音楽を楽しむ会・新春を彩る音楽

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豊明市立図書館自主企画
2021年第1回 1月9日(土)午前10時~12時 (毎月第2土曜日開催)

あけましておめでとうございます。
例年にない、不穏な感じの年明けになりました。こんな時こそ、一足先に春の到来を見たい…ということで、本日のテーマは「新春を彩る音楽-その心は、春への憧れ」と題して、皆様と音楽を楽しみたいと思います。今年もよろしくお願いします。
ではまず、この曲からお聞いただきましょう。

今月のテーマ 新春を彩る音楽


1. 「早春賦」 (1913)作詞:吉丸一昌 作曲: 中田 章
鮫島有美子(ソプラノ)ヘルムート・ドイチュ(ピアノ 録音1994年

春は名のみの風の寒さや。
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず。
時にあらずと 声も立てず。


1913年(大正2年)に発表された吉丸一昌作詞、中田章作曲の日本の唱歌。2006年から2007年にかけて、文化庁と日本PTA全国協議会が選定した「日本の歌百選」にも選ばれている歌です。
『尋常小学唱歌』の作詞委員会代表であった吉丸一昌が、制約の多い文部省の要請に飽きたらず、数年をかけて自作した75編の詞。これに東京音楽学校出身または生徒である新進作曲家に曲を依頼して発表したのが、『新作唱歌』全10集。この曲はその中の第三集(大正二年二月)に収録。
旧制長野県立大町中学の校歌作詞を依頼され、当地を訪れたた吉丸が、大町、安曇野の寒さ、そして春の暖かさを歌った歌詞でもあります。
題名の「賦」とは漢詩を歌うこと、もしくは作ること。なので元の意味は「早春に賦す」となります。
さて、次はモーツァルトです。

2. モーツァルト:春へのあこがれK.596 (1791) 歌詞:クリスチャン・オーヴァベック
エリザベート・シュワルツコップ(ソプラノ) ワルター・ギーゼキング(ピアノ) 録音 1955年

五月よ来い、早く来い!
木々を再び緑にし、
川辺にかわいい
スミレを咲かせて!
あの花にまた会えるのは
どんなに嬉しいことか、
ああ、楽しい五月よ、
早く野山を歩きたい!

1791年に作曲したモーツァルト晩年の歌曲(リート)。シューベルトの「菩提樹」とブラームスの「子守歌」と共に、ドイツ・リートの代表的な歌と親しまれている曲ですが、お気づきになったでしょうか。「早春賦」はこの曲を下敷きにして作られているのですね。「唱歌」では、欧米の既存の曲を編曲したり、転用したりすることは珍しくありませんでした。

じつは、この「春への憧れ」にも、「原曲」があります。
この曲のメロディは、少し前に書かれたモーツァルト自身のピアノ協奏曲第27番(KV.595)第3楽章からの転用なのです。ここで、モーツァルトを得意としたウィーンのピアニスト、ワルター・クリーンが日本で演奏したこの協奏曲の一部を聴いていただきましょう。第3楽章カデンツァの冒頭で、クリーンは「春への憧れ」のメロディをそっくり演奏してから、モーツァルト自作のカデンツァにつないでいます。2曲のつながりを演奏によって伝えているのです。
カデンツァの後に登場するのが、第3楽章のロンド主題です。

3. モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番ト長調 K.387『春』から第1楽章(1782)
アルバン・ベルク四重奏団 録音1987年

1782年の暮にウィーンにおいて完成された作品で、ハイドン・セット全6曲中の第1作。このセットは、モーツァルトがハイドンの境地に迫ろうと、徹底的な推敲を施したことでも有名です。
中でもこの曲は最も前衛的かつ魅力的で、「モーツァルト・クロマティスム」と呼ばれる半音階が多用され、揺れ動く情感の機微を繊細に描き出しています。また、第4楽章はフーガの技法をソナタ形式に結び付けた「ジュピター交響曲」の原型になっています。
余談ながら、弦楽四重奏曲と言うジャンルに馴染めなかった私が「開眼」したのは、この曲のアルバン・ベルク四重奏団による演奏を聞いたことでした。


4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」(原典版1882)
キャスリーン・バトル(ソプラノ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 
録音1987年(ニューイヤー・コンサート)

ヒバリは 青空高く舞い上がり、
凍てついていた風も,こんなに暖かくなった。
春は 美しい装いで目覚め、
喜びあふれる 優しい吐息は 活気づいて
くちづけるの 野に、牧場に。
ああ、ああ、ああ
すべてつらいことは終わるでしょう、
あらゆる悩みも 遠くへ去ってゆくわ!

