サトウハチローの嫌った童謡

girls-day-2021-6753651837108874-law.gif
うれしいひなまつり

作詞 サトウハチロー
作曲 河村直則(河村光陽)

あかりをつけましょ ぼんぼりに
お花をあげましょ 桃の花
五人ばやしの 笛太鼓(ふえたいこ)
今日はたのしい ひな祭り

お内裏様(だいりさま)と おひな様
二人ならんで すまし顔(がお)
お嫁(よめ)にいらした 姉(ねえ)様に
よく似(に)た官女(かんじょ)の 白い顔

金のびょうぶに うつる灯(ひ)を
かすかにゆする 春の風
すこし白酒(しろざけ) めされたか
あかいお顔の 右大臣(うだいじん)

着物をきかえて 帯(おび)しめて
今日はわたしも はれ姿(すがた)
春のやよいの このよき日
なによりうれしい ひな祭り



「うれしいひなまつり」は、サトウハチロー(「山野三郎」名義で紹介されることもある)作詞、河村直則(河村光陽)作曲の童謡である。2007年(平成19年)に日本の歌百選にも選出された。タイトルのとおり、ひな祭りを歌った曲。1935年(昭和10年)、サトウハチローが娘に雛人形セットを買ってやった前後に作詞したとされる。それに河村が曲をつけ、1936年(昭和11年)2月にレコードが発売されている。

サトウハチローが作詞した楽曲の中では最もよく歌われるものの一つといわれ、日本では広く知られた曲となっている。一方、歌詞には雛人形を歌った内容としては不正確な描写が含まれており、作詞したサトウハチローはこうした誤りを気にし、晩年までこの曲を嫌っていたという具体的には、男雛と女雛(一対で内裏雛)を「お内裏様とお雛様」と呼ぶのはこの歌から広まった誤用で、また右大臣を「赤い顔」としているのも誤りである(実際は左大臣)※(以上ウィキペディア)

※大臣ではなく少将、中将であるとする説もある。

サトウハチローの次男、佐藤四郎によると、ハチローはこの歌を嫌がっていて、晩年まで「だれか、これにとって代わるひな祭りの歌を書いてくれないかなあ」とぼやいていたという。だが、誤用のほかにも、嫌がった理由は二つある。「一つは言葉遣いがハチローらしくない。『お嫁にいらした』(二番)と、身内のことに敬語を使っている点が、後々もひっかかっていた」。もう一つ。「それは、歌を作ったころ、既にみな他界していた同じ母を持つ姉妹への思いではないか」と言う。「作家や歌手のことを話す時は女性のことしか話さない父が、自分の姉や妹の話はしなかった。ものすごく涙腺の弱い人だから、この歌が悲しくてやりきれなかったのかもしれません」(読売新聞文化部著『唱歌・童謡ものがたり』(1999年8月 岩波書店)

12775.jpg

ネコパパのSP盤コレクションに含まれるこの曲の盤は、オリジナル歌手の河村順子(かわむら じゅんこ、1925年(大正14年)8月27日 - 2007年(平成19年)1月20日)の歌唱。作曲者河村光陽の長女で、1936年発売のポリドール8136-A (9896BF)がオリジナル録音だが、こちらは、戦後すぐ発売されたというキングレコード盤である。ポリドール録音の時点で11歳、この戦後盤はいつの録音だろうか。声が幼いので、それほど隔たっていない気がするのだが。

作詞者は「山野三郎」と表記されている。オリジナルのポリドール盤ではサトウハチロー名義だったというから、二度目の発売で名前を変えたのは複雑な心境の反映かもしれない。

昨日、この件について「音聴箱」の仲間からメールをいただいた。NHKのニュース番組で、男雛のことが「お内裏様」とアナウンスされ、その15分後に訂正が入ったとのことである。それほどまでに間違いが一般化してしまったのは、明らかに歌の力に違いない。サトウハチローの願いは、この歌が「ほかの歌にとってかわられる」ことだったようだが、どうやら難しいようだ。華やかな情景と「たのしい」「うれしい」との歌詞とは裏腹な、霞のように漂う哀感…こんな絶妙さを超える歌なんて、そうそう生まれるとは思えない。

