豊明市立図書館自主企画
2021年第6回 6月12日(土)午前10時~12時 (毎月第2土曜日開催)
今月のテーマ 楽器の世界⑩ホルン
ホルンは、金管楽器の中で最も広い音域を持つ楽器です。
やわらかで深々とした音色は、金管と木管との中間的な特徴を持ち、ハーモニー楽器としてあらゆる楽器の音色とよくとけ合います。
神秘的な雰囲気から、快活さや荒々しさまで表現する音色と表現力が、ホルンの最大の魅力でしょう。また右手をベルの中に入れ音色を作ったり、音程を微妙にコントロールしたりするハンドストッピングも、他の楽器にない大きな特徴と言えます。
ホルンの起源は「角笛(つのぶえ)」、動物の角などで作った笛のことです。古代の人々が、狩猟で獲った獣の角を吹いて楽器としたのでしょう。それがホルンの起源であり、語源でもあるようです。16世紀まで、主に狩猟時の信号用楽器として発達し、馬に乗りながら吹けるように、管を大きく巻いて肩に提げるようにし、邪魔にならないように、ベルは後ろ向きになったと言われています。唇を振動させて音を出す、トランペットに近い吹き方をします。
19世紀中頃までのホルンは「ナチュラルホルン」と呼ばれ、広げられた発音口(ベル)と、円形に丸められた管にマウスピースだけのシンプルな構造でした。唇の振動でしか音程が変えられず、いわゆる「自然倍音」と呼ばれる音たけしか演奏できません。レとファの音が出ないので、音階も演奏できません。
そこでホルン奏者たちは、ベルの中に手をさしこんで気道を調節することで音程を変え、音階を演奏する「ゲシュトップ(ストップ)奏法」を考え出し、18世紀のホルン奏者たちによって発展していきます。
それでも出せる音には限りがあり、音や音程は不安定。そこで19世紀中頃、現在のようなバルブによって管の長さを瞬時に変えることのできる「バルブホルン」が開発されました。バルブホルンの登場によって、ホルン奏者たちは容易に安定した半音階が演奏できるようになったわけです。
1. バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番(ホルン版)より「プレリュード」「ジーグ」
ラデク・バボラーク(ホルン)録音 2002年6月
「無伴奏チェロ組曲」は、ケーテン時代(1717年-1723年)に作曲。ケーテンの宮廷楽団のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者でチェリスト、フェルディナント・アーベルのために書かれたといわれます。6曲は、それぞれひとつの調性で統一され、前奏曲(プレリュード)で始まり、アルマンド、クーラント、サラバンド、メヌエット(第3番・第4番はブーレ、第5番・第6番ではガヴォット)、ジーグの6曲構成です。 第1番は、第3番と並んで最も親しまれている作品ですが、ホルンで演奏するとなると、たいへんな超絶技巧が必要でしょう。
■ラデク・バボラーク(1976年3月11日- )は、チェコ出身のホルン奏者。プラハ音楽院在学中の18歳の時からチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者を務め、以来、ミュンヘン・フィル、サイトウ・キネン・オーケストラ、ベルリン・フィルなどの首席ホルン奏者等を歴任。指揮者としても活動し、日本では山形交響楽団の首席客演指揮者を務めています。
バロックから現代音楽まで幅広いレパートリーを持ち、「世界には、自分よりももっと技術的に優れたホルン奏者はたくさんいるが、自分の強みは“なんでもやる”ことです」と語っているそうですが、
チェロの曲をホルンで吹いてしまうこの録音なと、まさに「なんでもや」の面目躍如と言えそうですね。
2. ハイドン:交響曲第31番「ホルン信号」~第1楽章
ロイ・グッドマン指揮ハノーヴァー・バンド 録音 1989年1月3~5日
ハイドンが1765年に作曲した交響曲。
当時ハイドンは、エステルハージ家の副楽長。この曲は名人ぞろいのオーケストラに4人の腕利きホルン奏者がいた時期に書かれたものです。お抱え作曲家らしい、臨機応変の作曲ぶりです。愛称の通り4本のホルンが活躍する、ハイドンの交響曲の中でも独特の内容を持っていますが、終楽章で一番最初の「ホルン信号」が出てくるところなど、ハイドンらしい作曲の冒険も行っています。今日お聞きいただくのは、ナチュラル・ホルンによる演奏です。
