クレンペラー60年チクルス、新規リマスターSACDでさらなる衝撃!懐にも衝撃!

オットー・クレンペラーの指揮した「1960年チクルス」といえば、ファンの方ならピンとくるかもしれない。1960年、ウィーンで開催されたクレンペラーとフィルハーモニア管弦楽団によるベートーヴェン交響曲全曲チクルスのことだ。

クレンペラーはそそっかしい人で、1958年9月に、寝室で寝タバコのまま寝込んでしまい、火をベッドに延焼させてしまう。それを消そうとし、水と間違えて樟脳(カンフル)をばらまいて大やけどを負ってしまった。
その後、一年近く治療に専念することになり、再起もあやぶまれたが、翌年の1959年8月にフィルハーモニア管弦楽団との終身のレコード契約を結び、演奏活動に復帰。1960年5月から6月にかけて、ウィーン芸術週間で、前年度から延期されていたベートーヴェン・チクルスを敢行する。

録音に聴くそのときの演奏は、病み上がりの75歳のタクトとは思えない、引き締まったもの。いわゆる熱演、爆演の類とは違う、整然としたものだが、どのフレーズにも意志の力がこめられ、緊張感がみなぎり、この指揮者独特の、木管をせり出させたバランスコントロールの妙技が味わえる。今まさに音楽が生み出されていく、という手ごたえに満ちた、すばらしいものである。

この音源は、CD時代になって初めて登場したものらしく、1990年代初頭、イタリア・チェトラ盤で部分的に出回っていたものが、1996年に米M&Aの手で擬似ステレオ化され、全曲盤として世に出たという経緯がある。
ネコパパはその昔、何かのコピー盤とおぼしき、安価なセットに手を出して失敗し、2011年に改めてモノラル盤として再発売された米M&Aの5CDセットを入手。やっと好評の理由を納得できた気がした。
この記事は、そのM&Aの「第2」を聴きながら書いているのだが、鮮度が高いとまでは言えないとしても、演奏を楽しむには十分な音質である。
同じディスクに収録された「第7」になると、音の質感がちょっと変わって、一層聴きやすくなる。そのあたりの音の違いがよくわかるのは、マスタリング担当のアーロン・スナイダー氏の手腕だろうか。
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それからしばらくして、2014年、今度は日本のAltusレーベルが同じ録音をやはり5CDで発売した。
重複入手になってしまうが、丁寧な仕事ぶりと音源の正当性で信頼感のあるレーベルなので、喜んで発注した。そして聴いてみて、ちょっとがっかりした。
Altus盤の音質は、米M&Aとほとんど同等である。
ただ、リマスターによってバックグラウンドノイズが軽減され、その分、音に若干ワックスをかけたような人工的な変化が感じられる。M&Aのような、曲ごとの音の違いもあまり感じられず、全体に平準化されているようでもある。
復刻はおなじみの斎藤啓介氏。この辺の音の違いは好みで何とでもいえるが、いつもなら音源刷新で直感的に感じられる鮮度の向上が、この盤については聞こえてこなかったのは事実である。
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ライナーノーツには、筆者に音源情報が知らされていないことが、わざわざ書かれている。
指揮者・作曲家の徳岡直樹氏によれば、このチクルスの正規音源は、ORF(オーストリア放送協会)には残されていないそうである。となると、音源はどこから入手したのだろうか。徳岡氏のいう、かつてアメリカに存在したというテープ供給組織CRAAの所蔵品か、それとも個人コレクターのライブラリーか。とにかく情報はない。
以上のような経緯もあって、アマゾンなどのレビュー評価は決して高くない。それでも、Altus盤はファンには好評らしく、CDに続いてLP、SACDとしても発売された。物言わぬファンというのは、想像以上に多いのかもしれない。ネコパパは、買わなかったが…

目下のところ、どちらかを処分する考えはなく、M&Aを1階書斎、Altus盤を2階の聴き部屋に置いて楽しんでいる。先ほど2階で4番と8番を聴いたけれど、音質はそこそこ、という印象は変わらなかった。
ところが今日、タワーレコード新譜ニュースを見ていたら、Altusがこの全集をリマスターSACDとして再発売するという、仰天の記事が出ていた。
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新規リマスターSACDでさらなる衝撃!
と書かれているので、思わず目をむいたが、発売元のコメントでは具体的に何が「新規」で、何が「衝撃」なのかが、書かれていない。この演奏がお気に入りで、既発売のLPやSACDまで購入された方々は、このニュースをどう受け止められるのだろう。

昔、ブルーノ・ワルターは自分の録音した「第九」の録音(1949)のフィナーレの録音が失敗だったことに気づいて、4年後にここだけを再録音、旧録音を購入された人には無料で交換に応じたという。
Altusさんも、そういう配慮はしてくれるといいのだが。
もっともネコパパはSACD盤を買っていないので、対象外かもしれないけれど…

それはさておき、うずうずと音質刷新が気になってくる。

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コメント

コメント(4)
AltusのSACD(初回)
AltusのSACD(初回)を持っておりますが、おもしろくない音質です。加工した結果、無機的で楽音のニュアンスが消えている印象。ジャリジャリした砂を噛むような弦楽器の音にガックリです。そういう方針でのリマスターですから、2度めでその点が改善されているのでしょうか?M&Aの疑似ステレオCDも持っていますが論外。アンドロメダから出た24BIT/96KHZリマスターCDもノイズカットのやりすぎでイマイチ。メモリーズから出たCDはヒスノイズが盛大に聞こえ粗さもありますが情報量は多いと感じています。

ROYCE

2021/06/26 URL 編集返信

yositaka
Re:AltusのSACD(初回)
ROYCEさん
具体的なご感想ありがとうございます。
>メモリーズから出たCDはヒスノイズが盛大に聞こえ粗さもありますが情報量は多い
新M&Aも、盛大なノイズと聞こえるかは、個人差がありますが、同印象。
となると、メモリーズは新M&Aのコピー盤の可能性もありますね。
もともとのマスターが同じなら後は匙加減の問題。今度出るSACDも同じマスターを使用しているとすると「さらなる衝撃」は、「またやられた」という別の意味の意味の衝撃かもしれません。
演奏自体は良いだけに、悩ましいところです。斎藤啓介さんにはもっと詳しい情報を公開してほしいと思います。

yositaka

2021/06/26 URL 編集返信

HIROちゃんのは、何かのコピー盤とおぼしき、安価なセットかな?
この音源は10枚組のINTENSEMEDIA盤で持っていて、ケンペ/ミュンヘン・フィルとのブラームス交響曲全集とクレンペラーのこのベートーヴェン全集なのですが・・・
<何かのコピー盤とおぼしき、安価なセット>かな?
SACDは、プレーヤーが対応機器ではないので購入するつもりはありませんが、個人的にはSACDでなくても十分かな?とは思うのですが・・・??????
そのうち対応機器も考える必要があるのかな~~~~~

HIROちゃん

2021/06/27 URL 編集返信

yositaka
Re:HIROちゃんのは、何かのコピー盤とおぼしき、安価なセットかな?
HIROちゃんさん
そういうの確か、ありましたね。新M&Aが出た後のもののような気がします。私のコピー盤とおぼしき安価なセットは、アンドロメダで、それよりもだいぶ古いものでした。
聴きやすいものなら、それで十分では。
大元が同じ音源なら、いずれにしても大きな違いはない気がします。

yositaka

2021/06/27 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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