プレヴィンの「田園」~他の演奏を忘れ去るひととき

ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調Op68「田園」
エグモント序曲

アンドレ・プレヴィン指揮
ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団
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米RCA CD  7747-2RC  
録音:1988年6月23~30日
録音会場:ヘンリー・ウッド・ホール
プロデューサー:デヴィッド・フォレスト
エンジニア:トニー・フォークナー


第1楽章 12:39
中庸の音で優しく歩み出し、フレーズ中程からぐっと音を伸ばす。落ち着いて気持ちの良い開始だ。音量は徐々に上がるが悠然たる歩み。レガートに流さず、音符の一つ一つ、刻みの一つ一つに至るまできっちりと弾いていく。この鮮明さは音量の大小に影響されず、聴いていて一切のストレスがない。
こういうのを「明確なソノリティ」と呼ぶのかもしれない。テンポの動きは目立たないが、楽器間のバランスと、強弱の呼吸には細心の注意が払われる。オーボエやフルートが活躍するところは、くっきり前に出す。各声部が対話するようにいきいきと絡み合い、おしゃべりする様が、いつも、曇りなく耳に飛び込んでくる、本当に愉しさに溢れた演奏である。
指揮者の棒に自発的に応えるロイヤル・フィルの管楽器群の音色がまた、素晴らしい。

第2楽章 13:38
水底までくっきりと光が差し、濁りひとつない小川の流れを見るような鮮明さである。
慌てず遅すぎない中ようなテンポ感がここでも聞かれる。第1楽章に比べるとちょっと落ち着きすぎて、表情が内輪になっているが、木管の魅惑、出るときは出て音楽を引き締めるコントラバスなど、聞くべきところは多い。コーダの小鳥の歌はクラリネットが見事だが、ちょっと大人しいかも。でもそのあとのピアニッシモの寂しさが耳を撫でる。

第3楽章 5:32
最初は中庸のテンポだが、フォルティッシモで一気に加速し、金管が飛び出すや三重奏に。オーボエ、ファゴット、ホルンの音色が光る。トリオはリズムを立てて、一気にアクセルを踏み、締めくくりのトランペットをうんと伸ばす。
そこに駆け足でしのび居る低減の暗雲。
このあたりのもって行き方は、ワルターにそっくりだ。

第4楽章 3:45
フルパワーで吹き荒れる嵐。と見せかけて、弦楽器は意外とレガート奏法を使ったりする。重量級のティンパニが見事だ。最高潮のフォルティッシモは、ここまでジェントルマンな演奏で進んだこともあって、本当に驚くばかりの破壊力がある。

第5楽章 10:21
端正なクラリネット、ホルンに導かれてあらわれる牧歌のテーマ。晴れ晴れと爽快。寄せては返す波のような動きでは、伸びやかなヴァイオリンと、強く決然とした低弦部の対比が鮮やか。その低弦が強いせいか、最初のうちは第1、第2楽章よりも渾然としていて、その分熱気の高まりを感じるが、次第に雲が晴れるようにくっきりとしてくる。
しかし一度上がった「共感音圧」は最後まで維持される。トリル変奏では最初は抑えたピチカートがだんだん強くなり、そのあとワルターが例の「強弱の波」をつけたクライマックスがやってくる。プレヴィンも、控えめではあるがそれを踏襲する。
コーダの祈りの箇所はレガートに、そしてため息のように間を入れて、悠然と終結していく。

■「田園交響曲」を、純粋に聴く楽しみ

アンドレ・プレヴィンは、意外なことだが、ベートーヴェンの交響曲全集を録音していない。
この「田園」、もしかするとRCAの企画したチクルスの一環だったのかもしれないのだが、結局第1番が第3番までは録音が実現しなかった。
ベートーヴェンの場合、「全集」がないと、どうしても注目度が下がってしまいがちで、「レコード芸術」お得意の名曲ランキングにプレヴィンの名前が上がることはおそらくないだろう。
だが、この「田園」、見事な演奏である。

プレヴィンはブルーノ・ワルターの録音を聴き込み、参考にしているはずだ。第3楽章トリオのテンポやフィナーレの造形など、ワルターの影響なくしてはありえない。でも、だからといって「二番煎じ」の印象は微塵もない。この「痒いところに手が届く」響きの克明さ、明晰さはワルターの録音からは決して聞けない、プレヴィンだけの特徴と思われるからだ。

