「パリのフルトヴェングラー」をLPで

最近、やたらと「運命」(ベートーヴェン 交響曲第5番)の聴き比べ番組を視聴したので、ひさびさにゆっくり全曲を聴いてみたくなった。
そこで取り出したのがこの2枚組LPで、「パリのフルトヴェングラー」と呼ばれている。1954年5月4日、パリ・オペラ座での演奏会をそのまま収録している。放送番組の聴き比べにはまず登場しない、地味な録音だが、ネコパパはとても気に入っている。
評論家、吉田秀和がただいちど聴いた彼の生演奏は、この時の一連のパリ公演の一つだった。

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TALTLP021

この「運命」は、力の漲る演奏だ。
様子を見るようにじっくり開始される冒頭、打楽器金管の強烈な押し出し、弦楽器の弓を巌に叩きつけるような音圧など、手に汗握る展開。この指揮者らしい個性が刻印されている。しかし、1947年の戦後復帰演奏会のような、何かに取りつかれたようなトランス状態とは違って、どこか余裕があり、聴いていて息がつける。

ドイツの指揮者、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは同年11月30日、68歳で死去している。最後の演奏会は9月20日、最後の録音は10月6日。死の間際まで精力的な演奏活動をおこなっていた。1954年の演奏は、彼の晩年の心境があらわれたものだという人も少なくないが、音楽から何を聴きとるかは聞き手の主観。現役のまま忽然と死去した彼にとっては、目の前の音楽がすべて、そんな境地など眼中になかっただろう。

この日のプログラムは、ウェーバー「オイリアンテ」序曲、シューベルト 未完成交響曲、ブラームス ハイドン変奏曲、そして「運命」という盛沢山なものであった。
このなかでとびきり美しく、奥深いのは「未完成」で、トリの「運命」は、彼としては万全の出来ではない、とファンからは見られているらしい。金管のピッチが良くないという指摘もある。
「未完成」については、ネコパパも脱帽して、じっと聴き入るしかない。ウェーバーの序曲も、スケール雄大ながら溌溂とした気分があふれ、一点の曇りなし。
「運命」はどうなのか。確かに、出だしは会心の一撃というわけにはいかず、弦楽器と金管はあまり溶け合っていないし、ホルンやトロンボーンが裸の音で飛び出てくる感じもあるが、しばらく聴いているうちに気にならなくなる。後に行くにしたがって次第に高揚してくるライヴ感は見事だ。

それに、この放送収録は、フルトヴェングラーのライヴ録音としては格別にストレスのない音だ。残響が少なく、舞台前面から拾ったと思われるベルリン・フィルの音がくっきり明晰に聞こえる。音源は記載がないが、Tahra社主のルネ・トレミヌが仏フルトヴェングラー協会の会長だった頃、フランス国立視聴覚研究所(INA)から入手した正規音源と思われる。
このTahra国内仕様LP、入手してすぐ聴いた時には、音圧が高すぎて耳にきつく感じたが、昨日は自然な鳴りに聴こえた。モノラルカートリッジAT33MONO-LPが、ようやく、ネコパパの家電オーディオに馴染んできたせいか。

このパリ公演が2枚組のLPで出たのは1980年だった。当時は自分では買わず、友人宅で聴かせてもらった記憶がある。でも、音や演奏の印象はさっぱりだ。
発売元はこのTahra盤と同じキングレコードで、原盤はイタリアのフォニット・チェトラ。フルトヴェングラー夫人のお墨付きエディションという触れ込みでたくさんの録音を世に出した。音源の出どころは不詳である。価格は2600円。現行のTahra盤の価格は、その6倍になっている。40年前の貨幣価値を考えても、これは高いのでは。

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SLL5001/2

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コメント

コメント(7)
こんばんは
>ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは同年11月8日、68歳で死去している。
>最後の演奏会は9月19日、最後の録音は10月6日。

この間クリュイタンスの記事を書いた時に、フルトヴェングラーも調べたので、まだ記憶が残っています。
いずれも細かな点ですが、失礼を顧みず。
「同年11月8日」、これは11月30日の誤りですね。
「最後の演奏会は9月19日」、BPOとの定期演奏会は9月19日、20日の2日間でした。録音が残っているのは19日の方らしいので、最後の演奏会録音は9月19日、最後の演奏会は20日ということになります。

最後の録音は9月28日~10月6日の「ワルキューレ」なんですが、せっかくのVPOだというのに、聴いていてどうもフルトヴェングラーらしくないというか、感動を伴いません。どうせ聴くなら1950年のスカラ座か、1953年のRAIのどちらかを選んでしまいます。

みっち

2020/08/31 URL 編集返信

yositaka
Re:こんばんは
みっちさん
ご指摘ありがとうございます。早速訂正しました。
死去日は単純ミス、最後の演奏会はライヴ盤の日時に合わせたので、調査不徹底でした。こういうことじゃいけません。

