トーマス・ケンプの幽霊

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評論社1976.6.10 原著The Goast of Thomas Kempe (C)1973

■屋根裏部屋の幽霊
主人公ジェームズ・ハリソン少年と両親、姉の4人家族と犬のティムは、2週間前にイギリスの田舎町レドシャムのはずれにある東端(イーストエンド)荘という古い屋敷に引っ越してきました。
そこは「まじなひ、占星術、失せ物探し、医術…」と古い看板のかかった家でした。
一家は知らなかったのですが、引っ越しの前、一つの出来事が起きていました。
根裏部屋をジェームズの寝室に改造するための工事の途中、作業の男たちは窓枠に挟まっていた緑色のガラス瓶を落として割っていたのです。
自分の寝室となったその屋根裏部屋で過ごすことになって以後、ジェームズの周りには不思議な出来事が起こり始めます。

父のパイプの紛失、姉ヘレンの薬の処方箋への奇妙な書き込みに始まり、飾り棚からつぼが落ちて砕け…やがて家の中に巻き起こる「一陣の風」が家じゅうのものをめちゃめちゃに吹き飛ばす。それは昔この家に住んでいた魔術師トーマス・ケンプの幽霊のしわざでした。姿なきポルターガイストと化した彼は、ジェームズを一方的に「弟子」とみなし、姿は現さないものの、古風な言葉で書かれた「通信文」をあちこちに残していきます。
元来「油虫の研究家」を自称し、想像力たくましく、好奇心旺盛、屋根裏を散歩したり、寝る前には自作自演で「難破船の物語」を自作自演するような少年ジェームズは、ケンプの存在にも容易に気付くのですが、両親や姉にはそんな気配はなく、幽霊のしでかしたことは、ジェームズの仕業とされて、彼は大迷惑です。しかもその「いたずら」は、以降ますますエスカレートして、ついには大きな「災禍」さえ引き起こすことになります。
彼は魔術師の正体を探るべく、友人サイモンも巻き込んで町の歴史を調べ、協力者も探しながら、この「困った事態」の打開へと動き出すのですが…

■過去の地層と弟子たる資質
田舎町レドシャムには多くの場所に過去の痕跡が残されていました。元刑務所だった図書館、教会、町の生き字引のような(それゆえトーマス・ケンプから「魔女」とみなされる)ヴェリティ夫人の過去の記憶なと。作者ライブリィは、小さな田舎町に滞積する「時間の地層」をジェームズに掘り起こさせ、それが同時に「人の多層性」を浮き彫りにしていくことを意図して物語を進めていきます。
はじめは停滞気味なストーリーも、後に行くほど多彩でアクティブなものになってきて、読者をひきつける力を増してきます。イギリスの田舎町の情景が目に浮かぶような緻密な描写もすばらしく、これは「幽霊物語」と「タイム・ファンタジー」の両方の要素を持った、イギリス児童文学の傑作と言えるでしょう。

さて、本作でネコパパがとりわけ興味を持ったのは、主人公ジェームズのもつ「魔法使いの弟子」にふさわしい「資質」です。
いわく因縁のある屋敷に引っ越してきた4人家族の中で、彼だけがトーマス・ケンプの存在に気付きます。それは、魔術師が封じ込められていた屋根裏部屋を寝室に与えられた、という偶然の理由とは、ネコパパには思えません。それ以前に「出会うべき資質」がジェームズにはあったと思われるからです。
二週間前に引っ越してきたばかりで、小学生としてはいささか心細い境遇にあるはずのジェームズですが、さりとて彼は以前の友人や学校を振り返るでもなく、生来の博物学的好奇心に興じており、引っ越してきた早々「オックスフォードシャーのいち田舎町における家庭生活300年の変遷」という展示会を計画する、そんな少年です。過去の魔術師のお眼鏡にかなって、心ならずも弟子に指名されるのも、当然かもしれません。
ケンプの引き起こす「一陣の風」によって、お小遣いやデザートを取り上げられたジェームズは、俄然、対決姿勢をもって町の歴史を調べて回ります。
1960年代の児童文学なら、いくぶんなりとも異変を感じている姉のヘレンや、ジェームズの話を「聞いている間だけは」興味を持つ友人サイモンも「仲間」としてチームで幽霊に立ち向かう、という話になるのかもしれません。しかし、本作はそこは厳しい。「資質」のハードルは高いのです。ジェームズは自力で、エクソシストの末裔である建築家バート・エリソンを見つけ出し、町の物知り、ヴェリティ夫人の過去の記憶に残るアーノルド少年を「心の友」としてケンプに立ち向かうことになります。アーノルドはその昔、ケンプが件の屋根裏部屋に封じ込められる事件に深くかかわった少年でした。
この、本当に共感できる友人が、過去の存在であることは、本作に特別の奥行きと普遍性を与えています。ルーシー・ボストン『グリーン・ノウの子どもたち』(The Children of Green Knowe, 1954)の血脈を感じさせるところですし、E.L.カニグズバーグ『ぼくと(ジョージ)』(George1970)にも通じるものがある。心理学的なリアリティとでもいいましょうか。

最終場面、ついに難関をクリアし、ケンプを眠りにつかせたジェームズの眼前に広がる夕暮れの光景は、感動的です。すみれ色の空を背景にした立木の枝々。そこから落ちる落葉と枝の先端の新芽から、ジェームズは後ろにも前にも続く時の層を見出し、アーノルドの存在を確信します。家に向かうジェームズの「こころよい思い」に共感する読者は、彼の貴重な「資質」が自らにも伝播していく実感と喜びを、きっと感じることができるはずです。
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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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