テンシュテットの「田園」~隠し味を秘めた味わい

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SGK-90104(国内盤CD/東芝EMI-小学館)

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His Master's Voice – EL 27 04761 (original LP)

ベートーヴェン
交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
「エグモント」序曲 作品84*
「コリオラン」序曲 作品62*
「レオノーレ」序曲 第3番 作品72a*

クラウス・テンシュテット指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

録音/1985/9/15.16,19,1986/03/27  1984/5/11,12* 
アビー・ロード第1スタジオ、ロンドン  
P:ジョン・フレイザー、ジョン・ウィラン*E:スチュアート・エルサム、マイケル・シャディ*


第1楽章「田舎に到着したときの晴れやかな気分 11:27
少し早めの軽快なレガートで開始。提示部は弱音主体で推移するが、ホルンのリズムの強さがアクセントとなって、優しく響く弦と対比される。音の流れは平坦で、田園ののどかな感じを表出する代わり、内燃するドラマなどは求めていない。
美しいのは木管。ことにオーボエ、クラリネットは鮮明で心が弾む。穏やかな中にもデリケートな味わいを込めた提示部から展開部に入ると、音楽は前向きな勢いが加わってくる。

第2楽章「小川のほとりの情景」 12:46
この楽章も、弱音主体だ。淡々と静かな弦の織り成す流れの中に、木管パートがきれいに浮かび上がってくる。
気持ちの沸き立つようなインパクトはなく、室内楽的な音楽の楽しみに浸る心地である。しかし、この弦楽器の艶といい、木管の煌きといい、どこもかしこも丁寧に、作りこまれた音がする。耳をすませば済ますほど、テンシュテットの耳の良さ、音色作りの細かさに驚かされる。言葉にするのは難しいが、ビロードのような光沢の響きと言えばいいだろうか。中間に現れるファゴットのソロと次第に現に溶け込んでいく場面といい、コーダの鳥の歌から終わりにかけての弱音といい、特別な表情を付けずとも、音色だけで満ち足りた気分にさせられる、不思議な演奏である。

第3楽章「農民達の楽しい集い」 5:38
軽快な舞曲というイメージを外すかのように、遅く堂々とした造形で進む。
ここでも、響きの美感に重きが置かれ、農民の三重奏も、乱舞するトリオも敢えて描き分けることなく、しっとりレガートで進められる。とくに脱力したようなトリオは個性的な解釈と言えるだろう。

第4楽章「雷雨、嵐」 3:36
またしても、ゆっくり、力まずだ。叫ぶのではなく、膨らませるという感じである。威圧感や緊張感を強調するなどまるでない「嵐の音楽」だが、なお迫力は十分に保たれる。決め手はティンパニ。厚みを持って、深く、重く鳴り響く。

第5楽章「牧人の歌−嵐の後の喜ばしく感謝に満ちた気分」 9:39
テンシュテットは間違いなく、フィナーレを「田園」のクライマックスと考えているはずだ。
ゆっくりと鳴らされる「牧歌」のテーマ。ここで初めて低弦を深々と鳴らし、全体の音量を上げる。そして、だんだんと加速する。曲の進行にあわせて、エネルギー感が高まっていく設計は、この楽章の演奏として最も妥当と思う。
中盤を過ぎ、ワルターがフォルテの頂点でわずかにテンポを落として「見栄」を切った箇所では、テンシュテットも同じように演奏。でも少しだけ目立つようにやっている。これは、ワルターの演奏に敬意を表してのことだろうか。
ここから音楽は、終結に向かってじわじわ盛り上がっていき、「祈りのコラール」ではぐっと弱音に。直後、フォルティッシモとの鮮やかな対比があらわれ、感慨深く全曲を閉じるのだ。

■隠し味の中身は…

一聴、ごく普通の演奏のように聴こえる。
瑕疵もある。ロンドンフィルの音が軽く、強音がガサツキ気味と聴こえる部分もある。ところが、じっくりと耳を澄ますと、悪くない。実に味わい深い。
テンシュテットの「田園」は、音を繊細に作りこみ、さらりとした流れの中に包みこむ。最後になって「聴いてよかったな」という気持ちが残るような音楽…といったらいいだろうか。「隠し味を効かせたお料理」のような演奏である。
その隠し味には、きっと「ワルターの田園」のレコードも入っているに違いない…

クラウス・テンシュテット。
彼は1970年代の半ば「遅れてきた巨匠」として、忽然と私たちの前に現れた。1971年に、当時の東ドイツからスウェーデンに亡命し、1974年、ボストン交響楽団に客演して注目され、同年ベルリン・フィルを振ってレコード・デビュー。以後10年間で名声を高め、1984年の初来日時には、すでに「巨匠」扱いだった。
主要レパートリーがマーラーだったこともあって、当時もいまも、ネコパパは、それほど多く彼の録音を聴いていない。癌と闘病しながら活動を続け、没後は「爆演指揮者」としてライヴ発掘の雄となったことは知っていたし、84年の来日公演で演奏された、マーラーの第5交響曲をCDで聴いたときは、セッション録音とは一味違う「凄演」に驚かされたけれど。
彼のベートーヴェンのセッション録音は、「第8」「第6」の組み合わせによるこの1枚だけ。全集チクルスの第一弾だったのかもしれない。しかし、録音中の1985年10月に、テンシュテットは癌の宣告をうけて、セッションは中断。翌年に持ち越して完成したものの、2枚目以降に着手することはなかった。
ここに刻まれているのは、そんな事情など微塵も感じさせない、プロの仕事ではあるが、もしかしたらその出来事も、本人も意識しないうちに「隠し味」のひとつになっていたのかもしれない。



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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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