「読み聞かせ」が苦痛という親が9割?

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“絵本の読み聞かせ”9割がツラいと回答… 親の理想と現実に臨床心理士「無理なく工夫することも大事」
9/11(土) 7:31配信

文科省が作成し、子育て世帯などに配られる家庭教育の支援書『家庭教育手帳』を見てみると、「親が本を読んで聞かせる」「食事の時間のように『本の時間』を設けるなど工夫して、少ない時間でもいいから毎日本を読み聞かせること」が推奨されている。
絵本を通じたコミュニケーション。まったりのんびりと過ごせる“親子の幸せタイム”のはずが、その実態は少し違うようだ。

いつの間にか親にとって大きな負担になっているという声。講談社・幼児図書出版部・コクリコ編集部の日下部由佳さんは、「9割くらいの母親が“読み聞かせが負担”だと答えている」と話す。

実際にその実態調査をしたグラフの「理想の読み聞かせ量」に注目すると、なんと6割が「月に21冊以上」と回答している。しかし、実際理想通りに読めているのは半数程度。この数値に日下部さんは、「毎日読んであげたい気持ちがあるのだろう」とコメント。
「逆に、『一冊も読めていません』というお母さんもいらしたので、そのギャップで『(読み聞かせが)いい』とすごく言われるから、『してあげられていない』と(心が)ぎゅーってなるかもしれないですよね」

ときには自分と周りを比較して“罪悪感”を抱いてしまう方もいるそうで、「ネットでは優秀なお子さんのお母さんが出ていらして『うちは毎日10冊ずつ読んでいます』といった話を耳にする機会が多いと思うので、『そんなの何もやっていない』と自分のことを責めちゃうかもしれないですね」と話す。
(中略)
藤井氏は「大人も無理なく読み聞かせできるような、工夫をすることも大事」といい、「お母さんが読んでみたい絵本でもいい。義務感や“させられている”という感じよりは、自分も読みたい、中を見てみたいといったものでもいい。親が楽しめれば、子供も一緒になって楽しめる。自分に合ったものを選ぶのがいい。YouTubeでも声優の方が朗読しているものもあるのでそれを利用するもの一つの手」とアドバイスを送った。

最後に藤井氏は「確かに読み聞かせは、感情を司(つかさど)る大脳辺縁系をはじめとする脳機能の発達に寄与していることが指摘されていたり、言語能力や文字認識能力を向上させるという知見もある。しかしそれらの能力は読み聞かせだけで育てられるものではなく、さまざまな遊びやコミュニケーションを通じても培われるんだと、親が意識していければいい」と子育てを柔軟に考えることの重要性を指摘した。(『ABEMAヒルズ』より)

「9割が苦痛」という見出しに驚いて読んでみると、その理由は、「理想の冊数」とかノルマを設定して達成できないストレス、ということのようだ。
「読み聞かせ」を、ちゃんとした子育てをするための義務みたいにとらえている親が多いのだ。ほかの家と比較して自分は…と、さらにプレッシャーをかける傾向もあるという。
そりゃ、きっと、大変だろうな。
なにしろ子どもは、好きな絵本なら何度でも読んでほしいと要求する。ネコパパの娘も息子も、孫もみんなそうなので、家事や仕事に疲れているうえに、さらに子どもからも「無限反復」のようなノルマが要求されるんじゃねえ…

拙ブログの読者なら、想像がかもしれないけれど、ネコパパもアヤママも、自分自身が絵本が大好きだ。だから、ここで問題になっているような「苦痛」は、絶対ないとは言えないけれど、あまり感じたことがなく、子どもとはひたすらたくさん「読み合って」きた。
自宅は買い集めた絵本や児童書が山のようにあるし、いっぱしの高齢者になりつつある今だって「自分のために」毎月何冊も絵本を買うくらいである。
孫たちが来れば、何はなくとも絵本は読む。もっとも、読み聞かせるという意識はあまりなくて、好きなものを一緒に見る、見て遊ぶ、という気分だ。

こういう「苦痛」を取り除く方法は、基本的にはひとつしかない。
親自身が絵本が好きになること。
つけくわえると、「好き」なら当然そうなるけれど、何か効用を求めて「読み聞かせ」をするという意識を持たないことである。教育の道具と思ったら、だめである。
そうすれば、自然といろいろな絵本に目が行くようになり、世の中には大人も子どもも一緒になって楽しめる絵本があることに気が付く。同じ絵本だって、いいものなら何度でも楽しめることもわかってくる。

もちろん、好き嫌いは人それぞれ、絵本なんてものに関心が持てないという親も大人もいるだろう。それなら無理をすることはない。なにか、自分が本当に楽しめるもので子どもとコミュニケートすればいい。子どもは大人が興味を持ったり、熱心なものには必ず関心をもつ。そういう時にちょっといっしょにやってみるのもいい。絵をかいたり、ゲームをしたり、ものを作ったり、繊細なホビーだと子どもに触らせるのはハラハラすることもあるけれど、案外やればできちゃう。ネコパパなんて、蓄音機でSP盤をかける操作までやらせちゃったりするからね。このレコードは割れるから気を付けてねというと「割れるレコードが聴きたい」といってくるんだ。
絵本もまた、世の中にいっぱいある「楽しいこと」の一つなんだから。