第1楽章 Allegro
ニ長調、3/4拍子、ソナタ形式。4本のホルンのユニゾンによる軍楽的な信号音に続き、弦を伴い、独奏ホルンが郵便ホルンを表すオクターブ跳躍の第1主題を提示する。再現部は最初から郵便ホルンの主題が現れるが、曲の終わりにコーダのようにして最初の信号音が現れる。
3. モーツァルト:ホルン協奏曲第3番変ホ長調K447~第1楽章
デニス・ブレイン(ホルン)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮フイルハーモニア管弦楽団 録音1953年11月
モーツァルトの友人で、ホルンの名手であったヨーゼフ・ロイトゲープ(1732年-1811年)のために作曲された4つのホルン協奏曲の一つです。近年の研究では、1787年作曲とされ、最後から2番目書かれたことになります。結果的に3番でいいんですが。
ナチュラルホルンが想定され、音階や半音階は、右手の操作(ストップ奏法)でしか実現できないものが含まれているそうです。管弦楽の編成は、クラリネット2本、ファゴット2本と弦楽合奏で、
第3番は、第1楽章展開部の複雑な和音進行など、手の込んだ作曲技法が使われており、4曲のホルン協奏曲の中では、音楽的に最も充実していると評されています。ホルンは高い音をあまり使わず、音域は先の2番、4番よりも狭いとのことですが、中音域では音程の取りにくい音が度々使われ、ハンドストッピングには高い技術が要求されているようで、演奏は決して容易ではなさそうです。
第1楽章 アレグロ、変ホ長調、4分の4拍子
■デニス・ブレイン(1921年5月17日 - 1957年9月1日)は、イギリスのホルン奏者。世界中で最も卓越したホルン奏者として知られれています。彼は、三代にわたってホルンの名手を産んだホルン一家の5人目の奏者。祖父、二人の伯(叔)もホルン奏者で、父オーブリー・ブレインは、BBC交響楽団の首席ホルン奏者としてロンドンの音楽界では著名な人物で、SP時代の録音で、ホルンの活躍する曲はほとんどオーブリーの演奏だそうですから驚きです。デニスはこの父に師事し、ホルンとオルガンを修めました。
21歳でロンドン・ナショナル交響楽団の首席奏者に指名され、第二次世界大戦中には英国空軍に徴兵され、イギリス空軍中央軍楽隊の首席ホルン奏者に。そして大戦後は、フィルハーモニア管弦楽団と、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者を兼務して活躍しました。
しかし1957年9月、エディンバラ音楽祭からの帰路、トライアンフTR2に乗っていたブレインは、ロンドンまであと約33キロという、ハットフィールドを通過中に運転を誤り、樹木に車をぶつけて即死するという悲劇的な最後を迎えるのです。
4. ベルベット・バルブス(ダヴィッド・リニケル編曲)~ユーモレスク(ドヴォルザーク)、「真珠採り」ロマンス(ビゼー)
サラ・ウィリス(ホルン)
町田琴和(ヴァイオリン)フィリップ・メイヤーズ(ピアノ) 録音:2014年
2020年にはアルバム『モーツァルトとマンボ』を世界的に大ヒットさせた、ベルリン・フィルの人気ホルン奏者サラ・ウィリス。
彼女が、同オーケストラのヴァイオリン奏者、町田琴和らと共に制作したアルバムから2曲聴きましょう。同僚のべルリン・フィルのチェロ奏者リニケルが、チャイコフスキーやドヴォルザークの名旋律をアレンジした「ベルベット・バルブズ」からおなじみの2曲です。ホルンの幅広い表現力をお楽しみください。
5. R=シュトラウス:ホルン協奏曲第1番変ホ長調~第3楽章
ヘルマン・バウマン(ホルン)
クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 録音:1983年12月
リヒャルト・シュトラウスの父フランツ・シュトラウスはホルン奏者でした。
その影響で、リヒャルトは若い頃から、ホルンを用いた作品をいくつか作曲しています。交響詩でもも、ホルンの見せ場を含む作品が多いですし、オペラ「ばらの騎士」は、壮絶なホルンの咆哮から始まりますね。
