朝比奈翁のブルックナー第5交響曲、2000年盤を再認識する。

maxresdefault_20210917113410d4d.jpgルックナー:交響曲第5番 変ロ長調 WAB 105 (1878年稿・ハース版)
東京都交響楽団 
朝比奈 隆  (指揮)
録音: 29 March 2000, Suntory Hall, Japan


シュレーゲル雨蛙さんの多忙なブログ記事にこのCDのことが出ていたので、 久々に聴いてみたら、たちまち心を持っていかれた。
この演奏、数ある朝比奈隆のブルックナー5番の中では、スリムな静謐感があって、それが逆に地味な感じを与えていた。リアルな生々しさよりも、全体の響きをふわっと収録するフォンテック録音のせいかもしれなかった。
けれども、音量を少し上げて聞いてみると、どんな弱音も強さと明晰を失わない朝比奈サウンドが快感。全曲、音楽の呼吸感が、指揮者のそれとぴったり合ったすばらしい演奏が展開していく。

第1楽章はゆっくりとはじまり、通常多くの指揮者がテンポをあげる主題提示の部分もインテンポで進む。これがいい。ところが、音楽が進むにつれて、曲調が盛り上がる個所では大きく加速して勢いをつける。同じオーケストラとの1980年東京カテドラル盤はネコパパの愛聴盤だが、オーケストラの機能は新盤のほうがずっと上回り、朝比奈の棒の機敏な自在さも、堂々粛々と遅いテンポで進められる80年盤よりもかえって自由で、若々しく、それでいて力みがない。

シュレーゲル雨蛙さんの、カール・ベーム指揮のブルックナー第8交響曲の記事にもコメントしたことだが、「指揮者は高齢化するとテンポが遅くなる」といった一般論は、こういう演奏に出会うたびに粉砕されてしまう。音楽に一般論は当てはまらないのである。

第2楽章は、テンポは遅いが響きはさらりと精妙で、この曲の演奏で感じがちな重々しい沈鬱感がない。都響の生み出す音色は、碧空に昇っていくような清涼感に溢れる。この響きは第7交響曲にいっそう向いていそうで、実際、朝比奈最後の第7となった2001年5月の同曲ライヴは、これまでのどれとも違う、陶然とさせられるくらいの演奏で、個人的には有名な1975年ザンクトフローリアンライヴを凌ぎ、ネコパパの愛聴盤になっている。

この第5は、第3楽章以降も軽快な響きが一貫し、人によっては鋭さや踏み込みが甘く、重厚壮大な曲調が十分に生かされていないと言うかもしれない。否定はしないが、それでも、モーツァルト的といっては変かもしれないが、ブルックナーの新しい魅力を生み出していると思う。

これまで思っていたよりもずっとすばらしい演奏。すっかり認識を改めました。
シュレーゲル雨蛙さんは、これをライヴでお聴きになったそうだ。なんともうらやましい限り。



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コメント

コメント(2)
オケのもつ特性
福島章恭も指摘していた弦にぎすぎすした感じが残るとは都響の持つ特性の一端を表してると思います。
FMで若杉弘とのマーラーなど数曲耳にし、マーラーとの適合性を強くしたものでした。
反比例的に当然、音響自体ブルックナー再生との乖離は否めないと断じ8番等処分したのは愛好会に入会する前、かれこれ二十年以上前です。
個人的に私も人生上想像を絶する様々な大波を越え、六十数余年の『よわい』を重ねて聴く現在、《朝比奈のブルックナー》は全然別のものになって耳に打ち寄せてきます。
yositakaさんが挙げられたこの録音も是が非でも近いうちに手に入れたいと決心しています。

老究の散策クラシック限定篇

2021/09/18 URL 編集返信

yositaka
Re:オケのもつ特性
老究さん
私はオーケストラの個性というのは、独自の持ち味はあるものの指揮者との出会いで化学変化を起こすように変わると信じています。そういう事例、目の当たりにしたことがありますから。朝比奈翁と都響も、お互い、いつもと違う音楽を生み出していますね。私が取り上げたからといって是が非でも、と構えたりしないで、どうか気楽にお聴きください。適合とか乖離とかではなく、自身の耳が喜ぶ音楽がいい音楽なのだと思います。

yositaka

2021/09/18 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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