ワルター・ファンのネコパパだけに、邦訳版の出版後すぐに購入だけはしていた。ところが、いまどき二段組で500ページ越えと分厚い本である。「いずれは」と思いながら、飛ばし読みで済ませてきた。
この際、一念発起というわけで、一気に読み通した。読み通せた。
最近は集中力も視力も衰え、読書ペースも落ちまくりのネコパパにとって、これは久々の快挙。
ものすごい情報量、多岐にわたる内容。だが、つまらないと思うようなページはなく、発見の連続。文体がいい。筆者の主観を極力抑え、手紙、批評記事、証言など、資料に語らせるやり方である。しかも筆者たちは、プライベート盤もふくめて、ほとんどすべてのワルターの録音を聴いているらしく、録音を語れば、演奏の特徴を端的率直にコメントする「鋭敏な耳」を開陳する。主観と客観の兼ね合いがいい。翻訳もよくこなれた日本語である。
読んでいるうちに、ワルターの録音が次々に聴きたくなってくる。
■命短し!ブロンズCDで聴くシューマン
さて、本書で初めて知ったことはいろいろあるが、印象的なひとつは、ワルターがシューマンの第1交響曲「春」を得意にしていて、初めて振るオーケストラではまっさきにこれを取り上げるのが常だったこと。観客はいつもこの曲を歓迎し、演奏する度に大喝采を得たという。その「流儀」は、若い頃から晩年まで一貫して続けていたそうだ。
まったく初耳だった。宇野本にも、自叙伝「主題と変奏」に書いてあった記憶がない。そもそも、そんなに人気曲とは思えないし、録音だって…
誰に聞いても「ワルターのシューマン第1?そんな録音はないよ」という返事だろう。ネコパパも、はじめはそう思ったが、いや、ちょっと待てよ…記憶をたぐり寄せると、もしかして、家のどこかにあったのでは?という気がしてきた。
DANNOさんのディスコグラフィを見ると、ちゃんと記されている。
ニューヨーク・フィルハーモニック、1945.12.16、カーネギー・ホールでのライヴ録音。
LPでは日本ブルーノ・ワルター協会、CDではIronNeedle盤とAS-Disc盤があったようだ。
ネコパパがかすかな記憶をたどって棚をかっ捌き、奥の奥から掘り出してきたのが、これ、AS-Disc盤である。
CDをトレイに入れてみると、NO DISC…読み込みが悪いようだ。
よく見ると、盤面がブロンズ色に変色し、信号記録面に、レーベルの印刷文字が染み出してきている。製造後27年のモナコ盤は、そろそろ寿命が近いのかも。何度かトレイを出し入れしたところ、なんとか読み込めた。
早速第1番から聞いてみると、冒頭のファンファーレからフレーズ冒頭のアクセントが強く、豪快だ。そして第2テーマになると、そっとテンポを落とす。アレグロでは直進的な力強さが際立ち、明るく爽快な演奏が続く。第2楽章は対照的に、沈んだ叙情が漂う。ニューヨーク・フィルの響きがパリパリと明るい感じなので、こういう音楽は苦手という気分も漂うが、棒にはしっかり付いていくプロ意識は感じられる。
第3楽章から第4楽章にかけては、やや力んだような力強さがみなぎる。ワルター調が際立つのはフィナーレで、焦るようにアッチェレランドしたかと思えば、ぐっとテンポを落として歌いこむ。小節単位の細かな変化は、ワルターが譜面から感じ取った音楽の移ろいが、そのまま実際の音になっていくかのようである。
音の状態は良くない。
アセテート盤を音源にしたと書かれているが、パチパチというスクラッチ音が一貫して強く聞こえ、途中でやめたくなる人もいるかもしれない。ディスコグラフィーにも書かれているように、第3楽章で音が途切れるし、楽章間のインターバルが長いのも煩わしい。
でも、記録としてはかなりいける。
ダイナミックレンジは狭いが、音の分離や個々の楽器音はかなり録れていて、この頃のニューヨークフィルのラフなアメリカンサウンドがよく伝わってくる。
はじめに収録されているNBC交響楽団との第4番も、アセテート盤の板おこしらしく、スクラッチ音は盛大だが、音のバランスや遠近感はこちらのほうが僅かにいい。
NBC響は、トスカニーニに日頃しごかれているためか、ビシッと締まったアンサンブルでキレがいい。でも音が硬く、ワルターの指揮なら、もう少しのびやかさも欲しくなる。ワルターらしさがより豊かに聞き取れるのは第1番の方だろう。
そうはいっても「解釈が聞き取れる」くらいの記録だ。演奏の良し悪しを判断したり、曲を楽しんだりするレベルではない。録音の予定では、あと1年生きていたらコロムビア交響楽団とのステレオ録音が残されたはず。残念至極。
■ストレスいっぱいのサウンド
ここからは余談。
シューマンのCDを掘り出していたら、こんなボックスセットも出てきた。
BRUNO WALTER/Maestro Generoso
1990年代後半くらいから店頭に出てきた「版権切れ・格安セット」のひとつだった。
レーベルはHISTORY、発売元はTIMというドイツ・ハンブルクの会社で、現在はMEMBRANと名乗っている。
あちこちで出ていたパブリックドメイン音源を集めた感じの商品で、価格はたしか2000円くらいだった。
これは安い、と思ったものである。
ほんとに久しぶりに再生してみたのだが、すぐに聴くのをやめた。
SP盤のスクラッチノイズなど、バックグラウンドノイズをデジタル処理ですっかり消してある。その影響なのか、全体に音がひび割れて金属的になり、強いストレスを感じてしまうのだ。とても聞いていられない。
これに比べれば、先にご紹介したAS-Discのシューマンは、盛大なスクラッチノイズは入っているし、原盤のコンディションによる音飛びもあるが、それでもきちんと最後まで聴ける。あまり音をいじらず、音源の音そのままを落とし込んでいるためだろうか。
最近の音響加工技術は、長足の進歩だという。けれども、ネコパパの耳には、好ましいものばかりとは思われない。例えば、このワルター1930年代のSP復刻盤のセット。
本家EMI⇒WARNERから出ている海外盤で、価格も手頃だが、ネコパパの耳には音のバラツキが大きいように思う。
ワルターの代表盤といってもいい、ウィーン・フィルとの「田園」「プラハ」「ピアノ協奏曲第20番」「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」などは、やはり「リマスタリング・ストレス」が感じられて、聴き続けるのが苦しくなる。
一方、パリ音楽院管弦楽団との「こうもり序曲」やBBC交響楽団を指揮したモーツァルトの交響曲第39番などは、すっきりと音が伸びて聴きやすい。どうしてこうなるのか?
米コロムビアの録音は最近リマスター&集大成盤が出たが、EMI系もそろそろストレスなし・音質一新のセットを出して欲しいものである。その際は入手困難なブルックナーの「テ・デウム」やパリ・モーツァルト音楽祭管弦楽団との「フィガロの結婚」序曲、ロイヤル・フィルとの「運命」初回録音なども出してくれると有難いのだが。
コメント
「版権切れ・格安セット」のBOXを架蔵しています。今見たらケースに2,980円という価格のシールが貼ってありました。どこで購入したのか忘れましたが・・・
現在はなくなりましたが、確か秋葉原の「石丸電器レコード館5Fのクラシック売り場」だったような・・
おっしゃるとおり、ストレスいっぱいのサウンドですね。
リマスターといっても原盤がテープだと劣化するし・・・
良いかな~~と思ってCDを買い直すと何故か音が高域寄りになっていたり、音が硬かったりしますね。
そんなことを考えるので2,000枚以上あるLPレコードは今でも手放せないのです。自作の真空管アンプとLPレコードとの組み合わせでクラシックを聴くのは最高ですね。
HIROちゃん
2021/06/03 URL 編集返信これをお持ちでしたか!記憶をたどると、一番初めに出たのはフルトヴェングラーのボックス、2980円。次に「20世紀の名指揮者」という40枚組が出て、ここら辺りまでは音にあまり癖がなかった気がします。
ところが、以後次々に出たものは音の加工がひどくなり、内容は貴重なのにまともに聴けない。価格も崩れてきて980円で投げ売りにされることもありました。
私もLPは大好きです。ではLPは加工がないかと言えばそうではなく、アナログ操作で高音低音をカットして雑音を削った復刻盤も多く、また逆に再生機器のレベルを低く想定して中音を膨らませたりするケースもあり、結局は個別の問題になります。
オーディオ装置の貧弱だった私には、演奏の細部や音色が聞き取りやすいCDの登場は、救いの神にも思えたものです。
yositaka
2021/06/03 URL 編集返信音質や音量、高低の音のバランス等にも個人により好みが異なりますね。低音が強調された音が好きだと、おっしゃる方もいます。