痛みはやわらいで、陽気な姿で、
幸せを信じる気持ちがかえってくる。
太陽の光が差し込んできて、
ああ、みんなほほえみ、ああ、目覚めるの!

ヨハン・シュトラウス2世(1825 - 1899)が1882年、57歳のときに作曲したウィンナ・ワルツ。同年ヨハン2世は、ピアニストであり親友でもあった当時71歳のフランツ・リストと即興演奏パーティで同席。そのとき、余興でまとめ上げたといわれます。
やがてこの曲はコロラトゥーラ・ソプラノ歌手のビアンカ・ビアンキ(本名・ベルタ・シュヴァルツ)のために、オーケストラ伴奏付きの歌曲(歌詞はリヒャルト・ジュネによる)に仕立てられて発表されました。初演は同年3月1日にアン・デア・ウィーン劇場で行なわれ、オーケストラ版は演奏会用として、その17日後にエドゥアルト指揮により、ムジークフェラインザールで初演。いずれも大成功でした。
明るい曲調は、当時ヨハン・シュトラウス2世が3度目の結婚をしたばかりで、その幸福感の反映ともいわれています。
今日お聞きいただくのは歌曲版です。1987年に、カラヤンが一度だけ棒を振ったウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート。ソロを務めたのは当時話題のソプラノ歌手、キャスリーン・バトルで、このコンサートにソロ歌手が登場したのは、後にも先にもこの一度だけです。


5.ディーリアス:「春初めてのカッコウを聞いて」(1912)
ジョン・バルビローリ指揮 ハルレ管弦楽団 録音 1968年

フレデリック・ディーリアスが1912年に作曲した音詩。『川面の夏の夜』(Summer Night on the River)とともに『小オーケストラのための2つの小品』(Two Pieces for Small Orchestra)を構成しています。
弦楽器を伴奏に、クラリネットによるカッコウの声とオーボエの旋律を含んだ序奏で始まり、やがて、カッコウの旋律が弦楽パートに現れる。第2主題は、グリーグも用いたノルウェー民謡『オーラの谷にて』から採られています。
ディーリアスというと、アルフレッド・ヒッチコックのスリラー映画「逃走迷路」(1942)の中に、明らかに彼をモデルにしたと思しき、目の不自由な孤高の作曲家が登場します。この時代にディーリアスを知っていたとは、ヒッチコックも大変なクラシックファンだったんですね。
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■蓄音機コーナー■<春の唱歌> 作詞 高野辰之 作曲 岡野貞一 文部省唱歌

6.春が来た 
佐藤恰子              Columbia 25657 発売1929(昭和4)年

明治三十五年(1902年)歌詞は、文部省国語教科書編纂委員になった高野辰之が明治三十六年(1903年)『尋常小學讀本』のために書いた韻文.だとされています。タイトルは「のあそび」でした。多くの曲が付けられましたが、明治四十三年(1910年)発行の『尋常小学讀本』および『尋常小学読本唱歌』明治四十三年にタイトルを「春が來た」に変更、現在知られている曲になりました。

7.春の小川
望月節子・加古三枝子   Nittiku( Columbia ) 33815 発売 1944(昭和19)年

大正元年(1912年)発行の『尋常小学唱歌』第四学年用に掲載。歌詞は「さらさら流る」「ささやく如く」など文語体で、三番までありました。「さらさら」は川の流れのようすを表した擬態語です。昭和十七年(一九四二年)発行の『初等科音楽(一)』で、三番が省かれ、歌詞が口語体に改められました。三番は小川の様子を歌う子どもたちの有様を描いたもの。平和的な歌詞がご時世に合わないとされたのでしょうか。また、レーベルが「ニッチク」になっているのは、「コロムビア」が敵性言語とされたためです。
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■映像で楽しむクラシック■

8.シューマン:交響曲第1番変ロ長調「春」(1841)
ベルナルト・ハイティンク指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 
収録 1999年 クラクフ 聖マリア教会

1841年1月から2月にかけて作曲され、同年3月31日、メンデルスゾーン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって初演。スケッチはわずか4日間と、ごく短期間で完成されたといわれます。
結婚後の3年間は、シューマンの作曲活動においてもっとも充実した期間でした。一定期間、一つのジャンルを集中して作曲したために「1840年:歌曲の年/1841年:交響曲の年/1842年:室内楽曲の年」と呼ばれることもあります。.
第1交響曲の初演は、好評で、シューマンは「ベートーヴェン以降の近代の交響曲として、かつてない共感を得られた」と書いている。「春」という副題については、以下のいきさつがあります。
アドルフ・ベトガーの詩に霊感を得て書かれ、シューマン自身がこの交響曲を「春の交響曲(Frühlingssinfonie)」と呼び、初演時は各楽章にそれぞれ標題を付けていたのです。これは後に取り去られましたが、「春」のニックネームは残ったというわけです。

第1楽章 - 春の始まり
第2楽章 - 夕べ
第3楽章 - 楽しい遊び
第4楽章 - たけなわの春

メンデルスゾーンに宛てた手紙には、第1楽章について、冒頭のトランペットは高いところから呼び起こすように響き、すべてが緑色を帯びてきて蝶々が飛ぶ様子も暗示される。主部のアレグロではすべてが春めいてくることを示すと述べています。ただこれは、完成後に浮かんだイメージだそうですが…

第1楽章
Andante un poco maestoso - Allegro molto vivace
変ロ長調。春を告げるように序奏はじめにトランペットとホルンがファンファーレ風な動機を示す。展開部は第1主題を使い、トライアングルも使用される。
第2楽章
Larghetto - attaca
変ホ長調。弦による夢見るような旋律。高まったところで幅広く下降する動機には、弟子のブラームスの第3交響曲第1楽章との関連が指摘されている。。やがてトロンボーンが半音階的なスケルツォ主題を予告し、休みなく第3楽章に続く。
第3楽章
Scherzo. Molto vivace
ニ短調。2つの中間部を持つスケルツォ。
第4楽章
Finale. Allegro animato e grazioso
変ロ長調。付点リズムの音型を勢いよく示す序奏につづき、主部へ。弦楽による、ちょこちょこしたピアノ的な動きや、木管が音階的に上昇・下降するユーモラスデリズミカルな動機がつなぎ合わされている。展開部はホルン、フルートがカデンツァ風に活躍し、コーダでは曲の最初の動機を暗示しながら、力強く結ばれる。

※使用動画が見つからなかったので、参考としてハイティンクの別演奏を貼っておきます。


次回の予定です。予定通り実施できない可能性もあります。ご来場の場合はホームページなどでお確かめください。
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コメント

コメント(8)
冬景色
こんにちは

「早春賦」と同じ年に出された「冬景色」も同じように文語で書かれた歌詞で馴染み深い唱歌ですが、こちらは作詞、作曲者が不詳というのが意外でした、大昔でもないのに?

シューマンの交響曲「春」は好きな曲ですが、序奏の部分はまだ冬で徐々に雪溶けするような、まさに描写的ですね。

michael

2021/01/10 URL 編集返信

yositaka
Re:冬景色
michaelさん
「冬景色」は大正二年五月発行の『尋常小学唱歌』(文部省)第五学年用で発表。これも「春が来た」「春の小川」同様、「作詞 高野辰之 作曲 岡野貞一」と推測する研究者が多いようです。
しかし、合議制でつくられた、いわゆる「文部省唱歌」は、発表時は作者不明示で、現在明示されている曲も、「日本著作権協会」が親族や関係者の証言をもとに申請を受理した、というだけで、作詞作曲者本人の明言や証拠文書はないはずです。

合議制というのは、ひとつの詞について、作曲者グループ全員が曲をつけ、それを岡野貞一が歌って全員が聞き、一つ一つ検討していくというもので、詞にも曲にも、全委員の意見が加えられて形が整っていくわけです。
これを「個人の著作」と呼ぶのは、無理がありますね。ただ、委員の中で高野と岡野の存在感が大きかったのは事実のようですが。

シューマンの第1交響曲は、タイトルについての姿勢が面白い。ベトガーの詩にインスピレーションを受けたことを認めているのに、あとになって「春のイメージは曲が出来てから思いついたものだ」と言ったりしています。「詩が先だった」と認めたくなかった。表題も後になって取り下げた。ロマン派の作曲家には、こうした音楽と言葉についての激しい葛藤があったのですね。私自身は、曲をニックネームで呼ぶのが大好きです。「運命」「革命」「夜の歌」…出自が少々怪しくても、全く問題ありません。一言で特定できる曲があるのは、
作曲家の名誉じゃないですか。

yositaka

2021/01/10 URL 編集返信

ディーリアス。
ディーリアスの”春初めてのカッコウを聞いて”は私の好きな曲です。
ディーリアスはだいたいどれも同じような曲調ですが(笑)この曲はその中でも特に良い曲だと思っています。
ヒッチコックは音楽にうるさかったみたいですね。彼の多くの映画の曲を担当したバーナード・ハーマンの音楽は最高だと思います。とにかくカッコいいんです。
ハーマンの一連の映画音楽の作品は現在の欧米ではクラシックの作品として扱われることも多いようです。

ニューイヤーコンサートに歌手が出たことがあるとは知りませんでした。
映像で見るとカラヤンもちょっとお爺さんな感じになっていますね。
でも指揮冒頭の仕草とかは決まっていますね。

不二家憩希

2021/01/10 URL 編集返信

yositaka
Re:ディーリアス。
不二家憩希さん
「春を告げるカッコウ」というタイトルで素敵な緑色のジャケットのLPが出たのがディーリアスとの出会い。バルビローリの録音でした。当時の表記はデリアス。いまもその盤は大切にしています。
イギリス生まれながら、主な拠点はフランス。晩年に盲目になってからは作曲家エリック・フェンビーの介護や代筆を献身的に引き受け、作曲を続けることができました。
そのフェンビーがヒッチコックの映画「巌窟の野獣」(1939)の音楽を担当した縁で、おそらくヒッチコックはディーリアスを知ったのでしょう。当時はビーチャムが躍起になってディーリアスの普及に努めていた頃でした。

ディーリアスの音楽は「展開」がなく、茫洋とした感じがしますが、武満徹にも似た静かな緊張を内に秘めた、独創的なもので、時折ふと聴きたくなります。
「楽園への道」「イルメリン」間奏曲「丘を越えてはるかに」などは特に好きです。

バーナード・ハーマンの音楽、ヒッチコック作品との相性は抜群でしたね。「知りすぎていた男」では、クライマックスのコンサート場面で、指揮者として「出演」しています。

yositaka

2021/01/10 URL 編集返信

コロナ禍中の会
コロナ禍中、開催して頂きありがとうございます。
私のコロナ対策は、小学校の取組み (マスク着用+手洗い→結果インフルエンザ死亡者の激減、課外授業の中止→イベントの中止、校外での外食の禁止→飲食店の時短、学級閉鎖→都市閉鎖、学力の低下・補修授業→経済の低下・補助金、等々) と同じと捉え「密の対策」が取られていれば、高リスクの対象者ですが「のこのこ参加」するようにしています。

新春らしく晴れやかなソプラノ歌手の歌声は聴きやすくよかったです。早春賦は、共同音楽出版社の日本唱歌童謡集でギターを「チントンシャン」とつま弾いた事があり懐かしかったです。
ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」は、前日に日本テレフンケンのBIEM mat(021272)(021273) A面「碧きドナウの流れ」B面「南国の薔薇」ソプラノ独唱エルナ・ザックを聴いたせいかワルツを違和感なく聴けました。

追記:帰りにPCを購入し、先ほどデータ引っ越しの荷ほどきが終わりました。

チャラン

2021/01/11 URL 編集返信

Re:コロナ禍中の会
チャランさん
いつもながら遠方よりのご来場、ありがとうございます。今回は参加者19名、かなり寒かったせいもあり、少なめでしたが、三密は避けられ適度な塩梅で開催できたと思います。

早春賦⇒モーツァルト繋がりは、作曲者への遠慮か案外指摘されないのですが、並べて聞いてみるのも一興と思って選曲しました。ワルター・クリーンのしゃれたカデンツァも楽しんでいただけたでしょうか。
「春の声」は、リタ・シュトライヒやエヴァ・リンド、エレナ・ザックに比べると、このバトル/カラヤンは、ずっと落ち着いた、別の言い方をすると暗さを秘めた演奏で、今回改めて感銘を受けた次第です。

新しいPCの導入で当分楽しめそうですね。この際、オーディオとの接続を試みられてみては。PC音源のクオリティもなかなかのものです。

yositaka

2021/01/11 URL 編集返信

シューマン「春」標題異聞
貴記事を拝見して、英文Wikipediaをちょいと覗いたところ、面白い異説が載っていたので、拙ブログで扱ってみました。お暇なときにでも、ご笑覧ください。

みっち

2021/01/12 URL 編集返信

yositaka
Re:シューマン「春」標題異聞
みっちさん
なるほど、こんな異説もあるんですね。ただそれは、従来の定説を否定するものでは必ずしもなく、シューマンの社交好きで陽気な一面を暗示するエピソードでもありました。

それにしてもシューマン、音楽を言葉で表現する「音楽雑誌」づくりの先駆者でありながら、音楽にタイトルを冠する「標題音楽」には批判的だったのですね。面白いものだと思います。

yositaka

2021/01/12 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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