ネコパパはこれを聴いている間、ワルター盤もふくめて、他の演奏をまったく思い浮かべることなく、ひさびさに「田園交響曲」を、純粋に聴く楽しみを味わうことができた。ほんとに名曲だなあ、とあらためて感じさせられた。ワルター云々は、聴いたあとの話である。
このディスクは「個人的な愛聴盤」にしておくには勿体無い。多くの人に聴いて欲しいと願わずにはいられない一枚である。


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コメント

コメント(6)
聞いてみたい!
ご無沙汰しています。

ぼくも大好きな田園,ネコパパさんがここまで言う演奏,聞いてみたいです。
とくに,「川底までも透けるような」2楽章,想像をかき立てられます。
レコードも出ているのでしょうか。

リキ

2020/06/19 URL 編集返信

yositaka
Re:聞いてみたい!
リキさん、大変お久しぶりです。嬉しいコメントです。
プレヴィン盤がこんなにいいとは、聴いてみるまでは、予想もしていませんでした。
さて、LPですが、1988年だと、おそらく出ていないでしょうね。その時期、旧LP時代はほぼ終わっていますし、復活時代はアナログ録音、ハイレゾ録音優先なので、出しにくい。
全集が揃っていないのも痛いです。
CDも、2007年に「アンドレ・プレヴィンRCAイヤーズ」として国内再発されてから、もう13年間も出ていないようです。16ビット「ローレゾ録音」ながら、名手フォークナーの手になるだけあって、音は鮮明です。

yositaka

2020/06/19 URL 編集返信

プレヴィンの田園・・・聴いてみたいですね。
アンドレ・プレヴィンのベートーヴェンというと、1枚も持っていないので、ちょっと聞いてみたくなりましたね。
機会があれば聴いてみたいと思います。
ワルターの影響があるはず・・という点が興味を引きます。

HIROちゃん

2020/06/21 URL 編集返信

yositaka
Re:プレヴィンの田園・・・聴いてみたいですね。
HIROちゃんさん
なにしろプレヴィンは、ベートーヴェン交響曲全集を録音していません。
「運命」をEMIとRCA、二度に渡って録音していて、これまた聴き応えのある演奏であることも、おそらく忘れ去られているでしょう。
私は昔からこの人の演奏には好感を持っていて、いつまでも「映画界出身の指揮者」と言われ続けるのがどうも釈然としませんでした。
今回気づいたことは、プレヴィンは音楽の解釈は多くの人が納得のいくスタイルを取り、場合によっては他の指揮者の演奏の引用も辞さない、しかし、音色作りについては徹底してこだわりを通す人だということです。どこかで投売りされているのを見かけたら、ぜひお聞きになってください。私もそうやってこのCDを拾いました。

yositaka

2020/06/21 URL 編集返信

アンドレ・プレヴィンという指揮者
プレヴィンは誰もが認める名指揮者であり人気指揮者でありましたが、彼の名盤というとすぐに思いつくものがありません。メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」とかガーシュウインの「ラプソディ・イン・ブルー」は良かったと思うのですが、リヒャルト・シュトラウスはいまひとつでした。
私にとってあまり良い縁のない指揮者であるプレヴィンですが、やはりベートーヴェンやブラームスが非常に少ないのがその理由と思います。
プレヴィンの「田園」、他の演奏を忘れるほど良かったのですか。そんなに素晴らしい演奏なら是非聴いてみたいです。探してみます!
(この「田園」は海外盤ですがLPでも発売されていたようです。)

ハルコウ

2020/06/21 URL 編集返信

yositaka
Re:アンドレ・プレヴィンという指揮者
ハルコウさん
ジャズなら「キング・サイズ」「プレイズ・アーヴィング・バーレン」「ダイナ・シングス・プレヴィン・プレイズ」など、いくらでも思いつくのですが、クラシックはラフマニノフ、ヴォーン・ウィリアムズ、メシアン、オルフなど、どちらかといえば近代作品が多く、あまり聴きなじむほうでもありませんでした。
ですが、不思議と「悪い印象」が皆無です。その意味で、私の中ではアバド、メータ、バレンボイムらとは、一線を画す存在でした。

今回「田園」を聴いて思ったのは、この人は「解釈の特徴」よりは「センス」の人で、大言壮語よりも細部の隠し味で勝負することにプライドを持っていたのではないかということです。そのスタイルが「エロイカ」を避け「田園」では適正を示す。そういうことだったのではないかと思います。
海外盤LPが出ていましたか。いい情報ありがとうございます。これからは中古店で意識して探そうと思います。

yositaka

2020/06/23 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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