ホルン協奏曲は2曲あり、作曲年代が大きく離れていますが、よく演奏されるのはこの1番でしょう。1882年から1883年にかけての作曲されました。弱冠18歳のリヒャルトが、父のために作曲した曲ですが、すでに高齢の父には難曲だったようで、フランツはこの曲を公開の場では演奏せず、初演は弟子ブルーノ・ホイヤーに一任。リヒャルトのピアノで1883年に行われました。管弦楽による初演は1885年3月4日、マイニンゲンの宮廷劇場で、名指揮者ハンス・フォン・ビューロー指揮の宮廷劇場管弦楽団と首席ホルン奏者グスタフ・ラインホスのソロという、当時の豪華メンバーによって行われました。
ナチュラルホルンでの演奏を意図して書かれたという見解もあるようですが、ストップ奏法では演奏の難しい音が全曲を通して多数使われていることから、やはり近代的なバルブホルンを想定して作曲されたという見解が有力です。古今のホルン協奏曲の中でも、モーツァルトに次いで演奏されることが多い傑作です。
■ヘルマン・バウマン(Hermann Baumann、1934年8月1日 - )はドイツのホルン奏者。ハンブルク生まれ。幼少時からピアノとチェロを学び、ホルンを始めたのは20代に入ってからという。シュトゥットガルト放送交響楽団在籍中の1964年、ミュンヘン国際音楽コンクールに優勝。1967年にオーケストラを辞し、ソロ活動に入る。
ナチュラル・ホルンの先駆者とモーツァルトのホルン協奏曲をはじめてピリオド録音した。1993年に脳溢血で倒れたが、現在は健康を取り戻して、楽器も吹いている。
■蓄音機で聴くクラシック■
6. ブラームス:ホルン三重奏曲変ロ長調より
アドルフ・ブッシュ(ヴァイオリン)ルドルフ・ゼルキン(ピアノ)オーブリー・ブレイン(ホルン) 録音:1933年5月
ブラームスがホルンを使用した室内楽曲はこの作品のみ。1865年の5月にバーデン=バーデンで作曲。アダージョの第3楽章は、同年の2月2日に母が76歳で世を去ったため、母を追悼する気持ちを込めて書き上げているとのことです。まあ、その哀愁の情は、楽曲全体に流れているこの曲の特徴と思われます。
7. ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」狩人の合唱
カール・ベーム指揮 ドレスデン・シュターツカペレ ドレスデン国立歌劇場合唱団 録音: 1939年9月
『狩人の合唱』は、ウェーバー作曲のオペラ『魔弾の射手』の第3幕で歌われる合唱曲。この男声合唱の伴奏になくてはならないのが4本のホルンアンサンブルです。SP録音とは思えない迫力のサウンド、のちの巨匠指揮者カール・ベーム、最初期の録音です。
■映像で楽しむクラシック■
8. ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲
ニコラウス・アーノンクール指揮 チューリッヒ歌劇場管弦楽団 収録1999年2月
『魔弾の射手』(Der Freischütz)作品77は、ウェーバーが作曲したオペラ。タイトルを直訳すると「百発百中のハンター」。
台本は『ドイツ怪談集』を元にしたもので、1821年6月18日にベルリンの王立劇場で初演。初めての本格的ドイツ・オペラの誕生として歓迎され、大成功でした。
舞台は1650年頃のボヘミア。当時のボヘミアはドイツ=神聖ローマ帝国支配下にあり、ドイツ人も多数住んでいた地域なので、作曲の時点でドイツ説話の舞台とされたのも不思議ではありません。悪魔の奸計にハマって魔弾を手にした主人公が、なぜか幸福な結末を迎えるという無理なストーリーではありますが、魔の潜む深い森や、封建時代の素朴な生活を描いたドイツ・ロマンの息吹が漂う人気作です。清新な音楽は、新しいドイツ音楽を確立するものとして受け止められ、ワーグナーにも影響を与えました。
序曲は荘重なユニゾンで始まる序奏から始まります。
その後,弦楽器による静かな伴奏に乗って,ホルン四重奏が出てきます。このメロディは,「賛美歌」としても知られる大変美しいもの。他にもホルンが隋所で活躍し、狩猟や森の雰囲気をうまく作り出しています。第1主題はドラマの舞台となる「狼谷」の音楽で、悪魔の力を暗示するような緊迫感のある第1主題と、ヒロイン・アガーテの歌う歓喜の歌による第2主題が善と悪の対比を表現し,ドラマティックに進みます。
本日は古楽演奏の先駆者ニコラウス・アーノンクール(1929年12月6日 - 2016年3月5日)指揮による、4人のナチュラル・ホルンを使った演奏です。
