「歌う国民」~歌は「国民」創生のツールだった?

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■ツールとしての「唱歌」


時は明治初頭。

「東京音楽学校」(現在の東京藝術大学)初代校長を務めた、伊澤修二(1851-1917)。彼はもともと軍事の人で、アメリカで軍楽を学び、幕末、高遠藩で編成された西洋式軍隊の「鼓手」を勤めた人物であった。

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軍隊に必要なものは、全員一律の動作。そのためには、リズムが訓練が必要だ。「大砲の発射」というひとつの動作を取っても、兵士のリズム感覚の共有ができなければ始まらない。

軍楽は「国民」の身体を作り、「国民精神」の基盤となる。

そうした伊澤の考えを重んじた明治政府は、1879(明治12)年という早い時期に「音楽取調掛」を発足させた。東京音楽学校の前身である。ただし、ここでいう「音楽」は、教養や芸術を意味しない。

本書『歌う国民』が扱つているのは、主に「唱歌」と呼ばれるジャンルである。筆者の「唱歌」定義はかなり広く、主に卒業式で歌われた「儀式唱歌」「校歌」「県歌」も含み、「うたごえ運動」の類までも視野に入れている。

それは「国民づくり」のツールとしての「唱歌」である。

近代日本の喫緊の課題は「国民意識の確立」であり「日本をひとつの国にする」ことであった。

発足の時点で「国家・日本」とは、この島国に住む人々にとっては仮想的な共同体でしかない。「日本文化」も「日本文化」も、それを支える「日本人」のアイデンティティも、すべては「創出」されなければならなかった。

伊澤修二の主張した「唱歌」は「健康と道徳の慣用のための教育」を意味している。主旨は、人心を一定方向に導き「和」をつくるもの。つまり、共同体の中で整然と振る舞う人間を育成することである。プラトン『国家』の唱える国民作りのための旋法理論を援用し伊澤は「歌」を、近代的な「国民国家」づくりには必要不可欠な要素と考えたのである。


■西洋音楽の模倣は「先進」であった


「日本文化」の創出は伝統的でありつつも「先進的」であることが求められた。当時の音楽取調掛の活動を「西洋音楽の幼稚な模倣」と捉える人もあるが、伊澤たちの考えは違った。「日本音楽」も「西洋音楽」も「旋法」として同根であり、東西のハイブリッドは模倣でなく先進である。矢田部良吉の「俗学改良」も同種の発想であり、オペラ上演も「翻訳上演」こそ「原語上演よりも先進と考えられた。いわば換骨奪胎。これはチェコ、ハンガリーなど東欧諸国を中心に勃興した「国民楽派」とも通じる思想であると筆者はいう。

こうした経緯で推進された「唱歌」には、音楽、芸術としての自律性はない。

「皆で歌う」ことで高まる帰属意識の涵養こそ、明治政府にとって「国民づくりの切り札」であった。

一方で筆者は、唱歌を政治的側面や国家統制やプロパガンダの道具としてのみ捉えるのも正しくないと主張する。それは「社会の文化」「庶民の楽しみ」として、政府の思惑をはるかに超えて応用され拡散されていった。「替え歌」が流行し、振り付けが加わって「舞踊」として身体化するなど、お上の意向にとどまらず、多様な人々が多様な立場でかかわりつつ、総体としての「国民」が創出されていったのである。


■キーワードは『浪花節』?


本書は音楽としてよりも「ツール」として活用された唱歌の事例が多く紹介されていて楽しい。衛生に関する実践的アドバイスを歌にした『夏季衛生唱歌』(20番まである)、道徳倫理を教える歌に変貌したモーツァルトのパパゲーノのアリア、88番まである『歴史教育愛国唱歌』貯金を奨励する『郵便貯金唱歌』などである。

舞踊を伴った「唱歌遊戯」の系譜も面白い。女子音楽教育の、特に「体育」を旨として推進され、良妻賢母教育の基盤をなしていたことや、国民精神の発揚としての「民謡体操」「ラジオ体操」の拡大が「振り付けによる県歌普及」につながっていく過程にも言及される。

当時数多くの校歌、社歌、県歌を作曲し、それを余技ではなく「国民歌謡」と位置づけていた作曲家の山田耕作は、「国民音楽」に関連して「自分は『浪花節』の作曲家になるのだ」と述べていたという。

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この一節を読んでネコパパは「そうか、本書でいう『唱歌』とは『ふし』のことかもしれないな」と気づく。

『ふし』をつけて歌う、の『ふし』は、メロディーや音楽とはちょっと違う。

『うた』と『よみ』(あるいは『となえ』)の中間みたいなものと言えるかもしれない。

もしかしたら、キーワードかも?渡辺さん、どうでしょう?


新書一冊で語るには、壮大すぎるテーマが展開する本書は、示唆に富んでいて、ネコパパの「唱歌」観は大いに刺激された。

文化の問題は、ひとつの物差しだけからの発達史観では決して語ることができない。複眼の進展が必要であると改めて感じた。

ただ、大きな関心事である「唱歌」と「童謡」の違いについて筆者は、一度は「正反対のもの」と述べつつも、結論的には「(童謡を推進した)当人が思っていたほどの違いはなく、温度差のレベルとされている。ここは、自分なりの考えを持たなければと思う。

筆者は「音楽史」「プロパガンダ史」「国家統制史」などの観点から想定されるさまざまな反論を「見当はずれというつもりはありませんが…」「そのイメージには偏りと誤解があるのでは」と、異議申し立てすることに、かなりの量を使っている。

このあたりは、読んでいて正直、わずらわしい。そのスペースで、ひとつでも多くの根拠を提示したほうが説得力が増すのではないか、とちょっとえらそうなことを思ってしまった。


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コメント

コメント(2)
頭回らずm(._.)m
オンライン授業は90分授業に準備が5時間かかります。しかも細かいニュアンス(暗黙の知、臨床の知)が伝わりません。人文学には不似合いです。今日も朝からいままで職場です。
日曜日くらい休みたいのですが。
さて。渡辺さんの本が出て来ましたね。
近代日本の音楽史は、チコちゃん的です。
節(フシ)はどうでしょうか?
日本の民謡研究者はみんな民謡を五線譜に移すことはできないと言っています。
素人民謡のど自慢の審査していらした小島美子さん辺りはかなり強くおっしゃっていました。なかなか説明するにも適切な語彙がない感じがします。学問としてまどろっこしい感じがします。
いま電車、そろそろ着きます。ではまた。

シュレーゲル雨蛙

2020/05/31 URL 編集返信

yositaka
Re:頭回らずm(._.)m
シュレーゲル雨蛙さん、コメントありがとうございます。
大変面白い本ではあるんですが、この筆者、訳知り顔で一般論を述べてくる仮想読者を相手に一人論戦を戦わせているようなところがあります。ネコパパは謙虚な読者だから虚心に拝読しますよといってもなかなか聞き入れてくれません。
面白いところはいっぱいあるのに、そいういう書き方だからどうも筋が読めないのです。いや、反論することで筋を作ろうとしているのかな?山田耕筰がせっかく「浪花節」といういいヒントを出してくれているのに、そのままスルーされた感じでどうもしっくりきません。
「マーラーの文化史」では、もっと自信に満ちていたような気がします。楽曲分析の緻密さにも舌を巻いた記憶があるんです。

yositaka

2020/05/31 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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