追悼・田畑精一氏~逞しく、泥臭く、躍動する子どもたちを描いた絵本作家

絵本作家の田畑精一氏が亡くなられたそうです。
古田足日氏との共作「おしいれのぼうけん」は、日本の絵本の歴史の古典というべき作品で、子どもの頃に読み聞かせてもらったり、自分で読んだりして「わくわく」した経験のある方も、きっと多いことでしょう。
本作を始め、数多く描かれた絵本、挿絵には、60年代から70年代にかけての心ある大人たちが希望を託した、生き生きとして土臭く、たくましい子どもたちが躍動しています。
それは、良い意味でも悪い意味でも輻輳し多様化した現代の子ども観のもとでは、なかなか描かれることのない、いや、もしかすると二度と描かれることのない子どもたちなのかもしれません。そんな意味で、彼ら彼女らはひとつの時代の証言者と言えるでしょう。
心からお悔やみを申し上げます。

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絵本作家の田畑精一さん死去 「おしいれのぼうけん」
朝日新聞デジタル 2020年6月8日 16時14分

「おしいれのぼうけん」などで知られる、絵本作家の田畑精一(たばた・せいいち)さんが7日、老衰のため亡くなった。89歳だった。葬儀は近親者で営み、後日お別れの会を開く予定。喪主は弟博司(ひろし)さん。

 31年大阪生まれ。京都大学中退後、人形劇に打ち込み、その後、古田足日(たるひ)さんと出会い、子どもの本の仕事を始めた。保育園の取材をもとに古田さんと共作した「おしいれのぼうけん」(74年)は、累計発行部数が230万部のロングセラーに。そのほか、先天性四肢欠損の障害がある少女を主人公にした「さっちゃんのまほうのて」、「ダンプえんちょうやっつけた」などの作品がある。

 松谷みよ子さんらと「子どもの本・九条の会」の代表団の一員となり、日中韓の絵本作家による平和絵本シリーズの呼びかけ人になるなど、反戦活動にも力を注いだ。


「おしいれのぼうけん」は1974年の作品。
ネコパパも間違いなく出版当時目にした記憶があります。保育園の押し入れに「お仕置き」で入れられた子どもたちの冒険が、イメージ豊かに展開。「絵本」というには長いテクストと、モノクロとカラーを効果的に織り交ぜた挿絵の効果が新鮮でした。
作者ふたりは本作の取材のために「園児」として保育園に入園して、子どもたちと視点を共有する試みを行っていて、それは「子どもの論理」「変革の意志」を現代児童文学の柱とした理論家・古田足日の「筋を通した」執筆姿勢でもありました。ただ、本作はそれまでの古田作品に見られた「理が勝った」印象を与えない。それには理論家というより実践家だった田畑精一の力が大きかったのではないかと思われます。
読み聞かせるには、ちょっと長いけれど、ネコパパはこの絵本を何度も子どもたちに読み聞かせました。間違いなく、いい反応がかえってきたからです。

ただし、ネコパパ個人としてより印象が強いのは、同じ1974年に発刊された灰谷健次郎の「兎の眼」、そして4年後の1978年に出されたおなじく灰谷の「太陽の子」。二冊とも挿絵は田畑精一でした。
灰谷健次郎は古田足日とは作風が違い、長年の小学校教員の生活で培った「子どもの真実」を糧として執筆する作家でした。
「太陽の子」発刊当時、名古屋スポーツ会館で灰谷健次郎の講演を聴いたネコパパは、灰谷作品こそが現代児童文学の目指した「子どもの論理」の実現、と評する人々の多いことに驚いた記憶があります。古田足日の文脈はここでも生きていた。そして、灰谷の本もまた、古田と同じく田畑精一の手で造形された「子どもたち」の姿がありました。

当時のネコパパはこの二冊に強い感銘を受け、現代児童文学の可能性に強い期待感を抱いたのでした。そして、その「表現された子ども」のイメージは田畑精一の挿絵とそのまま重なります。
それは忘がたく、同時に、やや苦い記憶も伴ったイメージでもあるのです。

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コメント

コメント(2)
おしいれの冒険
今日は日本近代文学の授業、といってもオンライン。オンラインしていても、学生さん疲れて来ているのわかりましたから(リアクションがなくなる)、インテルメッツォで児童文学史しました。宮川さんの説をベースに、最後に1990ライトノベル元年をくっつけて、大人と子どもとのボーダーレス化、本だけから漫画、アニメ、ゲーム、フィギア、コスプレとのメディアミックスなどごたまぜの話しました。もののけ姫、この世界の片隅でまで。ボーダーレスで用意した栞子さんは忘れましたが。
途中、1959年の古田さんの童話伝統批判のところで朝刊の画家の訃報を紹介し、チャットでおしいれの冒険読んだか聞きました。ほぼ全員読んでいました。すごい本なんだと再認識しました。
1978年の那須さんずっこけシリーズ1さつめも紹介しましたが、たまたま息のもっていた小型版借りて授業。見たら、2014年に100刷でした。子どもの本はすごいな。

シュレーゲル雨蛙

2020/06/09 URL 編集返信

yositaka
Re:おしいれの冒険
シュレーゲル雨蛙さん
アメリカ、香港での市民運動が連日報道されていますが、いかに白熱しようとも、持続性のない、暴力を伴った運動はやがて圧殺されます。
公民権運動のバスボイコットが成功したのは、参加者たちが数年間も続けてバス会社の経営が破綻するところまで持っていったことでしょう。しかも暴力なし。
児童文学作品の息の長さには、それに似たところがあり、他のジャンルにはない強みだと思います。
長い間読まれることによって読者の奥底に沈潜し、どこかで生き方を変えていく。

ただ「おしいれのぼうけん」の内容には、時代を超えられないと思われる部分もあります。古田足日の「子どもの論理」にも。
田畑精一えがく横長で、目と鼻が直線状に並んだ子どもの顔。その目は「大人の論理」を見据えるように、鋭く毅然とした「アーモンドアイ」。
しかし一方でそれは子どもに担わせるには重過ぎる。
その後出た新潮文庫版「兎の目」の表紙絵は、長新太が描いていますが、登場人物の「目のない顔」、原稿の角川文庫はアニメ的なイラストで美顔の小谷先生が主で、傍らの鉄三と思われる子は、眼を伏せています。
偶然でしょうが、それがネコパパには「子どもの論理」の迷走を暗示しているようにも見えるのです。

yositaka

2020/06/10 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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