恐れと安息とコーヒー・カンタータ

5月2日、ネコパパはまたしても名古屋市街に出かけてコンサート鑑賞。コロ難儀などどこ吹く風の風まかせ、なんともお気楽なネコパパです。長年の教員勤めにようやく区切りがついたので、気の緩みが出ているのかもしれません。まあもちろん、予防策はきちんとしてますが。

sige君とK君のご厚意による招待です。いつも、いつもありがとう。
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K君はアンサンブル中央に陣取ってヴィオラを奏でます。
曲目は4曲で、最初はバッハのカンタータの中でもとりわけ有名な「コーヒー・カンタータ」、独唱三名が、コーヒー大好きの娘、やめさせようとする父親、無責任な傍観者の3人に扮して愉快な攻防を展開するオペレッタ的な作品です。
次がバリトン・ソロによる「われ満ちたれり」、厳かで悲哀を帯びたメロディーで開始される、教会カンターターの中でも屈指の名作。
休憩を挟んでバッハの先輩ブクステフーデの、オルガンの即興演奏をそのままカンタータにしたような変奏曲的作品「われ主を愛す」、
そして最後が、合唱独唱取り混ぜて、管楽器も増員した大きめの編成のオーケストラを伴う「永遠、汝畏るべき言葉」。

ブクステフーデ以外は、バッハのカンタータの中では比較的知られた作品ですが、ネコパパが聴き馴染んでいる曲なのかといえばそうではなく、この中では最も回数を聴いている「コーヒー・カンタータ」以降は集中して聴くのがだんだんと難しくなってきまして…
でも、最後の曲は、なかなかに華やかで音色も多彩であり、楽しめるものでした。
演奏はバッハ演奏としては至極オーソドックスで、ソリストがみんな声がよく、朗々と歌われていて少しの不安感もないのが気持ち良い。
最後にアンコールとして、「永遠、汝、恐るべき言葉」の結びの合唱が、ポジティーブオルガンの長いイントロダクションを加えて演奏されました。これは本番演奏よりもずっとスケール感があってすばらしい聴きものでした。

李さんの指揮は、真面目そのもので、近年盛んになっているピリオドスタイルの演奏にしばしば聴かれるテンポの激変や、猛然たるしゃべりや、ソリッドに弓を弦にぶつける野性味などの新機軸はなく、穏やかに、ふっらとした古典的スタイルで通しました。
まあ、このジャンルにあまり親しんでいない素人には、もうちょっとサービス精神が欲しかったというのが本音かなあ。でも、滅多に聴くことができない曲ばかりで、貴重な体験でした。
プログラムも全曲対訳付きという丁寧さで、スタッフの意欲がよく伝わってきました。

なお、客席はコロナ対策で間をとった配置でしたが、その配置の範囲で、ほぼ満席でした。演奏者は合唱独唱も含め全員がマスク着用でしたが、そのための不都合は全く感じません。この状況下で大規模な声楽を伴う演奏会の開催に至るには、かなりの労苦があったと想像されますが、その甲斐あっての成果だったと思います。

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コメント

コメント(4)
喫茶店のコーヒー・カンタータ
最近、喫茶店に行きにくい座席の対面の距離がコロナのソーシャルディスタンスで2mにしているのでご婦人や男性の「金切り声」「だみ声」がステレオで聞こえる、ボリュームの大きい人ほどマスクをしていない人が多い。
ぜひ「コーヒー・カンタータ」をBGMで流してほしいが、それに打ち勝っ様に騒音が大きくなりだめ?、私と家内は、漫画喫茶で静かに読書にふけります。

電気文化会館の縦長ホールは、カンタータ向きですが、通路の前に音がこもりがちになり易いですがそのようなことにならず良かったですね。
私も布池教会でカンタータを聴いてみたいです。

チャラン

2021/05/06 URL 編集返信

yositaka
Re:喫茶店のコーヒー・カンタータ
チャランさん
>ボリュームの大きい人ほどマスクをしていない人が多い。
確かにね。けれどもみなさんストレスが溜まっているでしょうから大目にみましょう。自分がそれやってる時は、案外平気ですからね。
こういう曲はできるだけ後ろの方の席で聴くのが良いと思い、後ろから五列目くらいで拝聴しました。声がよく飛んできて快調でした。マスクで歌っても、案外よく聞こえるものだと思いました。これからはこういうのが普通になるのでしょうか。
人間の匿名性がリアル空間でも当たり前になるというのは、気持ちの良いものではありません。

yositaka

2021/05/06 URL 編集返信

珈琲中毒の蛙は、娘さんに同情
 珈琲カンタータを聴かれたのはよかったですねえ! エリー・アメリングのCDがたしかどこかにとごそごそ探しても行方不明です。合唱のライブはほんとうにうらやましい。
 以前名古屋時代、息がカソリックの幼稚園でした。修道院が併設されていて、スペイン人のマドレもいらしたのですが、静かな幼稚園で、時間の切れ目にチリンと小さく鈴が鳴らされるです。
元気がよいとうるさいとの区別がつかない幼稚園出身の蛙は、その落ち着きがいっぺんに気に入って、クリスマスに園長のマドレが行くという東山のカソリック教会のミサに精一杯紳士になって(?)参加しました。
 しかし、先達のない悲しさ、園長のマドレが横に立っていろいろ身ぶりで教えて下さるのだけれど、讃美歌も祈りの言葉も難しくて。でも、教会のオルガン、合唱はほんとうに美しく思いました。そうして式の終盤、隣り合う人々が互いにおめでとうと挨拶し合うのでした。
 世俗的カンタータも、宗教カンタータも、こうした教会から生まれたのでしょう。もちろんバッハはプロテスタントだから、仏教でいうと真言宗や天台宗に対する鎌倉新仏教みたいなものだけれども、でもぼくのような辺地の蛙から見ると、ラテン語、ドイツ語は雰囲気で分かるけれども、つながりを感じるほうに耳が働きます。
 ああ、いま思い出しましたが、学生時代住んでいた板橋区のプロテスタント教会だったかと思いますが、メサイヤをすると看板出していたなあ。遠慮しないで行けばよかったなあ。地元では、牧師さんの娘がクルト・マズアの奥さんなんだと噂していたけれど。
 バッハのカンタータ、教会で聴きたいです。どんな感じになるでしょう? 祭壇、ステンドグラス、仄かな灯り、高い天井。

シュレーゲル雨蛙

2021/05/07 URL 編集返信

yositaka
Re:珈琲中毒の蛙は、娘さんに同情
シュレーゲル雨蛙さん
信仰心のないネコパパですが、教会の雰囲気には確かに惹かれますね。ましてや信仰心のある人にとって空間の有り難みはいかほどのものなのか、想像もできません、それにしても雨蛙さんの音楽好きの原体験がうかがわれるようなお話ですね。
私は小学校低学年の時、友達に付き合って一度だけ日曜学校というものに参加した記憶があります。
異空間でしたね。大人が声を張り上げて歌うのも、初めての体験だったはずです。でも違和感の方がやっぱり大きかったかな。場所が荘重な教会というより芝居小屋のような粗末な空間だったこともあるのかもしれません。
ちなみにコーヒー・カンタータは、バッハ行きつけの「カフェ・ツィンマーマン」で演奏されたものだそうです。カフェ中心を舞台にコレギウム・ムジクムという音楽仲間の集いが盛んに行われて、バッハも盛んに曲を提供したり演奏もしていたとのこと。
このカフェの名を冠した合奏団体があり、CDをたくさん出していますが、これが素晴らしいんです。

yositaka

2021/05/08 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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