サラマンカホールに満ちる「四季」の響き。

ネコパパとアヤママは、車を飛ばして岐阜へ。
「県を跨いでの移動は自粛」とのお触れが回ってはいるんですが、そこはほどほどに、もうチケットが買ってあるコンサートですし…
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岐阜サラマンカホールは美しいホールです。
アヤママ、すっかり気に入ったらしくて、ステージの様子をスケッチしていました。手が時は音楽に集中している…
これって、なにかのエピソードにありましたよね。
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岐阜弦楽合奏団は指揮者なしのアンサンブルです。
コンサート前半はよく知られたバロックの名曲にロッシーニ。
ロッシーニの弦楽ソナタはネコパパの大好きな曲で、イ・ムジチやアッカルドのレコードで聴き馴染んでいるんですけれど、ライヴで聴くのは初めてでした。冒頭から、もうご機嫌な曲ですよね。
演奏は、最初のうちやや硬くなって流れが滞ったりするところもありましたが、ロッシーニではすっかりリラックスして、楽しめました。

でもなんといったって、聴きものは「四季」です。
ソリストの若林あゆさんがダークブルーのドレスでステージに立つと、合奏の響きもすっかり変わってしまって、抑揚の豊かな張りのある音楽に一変しました。「春」第1楽章から、大きなクレシェンドが現れて耳を惹きつけます。4つの曲の中で最も深みを感じたのは、じっくり丁寧に曲想をえぐっていくような「夏」でした。次いで「冬」。第2楽章の絶妙なソロを支えるピチカートのドキドキするような感じと一気呵成のフィナーレ。
今回の発見は、この曲ではチェロが重要だということです。
ヴァイオリンソロのとても多くの部分で、チェロのトップが長い音を弾いてバックアップしている。これが「隠し味」のように効いている。こんなのは実際に見て初めて気づくことでしょう。「四季」の演奏は何度かライヴでも接しているのに、今頃こんなことに気づくなんて、ネコパパの目は「節穴」でしたね。
それにしてもこの曲、ヴァイオリン・ソロ部分がものすごく多い。「四季」とは言いながらも実際は4曲の独立したヴァイオリン協奏曲なわけで、これを続けて12楽章いっぺんに弾ききらなければならないんですから大変です。あゆさん、流石です。
ちょっと残念だったのは「秋」の第2楽章でのチェンバロが大人しかったこと。チェンバリストの鈴木美香さんは、随所ではっとするようなきらめきの響きを聞かせていたので、アドリブを期待したんですが。ネコパパはここは全曲の白眉の、しかもチェンバロ協奏曲と思っているんです。

そんなわけで「県を跨いでの」往復2時間半のドライブは、十分価値がありましたね。
帰りは星乃珈琲でアヤママとお茶を楽しみました。
手作りクッキーセット飲み物付き¥700。おいしかった!
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コメント

コメント(4)
音楽の効用
演奏会、「着て行く服がない」と駄々をごねる家内をキッパリと「レコードを買う金は、有るけど服を買う金は、無い」と口説き付いてきて貰いました。
サラマンカホールは、前日の映像で見たウィーンのスペイン騎馬学校の天井と同じ平面のシューボックスホール後で、ネットで調べたら岐阜県白川町のオルガン製作者辻宏氏がスペインのサラマンカ新大聖堂の200年以上放置されたオルガンを修復したのが縁でスペイン式オルガンをホールに設置し公募でサラマンカホールになったとのことです。(大聖堂は、高いアーチの上にドームがある教会ですのでホールの天井と異なります。)
岐阜弦楽合奏団さんは、3年ぶりの演奏会で最初硬かったですが、休息後(休憩中チェンバロは、控えめで柔らかい音色に調律し屋根を取り外しました。他パートとのバランスをとったのかな)、若林亜由さんの独奏と弾き振りは良いというより凄かったネコパパさん体を前に乗り出して聴き惚れていましたね。
楽団員の息の合ったピチカート、若いチェリストの抑揚と流れる協奏、コントラバスの
代表はじめ楽団員は亜由さんの演奏に聴き惚れると同時に自分のパートに耳と目を光らせていました。
演奏後、家内「亜由さん前は小柄でしたね、今日は大きくみえた。」とコロナでストレスが溜まっていたのが発散したのか北風が止みました。

チャラン

2021/05/11 URL 編集返信

通奏低音としてのチェンバロ
PS:ネコパパさん、
「秋」の第2楽章でのチェンバロが大人しかった>私も協奏曲としていつ弾いているのだろうかと思いいましたが逆にこれはすごいなと思います。ヴァイオリンと一体化して演奏に厚みを増していました。
裏方さんの設営の手際の良さにもびっくりしました。曲に合わせて椅子の用意、配置のチェック、譜面台の高さ調整、曲とホールの音響を熟知していないとできない事です。

チャラン

2021/05/12 URL 編集返信

yositaka
Re:音楽の効用
チャランさん
>スペイン式オルガンをホールに設置し公募でサラマンカホールになったとのことです。
贅を尽くした仕様はいかにもバブルの遺産ですね。使いながら維持していくのはなかなか大変ですが、私たちも時々聞きに行かないとですね。
あゆさんはソリストなので、本来はソロに専念するのが筋なんでしょうが、今回は指揮者を兼ねるようなかたちになって、大変だったと思います。合奏団としては、もう少し自発的なアンサンブルを高めていくことが課題でしょう。

yositaka

2021/05/12 URL 編集返信

yositaka
Re:通奏低音としてのチェンバロ
チェンバロの役割は重要です。以前N響コンマスのマロさんこと篠崎氏がラジオで話していたことを思い出しました。
ある地方で「四季」の演奏を依頼されたが、行ってみるとチェンバロがない。「チェンバロはどうするんですか」と聞くと「なくてもやれるでしょう」というので、マロさんはたいへん憤慨して、この話はお流れになったそうです。
>裏方さんの設営
今回の演奏会は1曲ずつ編成が違うので、終わるたびに学院は一旦退場して、設置のし直しになりました。これは大変なことです。熟知していなければならない。そのあたりをどうやって打合せしているのか、興味ありますね。

yositaka

2021/05/12 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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