音楽を聴く場合には部屋の構造の違いや、個人の音の好みなどを考慮し、再生アンプには「高音」「低音」の音質調整がついているものが多いのですが、私のプリアンプは全て自作ですが音質調整は全くありません。正面パネルは電源スイッチと入力の切り替え、そして左右バランスを兼ねた左右独立させたボリュームだけです。
要するに、録音特性(RIAA)は、そのままで高域や低域の調整はアンプではしないことにしています。(クラシックは特に調整しない方が良いという考えです)なのでリマスターなどで高域寄りの音になったりすると、私のアンプでは音質調整が出来ないので、聴いていて疲れる音になるのです。
HIROちゃん
2021/06/04 URL 編集返信なるほど、自作それておられるアンプは、どれも正統派RIAAカーブなんですね。
トーンコントロール無しも、オーディオ界の鉄則どおりです。
ただ、RIAAにも問題はあります。
これは米RCAなどがステレオ時代になってから基準統一を呼びかけた補正カーブで、モノラル時代は統一されておらず、各社バラバラでした。ステレオ時代になっても簡単には統一できなかったようです。
そこで、近頃の強者オーディオファンには、カーブの切り替えを試みる人も多くなりました。可変イコライザーを使用して、レコードの最適カーブに合わせた再生に取り組むわけです。これを聞かせてもらうと、なるほど、随分音が変わります。
機械音痴で貧乏人の私には、こういうのには手が出ません。といって、トーンコントロールをバスしたダイレクト再生では、特にモノラル盤では、ハイ上がりで音がきつく感じるものが多い。そんなわけで、プリメインについているトーコントロールで、ちょいと擬似補正しながら聞いています。
まあ、オーディオファンにはジト目で見られそうですが…
yositaka
2021/06/04 URL 編集返信とPCのファイル、嫁がれた娘さんの部屋にCDとオーディオ、離れにはSPと蓄音器ヤフオクで100枚の童謡を入手されたので400枚を超えていますね、LPと書籍は、いずこか。更に録音時の編集が少ないLPを求めてネコパパさんは購入しています。
ネコパパさん「うーん、あったよな」と瞬時に取り出す驚異の記憶の引き出し!!!
どのように整理・整頓されているのですか?「チャランポランな貴方には無理です」は、なしでお願い致します。
チャラン
2021/06/04 URL 編集返信マニアックな記事だから誰も読みに来ないとはいえ、あまりネコパパ庵の内情をばらすのは、やめていただきたいものです(怒
さて、ブルーノ・ワルターにはまっているのは今に始まったことではなく、50年ずっとそうなので、特別ではありません。DANNOさんからの刺激は大きいですけれどね。
レコードも書籍も、分類はあやふやですが、音楽メディアは取り出しやすいように、作曲家生年順が基本。孫には「ここがモーツァルトの棚で、こっちがベートーヴェン」と教えると、すぐに覚えます。クラシックの場合、やはりキーワードは作曲家です。ワルター、カザルスのような好きな演奏家は固め、ヒストリカルものはレーベルで固めたりもしますが、これは見栄えはしますか、ダブリ買いや失念の温床になりやすく、お勧めできません。
m氏のようにエクセルでデータ管理すればベストですが、ネコパパは不精だし、もはや手遅れです。
yositaka
2021/06/04 URL 編集返信ネコパパさん内情をばらしてごめんなさい。🙇
クラッシックは、作曲家を基準にしているのですね。
HIROちゃんさん
HIROちゃんさんプログをおたずねしたらすごい自作真空管アンプの数ですね。
私も古いLPを聴いていて同じ疑問を感じいろいろ試行錯誤しました。
そんなHIROちゃんさんに釈迦に説法ですがEQカーブを切替えられるアンプを自作されプリのライン端子に接続するのが一番速いようです。(クラッシックならRIAA、DECCA,、Columbia)(切替器のショック低減基板に抵抗がありますがらくですよ。)
チャラン
2021/06/04 URL 編集返信作曲家基準ですが、趣味が嵩じてくると、レーベル順にして背のデザインを揃えたくなる欲求に駆られます。
でもそこは我慢して、せいぜい同じ作曲家の範囲にとどめないと、後から探し出すのに手間取ります。チャランさんのコレクションが検索に困りがちなのは、その辺に原因があるかもしれません。
ただしジャズとなると話は別で、メジャーなアーチストなら演奏家別、マイナーになるとレーベル別にしたくなりますね。クラシックでは無意識なダブり買いはまずないですが、ジャズはたまにやっちゃいます。
yositaka
2021/06/04 URL 編集返信確かにEQカーブを切替えられるアンプの自作も考えたこともありますし、トーンコントロールを付けたアンプは製作したことが何回かあります。
しかし、電気の専門家ではなく、電気関係の学校や仕事の経験は全くなし。単なるアンプ作りを50年以上、趣味とする人間。私の作るアンプの回路はシンプルなものでトーン・コントロールや多くの切り替えスイッチなどを付けると、回路も複雑になり部品代もかかり、技術不足もあり、音そのものが劣化して聴こえる気がします。
と、いってもアンプ作りが趣味ですが、いわゆる「音キチ」ではないので・・・
確かにクラシックは出来るだけ良い音で聴きたいのは、当たり前ですが、私は理想の音を追求するより、多くの音楽を聴きたいと思っています。(普通の鑑賞に十分な音であれば、それで良いのです)
オーディオ・マニアの中には数百万円もするアンプや、スピーカーを並べ立てておられる方も多いのですが、意外と聞かれる音楽は少なく、特定のジャズやクラシックのダイナミック・レンジの大きなCDなどで大音量で聴いて満足している人も多いのです。
これって音楽を楽しんでいるのかしら・・・と思ってしまいます・・・
HIROちゃん
2021/06/05 URL 編集返信HIROちゃんさんのポリシーに反すること事だったのですね申し訳ありません。
私の自作管球パワーアンプ・プレーヤ・スピーカは、学生・貴族時代に制作・購入したものを退職後メンテナンスしどうすれば自分の音になるかと機器を追加しています。音キチです。
聴く音楽も喜怒哀楽を感じる民族音楽が好きで演奏者の出身国に受けいれられる盤を主に聴いています。
クラシック国内盤は、編集者が聴いて無く想像で制作しているのかなと思い避けています。
国内盤の日本人演奏・録音は、聴いて感じるものがあれば購入しています。(学生時代のフォーク、歌謡曲、童謡・唱歌・・・も)
CDは、ながら運転で聴く程度でLPに比べ感じるものが少なく多くはありません。向き合って聴くのはLP・SPですね。お迎えが近くなったのにまだ増殖していますので困惑しています。
チャラン
2021/06/05 URL 編集返信今月中にはワクチン出来るかな~~~接種券はまだです。・・・
今日もタワレコにCDを注文してしまった・・・・病気です。。。
私のアンプ作りのポリシーは「シンプル・イズ・ベストな回路」です。
HIROちゃん
2021/06/05 URL 編集返信私は全く機械音痴で、オーディオに凝る意志も意欲も、財力もありません。
しかし、聴こえてくる音の違いには、大いに興味があります。同じ音源であっても、盤の違いやメディアの違いによって変わる。
それで私は、好きな録音ならLP、CD、SACDと何種類も買い揃えては顰蹙を買うのですが、この面白さは、オーディオファンの装置への関心とはまた別物です。
音の違いから音楽や演奏の気付かなかった一面、演奏家や、作曲家の音楽観の別の側面に気づく喜びもまた、格別なのです。
私の聴き方はいわば「言葉として音楽を読む」聴き方かもしれません。「手紙としての音楽」ですね。
これほどに人の音楽の聴き方や価値観は多種多様、人それぞれで、こうだから駄目、ああなら良いというものではないのですね。だから面白いのです。
yositaka
2021/06/05 URL 編集返信いつも大変お世話になっております。
ワルターの「春」の事を知る事が出来とても嬉しいです。
奇しくも同じ日に私も「春」を記しています。
それで今日の記事にネコパパ様の貴重なこの記事にリンクを貼らせていただきました。
素敵な記事をありがとうございます。
よしな
2021/06/05 URL 編集返信曲についてもっと書くべきでした。
ネコパパは、シューマンの交響曲はブラームスより好きです。ちょっと不器用だけど、正直な、等身大の人間の音楽です。自分のことばかり考えているのに外面は偉そうな、男の嫌な面が感じられるブラームスとは正反対です。(個人の意見です)
ワルターの「春」、ここではラフなアメリカンサウンドですが、各オーケストラとの初共演で必ず演奏したワルターには、オケの個性を見極めるに最適な曲と考えていたのかもしれません。ドイツのオーケストラとの録音が残っていたらよかったのに…
yositaka
2021/06/06 URL 編集返信