の「カルメン」前奏曲がいくらなんでも、と思うほどけたたましくうるさい演奏で、すっかり聞くのが嫌になってしまった記憶があります。もっとも「アルルの女」は好演で、名手デュファイエを起用したアルトサックス独奏も魅力的でした。
フイルハーモニア時代のものは率直で良いものが多いですし、DG時代でも1960年代のものは明らかに指揮に力があり、好みはともかく、いいものが多いと思います。
イケメンで指揮姿もカッコよくなければならないというのはカラヤン自身が考えていたことで、ポーズは研究し、ちょっとしたインタビューでも撮影アングルにはものすごく注文が多かったそうです。生来の演出家だったんでしょう。
女性指揮者の進出で変わることは多いと思います。シモーネ・ヤングのブルックナーはいいですし、最近聞いたのではミルガ・グラジニーテ=テイーラのイギリス管弦楽曲集とか、クリスティーネ・ポスカのベートーヴェンの第7交響曲など。

yositaka

2021/10/23 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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