なんと、昭和10年の長時間レコード!

蓄音機仲間のIWさんが、LINEでこんな音源を送ってこられたのです。
2020-10-14 (2)
昭和10年ころの発売で、33回転、片面で3曲収録されているというものです。
昭和歌謡最初期の一曲といわれる「東京行進曲」が、大変綺麗な音で再生されていて、思わず聞き惚れました。
でも、ちょっと待ってくださいよ。
昭和10年といえば、1935年じゃないですか。当時はSP時代。レコードといえば蓄音機で再生するもので、回転速度は分速78回転。演奏時間は片面3分から5分という時代でした。ネコパパ愛用の手回し式ポータブル蓄音機(電気は不要)だって、2台ともその頃に発売されたものです。
33、1/3回転で再生するLPレコードの開発は、たしか戦後、電気式再生が普及し始めた1950年頃です。1935年にこんなレコードが存在したなんて、聞いたこともありません。もちろん蓄音機は、多少の速度調整はできるとしても、基本は78回転専用です。そんなロースピードのレコードが再生できるはずがありません。

さっそく、蓄音機仲間で、いろいろと議論が始まったのですが、こういうときはネコパパ、頼みの一冊、「音響技術史~音の記録の歴史」(2011 東京藝術大学出版会)を繙くことにしています。すると、ありました。
1930年、RCAビクターは長時間レコード「プログラム・トランスクリプション・レコード」を開発。材質はシェラックとビクターが独自で開発したビニライトという素材の混合で、直径30センチ、回転数33.1/3…再生針1.5ミル針圧80~100グラムで、演奏時間片面15分のものだったそうです。
このほかにも片面で30分再生が可能な、直径46センチの大型盤もつくられたとのこと。しかし盤の寿命が短く、すぐに摩耗したため、普及には至らず1934年頃には市場から姿を消した、というものらしい。
それでも5年間は製造されていて、いつかの時点で、日本でも作られたということですよね。昭和10年の発売だとすれば、製造打ち切り直前の時期になります。

画像をよく見ると、確かに英語でVictor Program Transcriptionと書いてある。間違いありません。ただ、残念なことに「音響技術史」には、再生装置についての記述がない。それでは、と英文をGoogleに入れて検索してみました。
すると、こんなサイトが引っかかりました。
1931_Transcriptions_discs.jpg
おおこれは、あの浩瀚なストコフスキー・サイトの一部じゃないですか。
説明を読むと、「新しいレコード再生システムは、ラジオと自動レコードチェンジャーを統合し、78RPMディスクと新しい331 / 3RPMレコードの両方を再生する。しかし、この長時間再生できる機器の購入は、少数の裕福な音楽愛好家に限定されていた。ビクターは、売り上げを伸ばすために、ミュージックホールで使用できるロングプレイのレコードや、儀式の前後に葬儀場で使用することを目的とした注目に値するディスクもリリースした…」と書いてあります。
その再生装置の一つがmodel RAE-26
電気式で、ラジオとオートチェンジャー付き!
こりゃクレデンザ以上、家二軒分はしたんじゃないでしょうか。
Victor_RAE-26_202010142241331fb.jpgVictor_Transcription_player_20201014224258b16.jpg

記事には、海外展開も行って、日本でも発売されたことが書かれていました。とすると、この高価な再生装置も輸入されたのでしょうね。国内に現存品が残っていると面白いですね。

日本発売盤の例に出ていたのは、ポール・ホワイトマン楽団のガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」ですね。白ラベルで、IWさんからの画像とよく似ています。
この曲、片面15分で全曲入ったのでしょうか。日本語のタイトルも書かれていますが…読めません。まさか、亜米利加交響楽では…ないですよね。字数も違います。紐育狂詩曲かも。(追記.蓄音機師匠のMackeyさんに「愛蒼狂詩曲」では、とのご指摘をいただきました)
Program_Transcription_JL-24001_20201014224852bdf.jpg

