本棚には人生があるー本の達人、ふたりの対話。

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10月11日の土曜日は、ひさびさに四日市の子どもの本専門店、メリーゴーランドに行ってきました。アヤママ同伴です。年に数回は出かけていたのが、コロナ禍でイベントもレクチャーも中止となっていたためでした。
今回は当店オーナーの増田喜昭さんと、名古屋の古書店、シマウマ書店店主、鈴木創さんとの対談企画。あわせて店内に併設されたカフェ内での古書市です。対談は2時開始なので、少し早めに出かけて古書を物色しました。
鈴木さんが持ち込まれた古い活版印刷機を使って印刷体験をするコーナーもありました。アヤママ、喜々として体験していました。
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古書は決して数は多くないのですが、メリーゴーランドという店に合わせて丹念に選書されたものと見えて、一冊一冊に店主の思いが込められているようでした。アヤママの大切な縁者ゆかりの作家、高見順の本が一冊きりあったり、ふたりの師であるかつおきんやの牧書店版作品集からの3冊が並んでいたり。
自分たちだけのために選んでいただけたような思いで購入してきました。

さて、対談です。テーマは、「古い」は新しい…おふたりの本に込めた思いや願いを語り合うブックトークでした。以下、ネコパパの走り書きです。

■大人も描く児童文学

S:シマウマ書店は2006年オープンです。
M:古書店は大好き。最初の本を出したとき、上野瞭さんに「本はひとり歩きするぞ」と言われた。古本屋に僕の本を見つけるとこの言葉を思い出す。彼が亡くなったのは僕が2冊目を出す直前だった。
鈴木さんの本屋は本の並べ方が面白いね。子どもの本も分け隔てしない。さて今日僕が話したい本は「クローディアの秘密」と「ジョコンダ夫人の肖像」なんですが。
S:僕は「ヒルベルという子がいた」です。その前に話したいのは「ギルガメッシュ」のこと。名古屋の古本屋にあったんです。原本は大英博物館にある粘土板に書かれた本で、3000年前のものです。だから順序がバラバラだったの不明なところも多いんですが、著者が一貫した物語として書き上げた。これを読むと、3000年後に物語がつながるということにドキドキする。主人公は暴君ギルガメッシュ。それを倒すために神が自分の分身エンキドゥと戦わせ、長い戦いの末に二人は和解。ところがそこに最強の敵ブンババが現れる。二人は協力して戦うんですが、エンキドゥは斃れる。それがきっかけとなって、神が人間に文明をもたらす物語になる。
M:物語が物語を生む。今江祥智師匠が、桑原武夫に学んだ時のように。時間は読み手がつくるもの。そうして人間の本の時間が続いていく。
S:ギルガメッシュも、その後の文学が追求を続けた「死にたくない」人間の物語。これは3000年前からずっと変わらないテーマですね。
M:「クローディアの秘密」は、実はフランクワイラーおばあさんの遺言の本なんだ。映画では晩年のイングリット・バーグマンが演じていた。話の主人公である姉弟は、家出して住処としたメトロポリタン美術館の歴史を調べ始める。なぜなら「ここに住んでいるから」
このクローディアの言葉が突き刺さった。そういえばこの本の挿絵は、作者のカニグズバーグ本人なんだな。
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S:この本は僕も好きです。「秘密を秘密のまま持っておく」という言葉に痺れましたね。大人の価値観を、甘口でなく子どもに伝えようとしている。
M:僕は自分に同化できない本は読めない。途中で一つでもそういう瞬間があればいい。鈴木さんの持ってこられた「ヒルベルという子がいた」も、ぐいぐい惹かれるものがあった。
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S:書き出しは「ヒルベルは悪い子」なんです。ヒルベルは大人にとっては厄介なことをいろいろとしでかす。でも、ずっと読んでいくと、実はこの本の主人公は、親たちだったんだと気づくわけです。
M:日本の児童文学は、子どもが主役。でもカニグズバーグやヘルトリングの作品では大人と子どもが対等に描かれる。「ロールパン・チームの作戦」なんか、子どもの目で、いきなりチームの監督を任されて、悪戦苦闘する母親を描写する話だ。こういう作品を読むと、日本の作品は子どもに価値観を押し付けることが多すぎると思う。子どもの自主独立の姿が描かれないのはなぜだろう。
S:ヘルトリングの作品では「おばあちゃん」もいいですね。物語もそうだけれど、なんといっても「あとがき」。ここにはヘルトリンクが考える「子どもの本の書き方」が書かれています。とりわけ印象的なのは、作者の使命は「子どもが自分の感情を開放できるように書くこと」。
M:最近亡くなられたスウェーデンの作家、ウルフ・スタルクは、僕も親しくさせていただいたんだけれど、最後の作品「おじいちゃんとの最後の旅」で、素晴らしいユーモアのセンスを見せている。
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これも大人の描き方が凄いんだ。ここに出てくるおじいちゃんの言葉が、とにかく悪い。ひとつひとつのセリフに「これにどんな値打ちがあるのか」ということを読者にぶつけてくる。この人はスウェーデンの「ユーモアに満ちた灰谷健次郎」みたいな人だったのかもしれない。