そうはいっても、ひっかかることはある。

文部科学省の『家庭教育手帳』を編纂された人がどれだけ「絵本」を理解しているか、疑問なことだ。「毎日本を読み聞かせること」…これ、一筋縄ではいかないぞ。知ったふういってくれるけれど、今世に出ている膨大な「絵本」や「児童書」のなかに「声」になじむもの「聴く」ことに向いているものは、決して多くないことや、ひとりひとりの子どもに合わせた「吟味」がなければ、ほとんど意味がないことを、お役人は認識しているだろうか。
大雑把な話で恐縮だが、ネコパパは、現在世に溢れる「絵本」のかなり多数が、実は「読む」ものであって「聴く」のにはあまり適していない、と考えている。言うまでもないことだが「読み聞かせ」とは「聴く」主体である子どもを対象とする行為だ。私見では「聴く」のに適した絵本は、親も声に出して楽しいし、子どもも聴いてうれしい。ても、数は決して多くない。

たとえば…こんな絵本はどうだろう。

ここにご紹介する絵本。ほんの一例だが、子どもに何度せがまれても、繰り返し読んでこちらも飽きない。それどころか、心がほくほくしたり、じーんとしたりしてくる。
ところが、意外に書店や図書館に見当たらなかったり、親にも子どもにも、みつかりにくかったりする。どうしてなんだろう?
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しいっ、だれにもいってはいけない。

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いいから まかしておおき。

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たらこ かずのこ さくらのこ。

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でっかいおおぐまは、でっかい文字で

]
のらねこが、いっぴきでいきていくのはらくじゃない。

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え~んやこら。え~んやこら。
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コメント

コメント(4)
「こえっ」「こえっ」「こえっ」ギャーッ!
本棚から絵本を持ってきたまだ口の廻らない子がこれを読めというときの言葉。
「こえっ」。
またかー。「こえっ」。ギャーッ。
こちらが眠くなるまで催促する。うつらうつらすると、「大人は他愛ないもんだ、もう寝てしまった」と子供のつぶやき。仕事で疲れているんだけど。(参照;落語「桃太郎」)

こういう現実の下では子供に絵本読まなくても、いいと思うんです。互いに目を見て声を掛け合っていたら。
ところがねー、電車なんかで見ていると、けっこうお母さんが子供の目を見て話しかけてないんだよねー。どこみてるかというと、スマホ見てるの。これはかなりヤバい事態かと思います。絵本読むことが・・・・・・なんてえのは、理想的なお話で、せめて子供といるときはスマホ画面の奴隷にならない努力を、と願うのだけれど。
将来、このようにして育てられた子供は老婆・老爺見ないで、スマホ(にかわる新しい機器)見て相手にされないよ。これが現代「うばすてスマホ」物語。
まあ、覚悟しましょう。

ぼくは昔語りを語ったり、絵本読んだりしまくったけれども、いまでは一人で読むからいいって言われてショボーンです。

シュレーゲル雨蛙

2021/09/14 URL 編集返信

うーん><;)
理想の読み聞かせ回数とか冊数を自分で設定して、
それを「辛い」って思っている・・・私には、どうも、変な感じ。
保育園でも幼稚園でも、学校、図書館、学童などなど、
読み聞かせの機会はそれなりにあって、好きな子は聞くから、
忙しいお母さんはムリして読まなくてもいいのでは。
「読み聞かせ」って、何だか妙な方向へ向かっているような気がします。
読み聞かせ絵本情報も過多で、「絶対に子供に受ける絵本」などと紹介したり。
いろんな親がいて、いろんな子がいて、絵本も様々。
「絵本などなくても子は育つ」と、言ってはイケナイ立場の私ですが、
そう思うことシバシバです。






ユキ

2021/09/14 URL 編集返信

yositaka
Re:「こえっ」「こえっ」「こえっ」ギャーッ!
シュレーゲル雨蛙さん
>絵本読まなくても、いいと思うんです。互いに目を見て声を掛け合っていたら。
ううん、いい言葉ですねえ。同感です。
絵本を読むことは、まさにその上に重ねていく喜びだと思います。喜びと感じられなければ、人が何の効能をうたおうとも、それは不毛なだけのように思います。

>スマホ画面の奴隷
になってしまってはアウトですね。片足突っ込んでいる人が多いと思います。絵本を読むことも、記事にでている苦痛な親にとっては、奴隷の営みになってしまうということなんでしょう。でも「苦痛」を自覚しているだけいいのか。改善の余地があるからです。この状況で、絵本好きな人間にできることって何なのか、考えてみたいと思います。

yositaka

2021/09/14 URL 編集返信

Re:うーん><;)
ユキさん
そう、ムリして読むなんて、私には信じられないし、それならやらないほうがいいと思います。
ただ、そう思う一方では、「保育園でも幼稚園でも、学校、図書館、学童などなど」で行われている「読み聞かせ」と、親が自分の子どもだけに対して行うそれとは、まったく意味が違うと感じることも事実です。そして、絵本の作り手の多くは、大勢の聞き手が一度に聴く、ということを想定して絵本は作っていないでしょう。読むこと聞くこと表現することは、原則一対一で行うことだと思うからです。
いろいろな立場の人がそれぞれの思いで主張していることが、食い違い、きしみあって、その結果「苦痛」までも生み出している。このままではいけません。

yositaka

2021/09/14 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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