私たちはこれからも、この魅力的な童謡を「ミスも込み」で歌い継いでいくことになりそうである。





関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(11)
ちらし寿司を作りました
仕事が休みだったので^^)でも昨日、勤務先のQ食も「ちらし寿司」でしたけど。
3月に入って、Q食の時間に放送委員が流す曲が、コレです(多分、今日も)
昨日、聴きながら、思ったのは「お嫁にいらした…」という言い方も、
昨今のご時世ではダメなのかしらねぇ・・・と。
そうですか、そんなエピソードがある曲なんですね。
勉強させていただきました。感謝。


ユキ

2021/03/03 URL 編集返信

大有名曲。
”うれしいひなまつり”は、大有名曲ですよね。
童謡のみならず日本で最も有名な歌の一つかもしれません。
歌詞も曲も日本人の心に染み付いていると思います。
その曲に作者のサトウハチローさんは、そんな複雑な気持ちを持っていたとは、知りませんでした。
サトウハチローさんって歌とはかけ離れた生活を送っていたそうですが、クリエーターにはそういう人が想像以上に多いですよね。

不二家憩希

2021/03/03 URL 編集返信

チラシ寿し
「うれしい雛まつり」は、誤用があるにせよ素直で情感があり私は、好きですね。
亡くなった姉のSPを聴くと処分した五段飾りと姉を思い出しせつなくなります。
PS:誤用は、私は知りませんでしたが 家内は知っていました。
今日、家内とスパーに行きましたので夕食は、娘がいませんがチラシ寿しです。

チャラン

2021/03/03 URL 編集返信

yositaka
Re:ちらし寿司を作りました
ユキさん
この曲の記憶は古いです。
幼稚園のころに遡るかもしれません。聞いたときに必ず浮かぶイメージは、歌詞のついた絵本の一画面のイメージです。それは、当時どこにでもあった「講談社の絵本」だったのかも…

ネット検索してみると、当時の絵本は、不思議と3番までの歌詞しか載っていないことに気づきます。
ところが、曲名になっている「うれしいひなまつり」は、4番の最後にしか出てきません。歌は有名でも、曲名が正確に言えない人が多い理由は、案外それかも。
いずれにしても、男の子には別世界でしたね。

yositaka

2021/03/03 URL 編集返信

yositaka
Re:大有名曲。
不二家憩希さん
サトウハチローは、他人の作でも自分の作でも非常に厳しい批評をすることでも有名でした。その創作姿勢には鬼気迫るものがあったようです。一方で、私生活には問題が多く、たいへんな酒豪で、女性関係でも多くのトラブルを抱えていたようです。
でも、歌詞の文面からは全くそういうことが感じられない。不思議な人物です。

yositaka

2021/03/03 URL 編集返信

yositaka
Re:チラシ寿し
チャランさん
うちはちらし寿司ではなかったですね。年中行事にはあんまり真面目じゃないのです。
この歌の歌詞には、
サトウハチローの亡き姉への思慕がにじみ出ているようで、なんとも感傷を誘いますね。チャランさんの涙腺もおもわず緩んでしまいそう。
子どものころはそうでもなかったけれど、歳を重ねるほど悲しみの味わいが感じられる。まったく、たいした名曲です。

yositaka

2021/03/03 URL 編集返信

河村光陽の童謡・・
サトーハチローは、「山野三郎」の名前の他にも、いくつかの別名を使っていたようですね。

童謡は大好きで多くの童謡集(20冊くらいかな)を持っていて音源も結構持っています。
河村光陽の童謡と言えば、この「うれしいひなまつり」が有名ですが、「仲良し小道」「カモメの水兵さん」「赤い帽子白い帽子」「早起き時計」「グッドバイ」あたりも好きです。
この「うれしいひなまつり」の歌詞の間違いは結構有名な話で知っていました。
うれしいひな祭りなのに、曲は短調で書かれています。また、「仲良し小道」も仲良しなのに曲は短調で書かれているところが魅力?不思議?驚き?なぞ?・・・もし「うれしいひなまつり」や「仲良し小道」が同じ歌詞で長調で作曲したなら、どんな曲になるんだろうかとも思います・・・