9. モーツァルト:ホルン協奏曲第1番ニ長調K412
ラデク・バボラーク(ホルン)
ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 収録2007年12月
1791年に書かれたモーツァルトの最後のホルン協奏曲で、未完成作品です。ニ長調で書かれたのは、モーツァルトがロイトゲープの技量の衰えを気遣って他の3曲より調号を下げたという見解があるようです。長いあいだ初期の曲とみなされ、小学校の鑑賞教材に選定されていましたが、あまりにも簡素で、優しすぎる主題は、若い頃というより晩年のピアノ協奏曲第27番冒頭に通じるものがあります。そのことは、作曲年代が判明するずっと以前から気になっていましたから、最後の作品と知ったときは「やっぱりか!」と思いました。
第1楽章 アレグロ、ニ長調、4分の4拍子。
第2楽章 ロンド:アレグロ、ニ長調、8分の6拍子。
ロンド楽章の速度記号は「アレグロ」であるが、独奏ホルンのみ「アダージョ」と記されている。これは通常これはモーツァルトのユーモアと考えられています。未完成のロンド(初稿)の譜面には、独奏ホルンの部分に、最初から最後までロイトゲープをからかうセリフが書かれています。
「静かに、ロバ君、勇気を出せ、早く、つづけろ、元気を出せ、頑張れ、畜生、ああ、なんという調子っぱずれだ…」
楽曲の表情を実況中継したようだと指摘されていますが、もしかしたら、死に近づいて疲弊したモーツァルト自分を鼓舞していたのかも。
ロンド(改訂稿)の譜面には、これを補筆完成させた弟子のジュースマイヤーにより「ウィーン、聖金曜日、1792年」という、モーツァルト死後の日付が記されています。さらに中間部では「エレミヤの哀歌」の旋律が奏でられます。これはジュスマイヤーによるモーツァルトへの追悼の意とされています。
さて、次回は…
コメント
自宅でフルベンの「エロイカ」の第三楽章のホルン3重奏(3管)に私は、物足りなさを感じナチュラルホルンとバルブホルンの違いが気になり聴いていました。
ナチュラルホルンのベルの中に右手を入れて音程を変えるゲシュトップ(ストップ)奏法は、バルブホルンに比べ音程が不安定でしたがそれも演奏者次第、人の息吹を感じます。私は、8.映像ニコラウス・アーノンクール指揮「魔弾の射手」序曲のナチュラルホルン(4管)の切れのある 人が吹いている演奏には圧倒されました。
だからと言って「初演当時の演奏の再現こそ重要」は、音マニアの「当時の装置でオリジナル盤を聴く」「アンプは、トランジスタより真空管がいい」と似ていますね。当時は、ナチュラルホルン(真空管)しか無かったのだから・・・1820年代のバルブ装置の発明が、もう少し早ければ古典派の作曲家(難聴の作曲家)も違った使い方の曲になったと思います。 「私は、ホルンは吹けませんが法螺は吹けます。」
PS:バルブホルンも同じように右手をベルの中に入れていますがバルブがあるので半音階のための右手は不要と考えられるのに何をしているのでしょうか?
チャラン
2021/06/14 URL 編集返信R・シュトラウスのホルン協奏曲は、ナチュラルホルンを想定していたという説もありますが「ストップ奏法では演奏の難しい音が全曲を通して多数使われていることから、やはり近代的なバルブホルンを想定して作曲されたという見解が有力です」と、ウィキには書かれていました。一方モーツァルトの曲の場合は「右手の操作(ストップ奏法)でしか実現できないものが含まれている」とのことです。
詳しくウラはとっていませんが、もしそうだとすると、バルブ操作だけでは演奏困難なケースも依然として少なくなく、ホルン奏者はストップ奏法の習得も必須ということになります。また、多様な奏法を駆使して好みの音色を作り出すのがプロなんでしょう。
初演当時の再現にこだわることと演奏の出来は、必ずしも一致せず、楽しみ方はいろいろでしょうが、私としては、結果として出てくる音楽が自分にとって感動的かどうか、ということがポイントです。
レコードやオーディオの「薀蓄話」は楽しいですが、ひとりで聴くときには、いま出てくる音に一定の満足があればOKです。
なので、いい気になって薀蓄しゃべっているネコパパは「法螺吹き」になっている可能性が高いので、くれぐれもご用心ください。
yositaka
2021/06/15 URL 編集返信