雑誌「ミュージック・エコー」付録盤を聴く①

かつて「ミュージックエコー = Music echo」という月間の音楽雑誌が発売されていた。
発行は学習研究社。1970年10月が創刊で、1975年まで刊行されたという。
現在これを最も多く収蔵しているのは明治学院大学図書館付属 日本近代音楽館で、1975年分は2号が残されている。ということは、1975年の年度替わりあたりで休刊になったのかもしれない。少なくとも、50号以上が刊行されたと思われる。
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中学生以上を対象にした、一般向きの音楽情報誌だったようだが、本誌は見たことがない。
この雑誌で重要なのは、毎号17cmLPの付録が付いていて、それが全て自社オリジナル録音によるクラシック名曲だったということ。
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団演奏のベートーヴェン、交響曲第5番の最初の録音は、この雑誌の付録のために収録されたものである。

先日ネコパパが大須のGH店で、EPレコードのバーゲン品を漁っていたところ、その付録らしき数枚の盤を入手した。
噂の朝比奈盤も発見。
そのほかにも未CD化と思われる貴重な録音が含まれているようなので、ジャケットの両面をスキャニングして紹介することにした。今回はその第1回。

第25号。
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2曲とも別々の機会に収録されたものだが、それぞれの録音データはもちろん、録音場所、ディレクター、ミキサーの名前まできちんと記載されている。これは、全ての盤に共通することで、編集スタッフの強いこだわりを感じさせる。
「第1期曲目」の一覧表があるのも貴重だが、演奏者の名前が記されていないのが残念だ。これによると、この号までに既刊27巻となるが、この号は25号なので、計算が合わない。もしかすると増刊号があったのかもしれない。

ここで指揮をしているのは山岡重信と荒谷俊治。
山岡氏は現在もアマチュア・オーケストラの指揮で活躍されているし、荒谷氏はかつて名古屋フィルの常任指揮者時代にしばしばライブを拝聴した。しかしレコーディングは少なく、貴重な盤と言えるだろう。

第26号。
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初代ヤマカズ氏の登場である。
ナレーターは樫山文枝。当時としては豪華な布陣で、「動物の謝肉祭」も同時に収録されたのだろうか。こちらも聴いてみたいものだ。

第33号。
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噂の朝比奈隆、初録音の「第5」である。
解説は宇野功芳で、「この堂々たる、悠揚迫らぬ演奏はまさに朝比奈隆の独擅場といえよう」と、宇野節全開である。これを機に朝比奈は学研に最初のベートーヴェン交響曲全集を録音することになる。ただし、その際に「第5」は再録音されたので、当盤は貴重なものになった。
全集のための「テイク2」は、第1楽章の反復を加えた、よりテンポの遅い演奏。(現在タワーレコードから発売されている全集セットは、両ヴァージョンが収録されている)
解説末尾に「このレコードは超長時間録音です。再生されるときはレベルを上げてお聞きください」とあるのがおかしい。「超」も面白いが「レベルを上げて」に失笑。
再生装置のレベルを上げなさい。安い装置では再生できません、ってことかな?

この雑誌について、なにか情報がありましたらご教示ください。

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コメント

コメント(4)
樫山文枝!(驚)
ブリテンの”青少年のための管弦楽入門”の語りに樫山文枝さんですか!(驚)
当時の人気女優、トップ女優の一人ですよね。

雑誌の内容は、カラーグラビアページがあり、海外取材(現地報告)のカラー写真が興味深かったです。
楽譜のページもありました。読めそうな簡単な楽譜を見て弾いたりしました。
クラシックだけではなく、深町純といった人気ミュージシャンのインタビューも載っていました。
全体に真面目な印象でしたが、硬い感じは無く楽しめる誌面でした。
 
私は同じ市内に住む少し年の離れた従兄弟が購読していたものを読んだのですが、どういうわけなのか、私の通う中学では売られていませんでした。
同じ市の隣の中学なのに?

不二家憩希

2020/08/09 URL 編集返信

yositaka
Re:樫山文枝!(驚)
不二家憩希さん
またも重要な情報を…やはりこの雑誌は書店でなく、学校で売られていたんですね。
実は私も中学校の頃、毎月学校の土間(昇降口のある空間)で、「中1の科学」を購入した記憶があります。ほかにも何か売られていた記憶もあるので、あるいは「ミュージック・エコー」も出ていたのかもしれません。

書店には並ばない「学研の雑誌」というのは、小学校の頃から、ちょっと神秘的な存在でした。
後に知ったところでは、同社は大手の学年誌に対抗するために訪問販売・学校での販売という販路を開拓し、莫大な収益を得たとのことです。だからこそ、オリジナル録音なんて贅沢な企画が実現できたんでしょう。

樫山文枝は清廉潔白なイメージの女優で、この種の企画にも度々起用されました。品があって温かい語りは絶品です。

yositaka

2020/08/09 URL 編集返信

学研の付録 開発研究はユニーク
学研の科学と学習は小学校で販売していましたねぇ。田舎の学校だったので、学研の本が買える子は、(後で貸してくれるので)クラスの王様。ピアノ教室に通う女の子はプリンセス。
算盤塾や書道塾に通う子は多かったのですが、学習塾に通う子は極少数派。生意気だといっていじめられていました。

令和になってgakkenは『大人の科学マガジン』で「円筒レコード式エジソン蓄音機」や「トイ・レコードメーカー」を発売しています。買ったらママがいじめる?

学研のユニークな編集方針と販売は今も続いているようです。


『ミュージックエコー 』、1970年10月創刊とのこと。その年の11月、三島由紀夫が市谷駐屯地で自決。「走れコータロー」「ハレンチ学園」「ウーマン・リブ」「ハイジャック」の年でした。

表紙のイラストは、64年から71年まで週刊『平凡パンチ』の表紙を飾った大橋歩(あゆみ)さんっぽい。アイビーファッションと60年代ポップスの香りがするヌード付きの雑誌でした。
『ミュージックエコー 』の読者と『平凡パンチ』の読者は、ポップス辺りで交差していたのかな。

追記:音楽学部の友人と深町純さんの御自宅に遊びに行ったことがあります。友人は純さんと、わたしはお母さまと話が合いました。

ひきこ杜

2020/08/13 URL 編集返信

Re:学研の付録 開発研究はユニーク
ひきこ杜さん、貴重な証言ありがとうございます。確かに70年は、政治闘争の時代から文化爛熟の時代への変わり目でした。万博閉幕後すぐの刊行というのも暗示的です。

学校での販売は、同社と文部省になんらかのパイプがあったことによる例外的措置で、通常は認められないことでした。
しかしこれは1971年に日本消費者連盟の抗議によって停止され、あとは家庭への訪問販売にシフトしたようです。『ミュージックエコー 』も訪問販売中心で、店頭にはほとんど並ばなかったのかもしれません。この雑誌の流通については不明な点が多いです。

表紙を飾ったのは大橋歩…実物で確認したいですね。時代の寵児の一人といってもいいんじゃないでしょうか。深町純も。当時からクラシック中心だったネコパパには馴染みのない人でしたが…

yositaka

2020/08/14 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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