「ワルキューレ」は3種類とも、部分的にしか聞いたことがありません。めげます。放送録音の2種類と違って、全曲揃っていないこともあり、セッション盤の「ワルキューレ」は地味な存在ですね。宇野本をみても「地味すぎる」と、たった7行の批評ですませています。

yositaka

2020/08/31 URL 編集返信

VPOのFurtwängler
ネコパパさん、協会盤の「パリのフルトヴェングラー」欲しかった。(馬の耳に念仏だが、逃がした魚は大きい。)
1954年のフルトヴェングラーは、 VEB Deutsche Schallplatten Berlinのジャケットに入った ETERNA 820 043 VPO:Furtwänglerベートーヴェン交響曲第5番1954/2.28/3.1があります。
冒頭の3分間は、音のレベルが低くめで管と打楽器の「ドンチャン」はありませんが後は、物静かで?芯がある「ゆとり」の演奏で私には、好ましく感じます。

ラベルが、緑地に黒文字なのでカーブを変えました。

チャラン

2020/09/01 URL 編集返信

yositaka
Re:VPOのFurtwängler
チャランさん

フランス協会はSACDも出していて、これです。
http://www.furt-centre.com/centre_issue/SWFJ423R1.jpg
これは初版のCDと同じ番号らしいです。
これもすでに入手困難。

ところが、LPが出ていたかどうは、わからないのです。

LPは、Cetra,Discocorp(米ワルター協会。「未完成」のみ収録)が以前出ていて、Discocorp盤も手元にありますが、正規音源を使用したフランス協会は、もしかしたらCDしか出していないかもしれません。
全曲のLPを1980年?に初めて出したのは、イタリア・Cetraのようです。国内盤のSLL5001/2も1980年(明記)なので、おそらく同時発売ですね。

シンピーさんの「フルトヴェングラー資料室」の記載も確かめてみました。
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/

LP/PR(Weber): DG2535805('77)→ウェーバーの初出はグラモフォン
CD: POCG2351('91)SWF941-2('94)
LP/PR(Brahms): CetraLO519('80?)→ブラームスの初出はCetra
CD: SWF941-2('94)ElaborationELA902('94)
LP/PR(No8): ColumbiaJapanOZ7512(75?)→未完成の初出は日コロムビア(米ワルター協会)
CD: SWF941-2('94) ELA901('96)
LP/PR(No5): CetraLO519(80?)→運命の初出はチェトラ
CD: SWF941-2('94) ELA901('96)

Elaborationは、フランス協会版のコピー盤とのことです。驚きなのは日コロムビアが本国アメリカよりも先に「未完成」を発売していたことです。OZは青い統一ジャケットで出ていた2000円盤だと思いますが、全く記憶にありません。

ということで、もしもフランス協会盤LPがあれば、大発見ということになります。

yositaka

2020/09/02 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:VPOのFurtwängler
チャランさん
ベートーヴェン交響曲第5番1954/2.28/3.1は、フルトヴェングラー/ウィーン・フイルのEMIスタジオ録音です。
もっとも一般に知られているものす。
当時EMIは、東独ETERNAにも多くの音源を提供していたので、その一つでしょう。
スウィトナー、ケンペ、ヨッフム、カラヤンらの東独での録音は、どれも東独ETERNAとの共同制作で、両者の関係はたいへん良好でした。

ETERNA盤は独特のマスタリングをしていて、本国盤が一番音がいいとも言われています。同社の名エンジニア、クラウス・シュトリューベンは、マスタリングの仕事もしたのでしょうか。
他国のテープを使用したときにも、独特のETERNAサウンドが生きているのか、そこに興味があります。

yositaka

2020/09/02 URL 編集返信

続VPOのFurtwängler
「パリのフルトヴェングラー」フランス協会のCDがあったので当然協会盤もあると思っていました。(CDを購入しておけばよかった。涙)

 ETERNA 820 043は、マトリックスにA面0-203 173/2XVH48 B面0-203 174/2XVH49と刻印されていますのでEMI(HMV)音源の正規盤 録音は、ネコパパさんが訪れた楽友協会ホールのスタジオ録音ですね。
シンピーさんの、「この演奏の神髄は、細部にわたって「運命」を分析的に演奏したものであることだ」その通りですね。
東側の精度の高い情報も入るようになりましたが・・・どうなりますか?

チャラン

2020/09/02 URL 編集返信

Re:続VPOのFurtwängler
チャランさん
この録音は各国のEMI盤があり、それぞれに音の特色があると思いますので、聴き比べてみるのも一興ですね。ちなみにうちにあるLPは国内盤疑似ステレオです。

yositaka

2020/09/03 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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