追悼 絵本作家エリック・カールさん

「はらぺこあおむし」でおなじみの絵本作家エリック・カールさんが亡くなりました。
児童文学関係としては異例の扱いの記事が、5月28日の朝日新聞にも掲載されました。
心よりお悔やみを申し上げます。
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こちらの記事では「はらぺこあおむし」の出版に当たっては、日本の印刷製本の技術が大きく寄与して多いことが書かれています。
アメリカ版の出版は1969年。
しかし、日本語版の出版はずいぶん遅れて1976年。この7年の間に日本の読者の絵本への関心がだんだんと高まり、ようやく出版にこぎつけることができたのでは、と推測されます。印刷製本の技術力に比べて「絵本の価値観」が広がるのはずいぶんと遅かったのです。
そこで思い出すのが、日本で大きな人気を持つ上野紀子・なかえよしお「ねずみくんのチョッキ」シリーズのことです。その原点と目すべき「ぞうのボタン」も、日本の出版社はどこも相手にしてくれず、認めたのはアメリカのハーパー・アンド・ロウ社で、ここが1973年に先行出版。日本版はそれに追随する形で1975年に冨山房から出版されたのでしたね。日本という国の特徴を物語るような話です。

さて、エリック・カールさんの作品は数多く「はらぺこあおむし」も、もちろん好きですが、一番好きなものを一冊だけと言われれば、ネコパパはこれを上げます。
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カールさん独自の「シカケ」はもちろんあって、息をのむものがありますが、他の作品にはなかなか見られない「夢想」と「情感」があるような気がします。
ぜひ、図書館か書店で手に取っていただければと思います。

でも、ネコパパが訃報を聞いてまず手に取ったのは、別の絵本でした。
こちらはシカケもない、とても地味な絵本です。
でもネコパパには、これがカールさん自身の肖像にも思えるのです。
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1973年の作品。さいしょに真っ黒なページから、黒一色で描かれた老ヴァイオリニストが登場。
第2画面の左端には、ヴァイオリニストからのメッセージ。
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ここからは文字なしで展開。ヴァイオリンから流れ出たひとふしが、はじめはささやかに、やがて奔流のようにあふれ出し…
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月と太陽の形となり、海原の船へと変わり…
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視線は、海に。魚、くらげ…そしてそれは、すべて包み込んだ一粒の涙に。
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涙は地に落ちて、そこから新しい命が芽生え、成長していく。
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花は大きく膨らんで、はじけて…
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次第にちいさな色とりどりのかけらとなって、ちいさくなっていく。
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曲が終わると、黒一色だった老ヴァイオリニストは彩り豊かな姿に変わっている。第一画面で「真っ黒に塗られた一枚の紙」に過ぎなかった聴衆たちも、色とりどりに変わっている…

ネコパパの読みです。

最後に珍しくもつけられた「作者からのメッセージ」には、本作品を講演会で使うときのやり方が書かれています。
まず、絵だけを見せ、次にモーツァルトのヴァイオリン協奏曲k63を流しながら。見る人は、自由に感じてほしいとカールは言っています。
「演奏を終えたヴァイオリニストは、芸術-人生そのものを体験したのです。子どもにこのの本を与えるには、感受性の豊かな与え手が必要です。子どもたちの解釈は素晴らしい。それを妨げないように、やさしく導いてやってください」

「芸術-人生そのもの」という言葉に、カールさんの人生がにじみ出ているように思います。なにひとつ、付け加えることはありません。
感謝、合掌。

追記:蛇足ながら、「作者のメッセージ」に書かれている、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲k63という曲は、実在しません。こんなところも、作品の奥行きを深めていると思います。

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コメント

コメント(10)
K63は、カッサシオン・・・
こんにちは。モーツアルトのK63はヴァイオリン協奏曲ではなく。「カッサシオン」ですね・・・
カールさんの作品は正直「はらぺこあおむし」しかわかりませんが、色彩がとてもきれいですね。
「パパ、お月さまとって」・・いい題名ですね~~~

HIROちゃん

2021/05/31 URL 編集返信

yositaka
Re:K63は、カッサシオン・・・
HIROちゃんさん
「パパ、お月さまとって」は、カールさんの「仕掛け絵本」の総決算と言えるものです。ぜひ書店でご覧になってください。
カッサシオンk63も、子どもの作品とは到底思えない陰影が感じられる素晴らしい曲ですが、ちょっとこの絵本とは関係がないみたいです。カールさんが実際に講演会で流した曲は何だったのか。実はすごく興味があります。

yositaka

2021/05/31 URL 編集返信

Re:Re:K63は、カッサシオン・・・
エリック・カールさんの絵本は愉しいですね。昔からよく見ていました。(うちのかみさんは保育士なのです)

偕成社の紹介ページにこんな具合に書かれています。
https://www.kaiseisha.co.jp/special/ericcarle/books/utagamieru.html
『あなたなら、この本と一緒にどんな音楽をきくのでしょうか?
 ちなみに、カールは講演会でこの本を紹介するとき、モーツァルトの作品K.203※の旋律にあわせてページをめくるそうです。
(中略)
※セレナード第4番・ニ長調K.203のなかのメヌエット・ヘ長調』