■本と人の出会う場所、育つ場所

S:新刊書店は大勢の人に同じ本を売ろうとしますね。でも人にとって本との出会いはそういうものではない。「機が熟す」ことが大切だと思います。
M:いい本って、売れている本じゃなくて、僕が好きな本のことだからね。
S:だから、すぐに読んで欲しいとは思いません。本屋の中で木が熟すことはないけれど、書店は待つことも大事なんです。その点、子どもの本の専門店というのは、待つ時間がある。店に来るたびに、以前は気付かなかった本との出会いがある。古本屋も子どもの本屋も、同じ本が同じ場所にいつもあることが共通していて、それが楽しい。
M:僕はいろいろな人に「私はここ(メリーゴーランド)で育った」と言われるけれど、実際は「ここにあった本で育った」んだよ。僕は本屋巡りが好きで、名古屋や東京に出かけては、いろいろな本屋を見て回った。今江祥智さんが絶賛されていたルイ・アラゴンの「オーレリアン」がどうしても欲しくて探したけれど、なかなか見つからなくてね。ある時、神保町で見つけて、高価だったのでためらった。それでちょっと店を離れて「やっぱり買おう」と戻ったら、なくなっていて愕然。実は店主が「お客さんがあんまり熱心に見ていたので」読んでいたんだ。そういうことは、自分の店でも体験した。子どもが「これだ」と見定めた瞬間を目撃するのは、本屋にとって至福の時間だった。
S:古本屋の特異性は、売れると補充できないことです。常連さんといっても、本屋の場合は来店のスパンが長い。次はいつ来られるかわからないので、その人に期待して特定の本を揃えても、赤字になります。本のジャンルはとにかく広いですから。本の中身は覚えきれないけれど、誰から買ったのかは結構覚えています。例えばある人が50年貯め続けた時代劇の本の束を預かった。散逸させてはだめだが、これだけの量があれば価値になる。それで、いつか必要とする人が現れるまで、まとめておくんです。古本屋の本棚を介して、見えない人と人とがやりとりをする。僕らはそのための黒子かもしれません。

■書きつづける生涯、読み続ける生涯

M:今日の対談のために「クローディアの秘密」を読み直したんだけど、初読よりもずっと面白かったし、発見もあった。4回も「アンナ・カレーニナ」を読み返した桑原武夫には遠く及ばないけれど。ウルフ・スタルクの最後の本も、一見古いタイプの本のようだけれど、実は違う。スタルクの故郷スウェーデンという土地を僕が体験しているからかもしれない。「大草原の小さな家」シリーズも、現地アメリカを体験していると、見え方が俄然変わってくる。それは大人の読み方なのかもしれないけれど。人生を重ねるほど本は深く楽しめる。息長く読まれ続けて欲しいという気持ちは、編集者や出版者にも感じられる。この「ジョコンダ夫人の肖像」は、発売以来上製・箱入りで、児童書という感じじゃない。造本もしっかりしていて、折り曲げて振ってもびくともしない堅牢さだ。「ハリー・ポッター」なんてすぐボロボロになるけれど。
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S:岩波文庫の「ドン・キホーテ」の翻訳にも膨大な時間がかかっていますね。全6巻で、一般に知られているよりずっと長大です。それでも内容はふたりの男の馬鹿馬鹿しいといえばそういう話。それをひとりの人が生涯かけて翻訳する。
M:昔の人の書く事への勤勉さというのは、凄いものだった。今江祥智さんのメモを見たときはその膨大さに圧倒されたもの。
S:名古屋出身で生涯鳥の絵を描き続けた画家がいます。小林重三(1887~1975)。カメラも発達していない当時、鳥の絵を書くというのはたいへんな難事でした。そんな努力の結晶がこの鳥類図鑑、表紙には画家の名前も出ていません。
ところで、詩人で好きなのは辻征夫です。「言葉の構築物を作りたい。そのためには人生を棒に振ってもいい」と述べています。この言葉で、僕は人生を古本屋で行くという覚悟ができたんです。「なんのための詩人なのか」という葛藤を生涯持ち続けた人でした。
M:詩人といえば、公開インタビューの時でも、決してメモを作らない人。瞬間の言葉に責任を持つ詩人。それが谷川俊太郎だ。一度彼と、会話もなく、何をするでもない時間をともにしたことがあるが、それは素晴らしい体験だった。彼はそこにいるだけで生きることのオマージュを生み出していた。この人に、70年という重さ。まだまだ解りたいことはたくさんある。鶴見俊輔もわかりたい。三木清もわかりたい。「ドン・キホーテ」もわかりたい。あれ、第3巻から面白くなるんだ。でもそれは、最初の2巻という無駄な時間を過ごしたからこそわかる面白さ。

