ちょっと感傷的な追想~ネコパパと蓄音機③

拙ブログでたどるネコパパと蓄音機の「出会い」史。

■蘇るサウンド 2009/09/11

トヨタ産業技術記念館(名古屋市)で行われた「蘇るサウンド蓄音機」展に出かける。
以下引用。
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担当者にお会いすると、幸いポーダル型の中型の機器で試聴させていただくことができた。
レオ・ブレッヒ指揮のベルリン国立歌劇場管弦楽団のブラームス『ハンガリー舞曲第五番』もありました。
蓄音機の試聴といえば、大概が昔の歌謡曲なのでは。それも興味深いが…と思っていたのですが、トヨタを退職して記念館相談役を務めているという感じの初老の担当者は、意外にもクラシック一本の堅気のファンなのでした。
用意されたSPレコードはハイフェッツ(Vn)独奏、トスカニーニ指揮のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、ワルター指揮ウィーン・フィルの『未完成』、ワインガルトナー指揮ウィーン・フィルの『第九』といった、重厚なコレクション…「ワインガルトナーの第九といえば、1938年ごろの…」とネコパパがあてずっぽうを言うと
「いや、1935年です」と即答される。

聴いた印象が書かれていないところをみると、音そのものにはそんなに感心しなかったのかな。

■ヴィオロン、追慕 2010/03/31

一泊二日で上京。中央線阿佐ヶ谷駅にある名曲喫茶『ヴィオロン』を訪問。ここで聞くアナログLPの音はしっとりと丸やかで美しい。
整備された蓄音機ビクトローラ・クレデンザもあって、定期的にコンサートを行っているとのことだが、それは未だに聞けていない。ただ…
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『ヴィオロン』には、今は亡き中野の老舗名曲喫茶『クラシック』で使用されていた机や椅子、装飾品や絵画の一部が店内に再現されている。私には感慨深い。
大学時代。私はただ一度だけ、東京で美術の勉強中だった亡き友を訪ねた。卒業論文の準備で日比谷図書館や神保町を歩き回った夜のことだ。
練馬の古いアパートで一夜を語り明かした翌日、彼の案内で『クラシック』に二人で出向いたのだ。そこは何階建てなのかわからない、幾層にも分かれた店で、みしみしときしむ床や手すりの隙間を、蓄音機、古時計、彫刻、絵画、その他時代物の品物類が埋め尽くしていたSPらしい音楽鳴り響く中で過ごしたひと時は、私と彼の東京での唯一の時間だった。

マスターとその時の話をして、「中野クラシック」を追慕するメモリアルDVDを譲っていただいたのだ。そこには閉店直前に収録されたSP盤の音も30分程収録されていた。

この音質が、不思議なくらい鮮明で、耳触りがよく、温かい。
店主美作氏が毎日削って自作する「竹針」によってレコード再生を行っていたという。
竹針は盤面に優しく、レコードの摩耗を少なくし、長持ちさせた。
かつて訪れた時も また、今回映像で見ても、この店の再生装置がどんなものであったかは、実はよくわからない。
インタビュー映像では、美作氏の手元には、配線の絡まった手製の、不可思議な真空管アンプのような装置が見える。再生は電気を使用しない手巻き式蓄音機ではなく、電気蓄音機だったようである。
この温かい響きは、こうした再生を繰り返した盤が、時代の空気を吸いとって生まれてきたのかもしれない…
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■EMG、邂逅 2015/04/26

「なごや蓄音機クラブ」との運命的な出会いの日である。
新聞記事を見て、どちらかといえば「ジャズ・ジャケット」に関心をもって出かけた気がする。友人のsige君も誘った。でも、最も印象に残ったのは蓄音機コンサートの方だった。
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「蓄音機」には人をひきつける不思議な力があるようです。
再生装置は1932年に、英国でおよそ300台のみ製造された、高級蓄音機EMGマークⅨ。ターンテーブルの回転は手巻き式ではなく、モーター駆動とのこと。しかしアンプによる拡声はなく、サウンドボックスの音声をそのまま、紙を幾重にも張り合わせて作られた巨大ホーンに送出するしくみ。
プログラムは、おなじみの名曲を楽しみながら、スイング、ビバップ、クールと、50年代ハード・バップ前夜までのジャズの歴史をたどっていく趣向。音質、盤質はどれも良好で、ノイズが気になる盤はまったくありません。
まず、スイング時代の盤では、後半のどんどんディミヌエンドしていく緊迫感がすばらしいグレン・ミラーの「イン・ザ・ムード」、辛口の編曲で、原曲の渋い崩しと複雑なアンサンブルの精緻さに驚く「明るい表通りで」、
ベン・ウェブスター、ジミー・ブラントン参加の黄金時代、底光りの熱演を記録したデューク・エリントンの「A列車」がとりわけ印象的でした
マークⅨの誕生した1932年は、ちょうど先日没した母、ネコグランマ誕生の翌年となります。
この日耳にした音楽は、母の人生に、ちょうど重なる時期のものばかりでした。
それを思うと、楽しくもちょっと感傷的な気分も湧いてくる…ネコパパでした。

この日の司会が勝原オーナーで、コメンテーターは井上マスター。マスターの名調子で次々に紹介されるジャズの名曲にうっとり聞き入っていたネコパパ。
ブログには曲ごとの感想が事細かに書かれている。そして最後に母への追悼みたいな一節があるのにはっとする。
思えば、ネコパパにとってこの日は、人生のひとつの分岐点だったのかも。
この時の記事が当のお二人の目にとまり、親密なおつきあいの序章になろうとは、ネコパパ本人は全く気づいていなかった…
(つづく)


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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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