あとエリック・カールさんのブログにモーツァルトの記事がありました。
http://ericcarleblog.blogspot.com/2010/03/mozart.html
2010年3月25日のブログですが、「魔笛」のステージ・衣装を手がけたらしい。タイベック(防護服などに使われる素材)を使った作品の色彩・風合いはいかにも彼らしい、良い感じです。

みっち

2021/06/01 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:K63は、カッサシオン・・・
みっちさん、情報ありがとうございます。
作品K.203ですか。
いつの間に変わったのでしょうか。ネコパパ架蔵本は1981年12月発行の日本語版初版です。のちに間違いに気づいて訂正されたのかも。k203はヴァイオリン・ソロをフューチャーしたセレナードで、メヌエットのトリオには、確かにヴァイオリン・ソロの部分があります。でも、なんか絵本のイメージとは違う気もするんですね。
調査継続。

「魔笛」の上演デザインとは、カールの作風にぴったりです。
この写真の様子から見て、どうやらオーケストラをステージに載せた、コンサート形式の上演のようですね。スプリングフィールド交響楽団の演奏の様子がわかるといいんですが…

yositaka

2021/06/01 URL 編集返信

私も好きです
「パパ、お月さまとって」は、私も、大好き。
図書館でも学校でも、何度も何度も修理した本でもあります。
そして氏の作品の中で、子供たちに一番読んだ本です。
「はらぺこあおむし」を描いた人の絵本だよって言うと、
子供たちは更に興味を持ってくれました。
「ちいさなくも」も好き^^)
氏が明るい色彩を描くのは「平和」への願いなのだとか。
合掌


ユキ

2021/06/01 URL 編集返信

K63の第5楽章 ヴァイオリン・ソロ
ネコパパさん、素人ですがYou Tubeに
NAXOSモーツァルト: カッサシオン ト長調:第5楽章[ナクソス・クラシック・キュレーション ]と吉田秀和氏による「名曲のたしなみ」NHK-FM1980.10があり第5楽章のヴァイオリン・ソロは、老ヴァイオリニストが、絵で奏でるエリック・カールさんの表現と似ているなと感じました。
ネコパパさんが、注記で「モーツァルトのヴァイオリン協奏曲k63という曲は、実在しません。」と記述しているのに申し訳ありません。

チャラン

2021/06/01 URL 編集返信

Re:Re:Re:Re:K63は、カッサシオン・・・
みっちの続報です。
これはもうネット検索では分からないので、直接偕成社に聞いてみました。
すると即座に回答が来たので、驚きました。以下要点です。

2005年12月36刷からK63→K.203に修正しているそうです。その理由は、
『カールさんからK63であると送って頂いたテープを聴いてみたところ、それはK.203でした。
バイオリン部分を集めたようなもので、切れ目がわかりにくい為、カールさんが誤解されたと思われます。』
とのことです。偕成社の担当の方、一聴してK. 203の第3楽章(ヘ長調のメヌエット)と分かったのは流石です。感服しました。

みっち

2021/06/01 URL 編集返信

yositaka
Re:私も好きです
ユキさん
そのあと、朝日新聞の一面コラム「天声人語」にもカールさんが題材に取り上げられました。カールさんに絵の楽しさを教えた美術教師は、当局の摘発を恐れず退廃芸術と烙印を押された20世紀の傑作絵画を教え子たちに見せていたということです。その体験をカールさんは生涯忘れず、絵本作りに生かしていったとのこと。その姿勢が彼の色彩になにかの力を与えているんですね。知識はなくても、その力は子どもたちにも伝わっていると思います。

yositaka

2021/06/01 URL 編集返信

yositaka
Re:K63の第5楽章 ヴァイオリン・ソロ
チャランさん
カッサシオンでもセレナードでも十分にシンクロすると思いますし、読み手が自分なりにぴったりの音楽を思い描けばいいと思うんですよ。
私なら、もうちょっとドラマティックなイメージを求めるので、K. 203の第3楽章ではちょっと穏やかすぎるなと感じただけです。人それぞれ、自由に感じ取ればいいのです。

yositaka

2021/06/01 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:Re:Re:K63は、カッサシオン・・・
みっちさん
偕成社に連絡されたとは驚きました。
なるほど、それが一番早いかも。
テープを一聴して曲がわかった担当者、たしかにすごいと思います。K63の記述に疑問を抱いてカールさん本人に確認されたのも、同じ方でしょうね。モーツァルトに詳しいクラシックファンでしょうか。
それにしても、2005年まで、ご本人も気づかず、ずっとk63と思い続け、ほかの人も誰も確認しようとしないまま、1973年から32年も過ぎてしまった…とは。
なんとも驚くべきことと思います。こういうことってあるんですねえ。

yositaka

2021/06/01 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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