HIROちゃん

2021/03/06 URL 編集返信

yositaka
Re:河村光陽の童謡・・
HIROちゃんさん
20冊とは素晴らしい。ネコパパは童謡についてはまったくの素人ですのでいろいろ教えてください。
歌詞に悲しみの影はあまりないのに、メロディーに哀感が漂っていることが、この曲を名曲にしているんでしょうね。サトウハチローの歌詞にこういう曲をつけた光陽は凄腕の作曲家です。前奏・伴奏部分も五人囃子の演奏ぶりが目に浮かぶ…ということは、これはファンタジーの情景なんですね。「仲良し小道」も名曲だと思います。これもSP盤があります。

yositaka

2021/03/06 URL 編集返信

ひなまつり秘話
雛祭りでの白酒(しろざけ)は、男の象徴であり、菱餅のひし形は女の象徴でもあります。
(赤穂浪士が討ち入り前に吞んだという灘の酒「剣菱」のラベルは、男女の交わりそのものを美しくデザインしています。)
公家、大名家、商家など、子々孫々栄えないと困るところでの行事でした。

「うれしいひなまつり」の作詞(サトウハチロー)が1935年(昭和10年)、レコード発売が1936年(昭和11年)。

昭和14年(1939年)に雛人形問屋が発行した「雛人形定価表」の冊子を持っています。作詞家が買ってあげたという雛人形は、こんな感じだったのでしょうか。※
その中の広告に「桜咲く日本 古く伝わる雛祭り 家庭は平和に 銃後の護り」という文が入っています。
その頃の大陸での緊張を考えると、江戸時代も含め、平成令和のカワイイ!雛祭りそのものが別物の年中行事になっていることを痛感します。

作家・小田実が、幼子の通う幼稚園の雛祭りを見に行った時、小どものうちから格差社会を受け入れさせていると怒った話や、
子供向けの歌や物語に、自己犠牲のテーマが多いことを嘆いていたことを想い出しました。何かにつけて怒る作家でしたが・・・

※雛祭り関連の拙ブログが参考になれば幸いです。
https://ameblo.jp/jksta-322/entry-12659803634.html

美術研究室アトリエキノチッタ(ひきこ杜)

2021/03/11 URL 編集返信

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます

-

2021/03/11 編集返信

yositaka
Re:ひなまつり秘話
ひきこ杜さん
コメントありがとうございます。ブログ記事も拝見しました。ひな人形の広告とコピーを見て、現代のコマーシャリズムとは違う「神事」の凄味が漂っているようです。モノクロ写真ということもあるでしょうが、禍々しささえ感じられますね。

さて、サトウハチローのこの歌の背景ですが、1934年、最初の夫人離婚したサトウは、すでに映画女優、歌川るり子と所帯を持っていました。前妻との三人の子供たち(長女・次女・長男)は彼が引き取ります。
翌年の雛祭りに、母親と離れて暮らす子供たちを不憫に思ったのか、サトウは松坂屋にいた友人の世話で、二百円の高価な雛人形セットを購入。これは当時の大学出初任給の4倍の額です。
この童謡は、この豪勢な雛人形を背景にしたもののようです。二百円というと「定価表」ではどれくらいのレベルになるのでしょうか?

傑作童謡の背後に、作詞者の子どもへの後ろめたさや、自分の行いの罪滅ぼしのような散財があるのを知ると、ちょっと複雑な気分にもなりますね。

ちなみに豊橋の大学を出たネコパパ、「剣菱」は大好物です。久々に呑みたくなりました。
小田実の憤慨もわかりますが、難しいところです。芸能、価値観、制度の問題といろんなことが錯綜してくるからです。単純に白黒をつけるのではなく、そこに何を見、何を語るかで、大人としての、親としての姿勢が問われることになります。

yositaka

2021/03/11 URL 編集返信

コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR