「はらぺこあおむし」風刺画騒動で思ったこと。

みっちさんも話題にしていた「はらぺこあおむし」のパロディー記事問題。ついさっき続報が出て、一応、落着と思うので、このブログでもご紹介しておきたい。

「はらぺこあおむし」風刺画騒動、毎日新聞社が見解 版元の抗議に「おとしめる意図はなかった」
J-CASTニュース 6/21(月) 20:36配信


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毎日新聞の5日付朝刊に掲載された風刺画

 毎日新聞社は2021年6月19日の朝刊に、人気絵本「はらぺこあおむし」をモチーフにした風刺漫画をめぐる問題について、「絵本や作者をおとしめる意図はありませんでした」などとする見解を掲載した。風刺漫画に抗議していた「はらぺこあおむし」の出版元・偕成社(東京都新宿区)は21日、同紙の対応を受けてコメントを発表。「紙面にて誠実にご対応いただいたことを、お伝え申し上げます」と公式サイトで伝えている。

■風刺漫画の中身は

 問題視されたのは、毎日新聞の5日付朝刊に掲載された風刺画だ。内容は、5月に死去したエリック・カール氏の絵本「はらぺこあおむし」のあおむしに擬したトーマス・バッハ会長らIOC幹部らが、「放映権」と書かれた「ゴリン(五輪)の実」をむさぼっているというもの。
 98年から続く同紙の長寿コーナー「経世済民術(けいせいさいみんじゅつ)」のひとつとして載せられたこの画には、「エリック・カールさんを偲んで はらぺこIOC 食べまくる物語」というタイトルがつけられていた。
 この風刺画の掲載に、出版元・偕成社の今村正樹社長は21年6月7日、不適当な形で作品を引用されたなどとして、自社サイトで「風刺漫画のあり方について」と題した抗議の声明を発表する事態となった。

■「皆さんを不快にさせたとすれば本意ではありません」

 こうした動きを受けて、毎日新聞は19日付朝刊に、「前回(5日付)の当欄『経世済民術』に掲載した作品について」と題して見解を示した。文書では、一連の経緯を説明したうえで、問題となっている風刺画について今村氏の声明文より抜粋して、「(はらぺこあおむしは)金銭的な利権への欲望を風刺するにはまったく不適当と言わざるを得ません」「風刺は引用する作品全体の意味を理解したうえでこそ力をもつ」などの指摘を受けたと説明。その一方で、読者からは、「今後も質の高い風刺画を掲載してほしい」などの意見が寄せられたとした。続けて、
「今回の作品は肥大化するIOCを皮肉る風刺画で、絵本や作者をおとしめる意図はありませんでしたが、絵本作りに携わった方々や絵本の読者の皆さんを不快にさせたとすれば本意ではありません」と釈明し、「皆さんからいただいたさまざまなご意見を真摯に受け止め、今後も洗練された風刺画をお届けできるよう紙面づくりに努めてまいります」とした。

 こうした見解文の掲載を受けて、偕成社は21日「今回掲載した意見についてのご回答をいただきました。紙面にて誠実にご対応いただいたことを、お伝え申し上げます」と報告する文書を公式サイトに掲載した。

偕成社社長の抗議内容についてみっちさんは

>「エリック・カールさんを偲んで」という標題が小賢しいです。自分の風刺漫画にどれだけ自信があるのか知りませんが、つまらぬ絵に「偲んで」とキャプションを書く作者も作者だし、それを平気で掲載する毎日新聞社のセンスも、この程度のものか、と思いました。

と書いておられ、ネコパパも全く同感だった。
「はらぺこあおむし」の醍醐味は、見事な色彩とフォルムで表現された「あおむし」の成長と変容の姿に目をみはることなのに、この風刺漫画はそこに目を向けず、単に問題人物の顔にすげ代えただけ。「金銭的な利権への欲望」の風刺というには弱く、よくできたパロディとは言い難い。
ただ、社長名義の抗議文にもちょっと気になる部分はあって、みっちさんへのコメントとして以下の文章を書きこんだ。

>ただ、社長の意見の中に「多くの子どもたちに愛されている絵本」「それに共感する子どもたち自身の『食べたい、成長したい』という欲求」という言葉があるのを読んで「やっぱりなあ」という気がしたのも確かです。自社の本に対する強い思い入れの根源が「子どもたちのために本を作っている」という自負と使命感にあることがにじみ出ている。みっちさんの疑問に即答する姿勢も、あるいはそれに関係しているかもしれません。
その真摯さを疑うわけではないですが…
でも、そこにひとつの落とし穴がある気がします。

落とし穴とはほかでもない。
「子ども」を大義名分として持ち出すと、反論がしにくい、ということである。「子どもが共感する『食べたい、成長したい』という欲求」は肯定されるべきもので、「金銭的な利権への欲望」は否定されるべきもの、一緒くたにするんじゃない!という理屈は、一見明快に見えるが、この二元論って、はたして自明なことなのか。
ネコパパはそうは思わない。容易ならざる複雑さを孕んでいると思う。

新聞社からの見解を読むと、そこには全然触れておらず「不快にさせたとすれば本意ではありません」と、単なる「快・不快」の問題として片付けられている。そればかりか「とすれば」「今後も」と、逃げを打った、反省のかけらも感じられない、形式的な「ご回答」になっている。
こんな声明で、偕成社が「誠実にご対応いただいた」と、矛を納めてしまうのでは、結局「快・不快」の問題に過ぎなかったのか、と、ひねくれてもみたくなる。
子どもの本の出版社が新聞社に抗議文をおくるなんて、よほどないことなのだから、どうせなら社会全体に議論を迫るような、メッセージ性のある提言にしてほしかった。





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コメント

コメント(8)
仮定法
このコメントを読んで不快な気にさせたならば申し訳ない、というコメントを読んでお詫びと取ることができますか? ぼくはこれは非常に姑息な文だと思います。仮定法を使って、お詫びしているように見せかけて、その言葉の下で舌を出して、なんちゃってと人を虚仮にしているやなやつです。
最近の政治家のよく使うやな言い方を新聞も使うんだなという思いです。出版社はそのことをさらに怒らなくてはならないと思います。将来の大人(いまの子ども)の言語感覚を新聞社が壊そうとしているのは看過できないと。こんなことでは近い将来、政治家や新聞社員になろうとする子どもばかりが増殖するのではないかと抗議するべきでした。
などと書きましたが、これを読んで政治家や新聞社員が気を悪くしたとするならば本意ではありません。

シュレーゲル雨蛙

2021/06/22 URL 編集返信

難し~ですね~。
> この二元論って、はたして自明なことなのか。
> 容易ならざる複雑さを孕んでいると思う。
難しいことですが、この視点って、大事なことだと思います。

とはいうものの、『毎日』の風刺のクオリティが、二元論を肯定してしまうグレードのものであり、他方、児童書出版社の主宰者が、「「子ども」を大義名分として持ち出す」ことを完全に回避して発言できるか、というところも難しいのでは、と。

『読売』の「iza」:
https://www.iza.ne.jp/article/20210609-26RBMERU3RDMXNS5JY2IQH4I44/
が、毎日叩き(と読むのも問題かもしれませんが)の素材として、早速“消費”しています(この「消費」という言い方も、問題が大きいですが、とりあえず…)。

> 最近の政治家のよく使うやな言い方を新聞も使うんだなという思いです。 by 雨蛙さん
思いますねー。
とはいうものの(あ、復た言った;;)、現今の社会で、このタイプ以外の「弁明」が可能なのか、難しいのでは、と(復た言った;;)。
ひとつ明らかなのは、「不快を与えたならば」の言い方(政治家の場合、「誤解を与えてしまったなら」が頻出?)は、「上の立場」、「強い立場」側だけが使える、ということのような気がします。

先生/親に叱られた子どもが、「もしボクが間違ったことをした、という印象を与えてしまっていたなら、お詫びします」と言ったら、殴りたくなるでしょう(あ、体罰はいけませン)。
しかし、“叱り過ぎ”を指摘された先生が、「もし私の叱責で傷ついた子がいたとしたら、もうしわけない」と釈明するのは許される、とか。

へうたむ

2021/06/23 URL 編集返信

yositaka
Re:仮定法
シュレーゲル雨蛙さん
>こんなことでは近い将来、政治家や新聞社員になろうとする子どもばかりが増殖するのではないか
はっはっは、それなら新聞社は大喜びですね。
でも、さすがは雨蛙さん、皮肉が効いてます。政治家と新聞社は、敵対するのが健全なありかたです。新聞社が政治家の「ずるい語法」をマネしてはいけない。それでは社会の木鐸の役割を放棄するのも同じです。
近頃の国会答弁を聴いていると、ずるい語法が横行。
便利な言い方って、伝染します。ウィルスのようなものです。偕成社の「誠実にご対応いただいた」も、そういう気配がします。ミイラ取りがミイラに。
私たちも頭脳に警戒宣言を発令して警戒しないと。

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2021/06/23 URL 編集返信

yositaka
Re:難し~ですね~。
へうたむさん
>「不快を与えたならば」の言い方(政治家の場合、「誤解を与えてしまったなら」が頻出?)は、「上の立場」、「強い立場」側だけが使える
同感です。新聞社は、児童出版社を下に見ているんです。はからずもその姿勢が露呈してしまいました。「子ども」を大義名分にするものは反論はされにくい。けれど「下に見られて、まともな議論の相手にされない」というリスクをも背負うんです。

こういう形で抗議されて「それは美辞麗句だ。子どもたちに『食べたい、成長したい』という欲求があるとしても、同じくらい『金銭的な利権への欲望』だってあるはずだ。子どもの本屋なら、もっと現実を直視して『子ども観』を鍛えんかい!」とやりかえすくらいの勢いが新聞社にあればいいのに、と思うのです。問題は「はらぺこあおむし」を風刺に使ったことよりも、批判的精神の本気度が足りないことだと思うのです。

-

2021/06/23 URL 編集返信

付け足しです
みっちの記事の引用ありがとうございます。

みっちは、どんなものでもパロディにしてしまう、ということ自体は理解しているつもりで、そういう点では聖域はなく、児童文学であろうが絵本であろうが、使って悪いということは基本的にはないと思っています。
仮に「はらぺこあおむし」の楽しさが、偕成社社長の言われるように『子どもたち自身の「食べたい、成長したい」という欲求』にあるとして、それを『金銭的な利権への欲望を風刺する』のに使って不適当かどうかは、議論のあるところだと思っています。
みっちが引っかかったところは、やはり「エリック・カールさんを偲んで」のキャプションのところです。ここはパロディとは関係ない、風刺ではない、単に世間でちょいと話題のネタを俺も知ってるんだよ、というつまらぬ見栄でしかない、そこが情けないと思いました。

毎日新聞の見解は読みましたが、これはあくまで「見解」であって謝罪ではありません。毎日新聞は何も謝ってはいません。この風刺漫画が「質の高い」「洗練されたもの」と思っておられるようですから、そのままそっとしておけば良いでしょう。(笑)

みっち

2021/06/24 URL 編集返信

yositaka
Re:付け足しです
みっちさん、同感ですね。
いい記事を書いていただいたおかげで、ずいぶん触発されました。感謝です。
偕成社社長の抗議文の内容、「矜持」や「気持ち」はわかるのですが、海千山千の新聞社に対するものとしては、あまりにもイノセンスだと思いました。
案の定、新聞社は、上から目線で「見解」を示しただけ、という結果に終わりました。
こういう「対応」、私は「返答」にもなっていないと思ったのですが、偕成社はこれで矛を納めてしまったようです。
大人の対応、なんでしょうかねえ。
これからは、問題に関心を持たれた方々の今後の議論に注目していきたいと思っています。

yositaka

2021/06/24 URL 編集返信

風刺画以前
ちっとも似ていない顔、汚い発色、痩せて死んだ線、薄っぺらな絵。
その新聞の一コマは喫茶店で見ましたが、珈琲の後味が悪くなりそうと、チラ見ですませました。

毒にも薬にもならない軽薄短小な風刺画もどきは、読者を馬鹿にしている証拠。

巧くて安定していたのは、針すなお。全盛期の山藤章二には凄みがありました。

「鳥獣戯画」を父に持つ日本の風刺画が残念なのは、ページ数やコマ数で原稿料が決まるから?
これじゃ、プアーだけれどピュアーな反骨精神のあるプロ作家は生まれにくい。

個人的には、ドーミエの作品から風刺画の深さと普遍性を感じます。

木ノ下淳一

2021/06/28 URL 編集返信

yositaka
Re:風刺画以前
木ノ下淳一さん
さすが美術家だけあって、表現にまで言及されたコメントですね。
私は風刺画は詳しくないのですが、寸鉄人を刺す風刺漫画の役割は、大きいと思います。ただ、一コマでそれをやるのは大変な才能が必要で、新聞では、なかなかこれといったものは見かけませんね。
山藤章二の作品は毎週週刊朝日で拝見していますが、ときにハッとさせられるものがあります。週刊誌ではできても新聞では角を矯められる、というのがこの国のマスコミの現状ということなのでしょう。

yositaka

2021/06/29 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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