■本棚の年輪を次世代に

S:古本屋は処分も仕事です。でも捨てるのはもったいなくて、本が貯まる。本は一冊だけでもひとつの世界ですが、溜まっていく中で形になってくることもある。だから、これが好きとは簡単に決められません。
M:日本人は、早すぎる。僕の子ども時代と今の違いはどうだろう。同じ国とは思えないくらいだ。カナダなんて、昔も今もずっと森だ。人々の生活も昔のまま。自然が優先。だから山火事が起きたって放置する。しかしそんな走りすぎの日本に突如、コロナ禍でブレーキがかった。今こそ、本を読むときだ。
S:古本屋にはどんな本が来るのかわかりません。来た本と心が通じあえたら、いい仕事ができると感じます。僕は故人の蔵書の処分を頼まれて、いろいろな家を訪れるのですが、本はプライベートな部屋にあるんです。そこには去っていった人の人生がある。本棚を見るだけで、惚れ惚れとするような人生を見ることがあります。全集で、途中から背のヤケが消えていたりすると「あ、禁煙したな」と思ったりします。
M:本棚は面白い。見たい。谷川さんの本棚にはお父様からの蔵書があって、谷川徹三が三木清の奥様に送ったそれは美しいラブレターもあるんだ。美しい文字で書かれた叙事詩のような。今江祥智の本棚は一週間で様変わり。お邪魔するたびに署名を素早くメモするんだ。でも、アラゴンと花田清輝の本は、いつも前に出しておられた。
S:本を買っていた世代が、これからは手離す側に変わっていきます。5年から10年で。常連さんが久々に来店されると、たいていは処分の話。お預かりした本を、次の世代に伝えるのが自分の仕事だと思います。でも、どう伝えていくのか。来られる人は実家が名古屋という人が多い。若い頃買ったものが実家に残っている。面白いものが多いですよ。貴重な本が東京の古書店に持っていかれないようにしなきゃいけません。
M:今はネットで調べられるからね。
S:それでどの古本屋も、レア物を店頭に出さなくなった。良くないことです。古本屋は、実際に出かけて手に取って、発見のある場所、という学生時代の実感を維持したい。息子と娘にも本好きになって欲しいと思って育てたけれど、大変でした。宮澤賢治の好きな息子はなんとかなったけれど、反抗期の強かった娘は一筋縄ではいきません。週末一緒にDVDを見ることで、なんとか共通の話題を作りました。それで得た実感は、文学は役に立つ、文学は頼れるということです。

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コメント

コメント(2)
シマウマさん
シマウマさんにはホントにお世話になりました。関西に越すとき、段ボール60箱を託しました。うまく第2の本生送っているかなあ。
自宅に帰る前に寄って、ちょっとした本を買ったり。吉田秀和の『音楽を語る』上下300円を店頭ワゴンから見つけたのはラッキーでした。
うちの子の絵本もだいぶ調達しました。
古書店があるのは大事なことです。
脇田書店はまだあるかな。竹中書店は確か越す前に消えた。四谷通り懐かしいです。

シュレーゲル雨蛙

2020/10/19 URL 編集返信

yositaka
Re:シマウマさん
シュレーゲル雨蛙さん
いやあ、お馴染みでしたか。私は二回訪れたんですが、運悪く休みで…新店舗はかなり大きな店とのことなので、時間を見つけて訪ねようと思っています。段ボール60箱とは、さすがに教授ですねえ。それでも研究室のダンボールの山を拝見するとあまり減っていないようにも…
子どもの本にも力を入れておられるのは心強いことです。今回の出張販売でもおっ、というものが入手できました。かつお師の著作が3冊です。最初の形態はのちの偕成社版とは印象が違いました。レコードのオリジナル盤のような感じです。

ネコパパの好きな「名古屋の古本屋」という書籍も鈴木氏が編纂されたんですね。古書愛と古書店愛に満ちた本ですが、対談後の雑談で、掲載されたお店の1/3しか現存していないとのお話に愕然としました。及ばずながら応援したいと思います。

yositaka

2020/10/19 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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