おそらくこの盤の問題は、80グラム~100グラムという針圧でしょう。極細の針を、この鉄の塊のようなピックアップにつけて超重量をかけて再生すれば、針も盤もたちまち劣化したと考えられます。当時はまだ、軽針圧という発想はなかったんでしょうね。
それにしても米ビクターの先進性はすごいものです。ただ、この時の失敗かトラウマになったのか、1940年代末期のポストSP開発競争の際は、LP発売を躊躇して、45回転EPに社運を賭けた同社は、1948年6月、ライバルのコロムビアに先を越されてしまったのです。
この再生装置model RAE-26の動く様子が、YouTube動画としてアップされていました。オートチェンジャーの動作もわかります。回転数の変換レバーや、Program Transcription Recordsを再生する様子も見られます。しかしなんというか、ものすごい機械ですね。

関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(4)
SP盤の掃除
コブラ型アームは、針圧が現行の軽針圧より約2桁重い。溝の摩耗と摩耗した鉄針の鉄粉で現行の装置で聴くとノイズがひどいですね。
先日IKさんが、拙宅にみえられて亡き姉の「童謡のSPを貸して下さい。」と担保に「巌本真理」「諏訪根自子」さんのSPをおいて行かれました。
蓄音機でかけた後や長期にかけていないSP盤は、軽針圧?(2.5~5g)ではノイズが出ていますのでバキューム式クリーナでクリーニングし、只今乾燥中です。

チャラン

2020/10/15 URL 編集返信

yositaka
Re:SP盤の掃除
チャランさん、失礼しました。音源提供はIKさんではなく歌謡曲収集のIWさんでした。記事訂正しました。

シェラック盤は高針圧にも耐えるのですが、塩化ビニールは柔らかい素材なので傷みやすいと思われます。初期のLPの内袋などには、必ず「最近の軽いピックアップを使用してください」と書いてありました。「最近の」とあるのは、旧機種の重針圧のものが当時はまだかなり出回っていたからでしょう。ビニライトがどんな素材で、シェラックとの混合率がどれくらいかまではわかりませんが、摩耗が早くて早期に撤退したことは、サイトと書物の両方に書いてあったので、まあ、弱かったんでしょう。

図書館用にお借りした巌本真理盤のコンディションは良好でしたが、クリーニングで雑音軽減されるといいですね。

yositaka

2020/10/15 URL 編集返信

1930年のRCA技術
以前、I氏からIM氏の6”Victor Home Recording record「いろんな人に再生してもらったが音が出ないので見てくれ」といわれ調べたら昭和6年(1932年)2~3月にIM氏のご家族が吹き込んだ物で材質は、ビニール(ビニライトでしたか)。アメリカの文献では、1930年後期~1932年製造の録音機用で5ミル以上7~8ミルが適正。
4.5ミルの針で再生し、PC編集ソフトで増幅・ノイズ除去をしましたが蓄音機使用や繰り返し録音をされていてまともに再生できたのは1/2~1/3位でした。
後日、ラベルを調べていたら「phonozoic.net/recordioのGallery of Home Disc Recording Machines」からIM氏のお爺様がアメリカでRCA Victor model MI-12007相当品を購入したと思われます。(IMさんすみません。お父様でなくお爺様ですね。)
RCAは、放送録音技術を家庭用に活用していたのですね。

チャラン

2020/10/15 URL 編集返信

yositaka
Re:1930年のRCA技術
チャランさん
あのソノシートの先駆けみたいなホーム・レコーディング・システムが1932年。Program Transcriptionが1930から1934年ですので、時期がかぶります。
かたや5ミル以上7~8ミルという太い針で録音再生。かたや1.5ミルの極細針で長時間再生に挑む。いびつな音の冒険と試行錯誤の日々が続いていたんですね。

マイクロホンの開発もあったし、当時のRCA-Victorの技術者の奮闘ぶりはまさに偉大なチャレンジャー。NHKの「プロフェッショナル」の時間にでも取り上げてほしいです。

yositaka

2020/10/15 URL 編集返信

コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR