ブルーノ・ワルター&ウィーン・フィル・ライヴ、待望のSACD化

パンデミック下ではあるけれど…外出できないなら家でじっくり音楽を、ということで、ついこんな無駄遣いをしてしまった。長年のワルター・ファンということで、アヤママ様、どうかご勘弁を。

ブルーノ・ワルター&ウィーン・フィル・ライヴ1948-1956<完全生産限定盤>
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DISC1(ハイブリッドディスク)
モーツァルト
1-4交響曲 第40番 ト短調 K.550[録音1952年5月18日、ウィーン、ムジークフェラインザールでのライヴ・レコーディング]
5-8交響曲 第25番 ト短調 K.183[1956年7月26日、ザルツブルク、祝祭劇場でのライヴ・レコーディング]
DISC2(ハイブリッドディスク)
モーツァルト
1-14レクイエム ニ短調 K. 626[1956年6月23日、ウィーン、ムジークフェラインザールでのライヴ・レコーディング]
DISC3(ハイブリッドディスク)
マーラー
1-5交響曲 第2番 ハ短調 「復活」[1948年5月15日、ウィーン、ムジークフェラインザールでのライヴ・レコーディング]
【演奏】
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ブルーノ・ワルター
[DISC 2]
ヴィルマ・リップ(ソプラノ)
ヒルデ・レッスル=マイダン(アルト)
アントン・デルモータ(テノール)
オットー・エーデルマン(バス)
ウィーン楽友協会合唱団
[合唱指揮:ラインホルト・シュミート]
[DISC 3]
マリア・チェボターリ(ソプラノ)
ロゼッテ・アンダイ(アルト)
ウィーン国立歌劇場合唱団
[DISC 1~3]モノラル/SA-CDハイブリッド(SA-CD層はモノラル)
[オリジナル・アナログ・マスターのトランスファーおよびリマスター]片田博文(ソニーミュージック・スタジオ)

1975年、日本のCBSソニー(当時)が、オーストリア放送協会(ORF)および英デッカとの5年間の交渉を経て、第2次大戦後にウィーンとザルツブルクでワルターとウィーン・フィルが共演したさまざまな演奏会のライヴ録音からLP4枚分の音源を発売し、その演奏内容の充実ぶりゆえにセンセーションを巻き起こしました。当3枚組はそのすべての音源をORF提供の38センチ・モノラル・アナログ・マスターから18年ぶりにDSDマスタリング。歴史的な価値を持つドキュメントの輝きを新たにします。(ソニー・ミュージック)

 
■ネコパパの熱愛盤

これがLPレコードとして発売されたときの期待感は、大変なものだった。
購入は廉価盤のみと決めていた若きネコパパだったが、さすがにこの時は全面解禁、1枚2500円の大枚を叩いて、3種類4枚、全て入手した。初めて聴いた時の興奮感激ぶりは、思い出すのも恥ずかしい。
その後LPで2回、CDで1回再発売されたが、躊躇なく入手している。
音質向上はなかったけれど、特にモーツァルトの2曲の交響曲は、新しい盤を再生するたびに同じようにわくわくしてしまう。条件反射のようなものだ。

だからといって、この録音が、それぞれの曲の優れた演奏として、どなたにもお薦めできるものかどうかは、別の話。どれもが個性的すぎる音楽で、しかも1曲ごとに演奏傾向が異なっていて、簡単には語れない。  
 
モーツァルトの交響曲第40番は、融通無碍な演奏。速めのテンポで敏捷に奏でつつ、第1楽章のテーマにはたっぷりとポルタメントをかけたり、第2楽章第2テーマではささやくようにデリケートなピアニッシモを聞かせたり、第3楽章トリオでは指揮者の鼻歌も交じるという按配で、全体が即興演奏のようである。
交響曲第25番では様相が一変する。指揮者とオーケストラが一体となって、気迫丸出しの、強靭な音楽が展開される。ワルターの身振りが、そのままオーケストラの音になっているような生々しさがあり、最後の一音まで気が抜けない。
ネコパパの脳裏に「共感音圧」という言葉が初めて浮かんだのは、この録音がきっかけだった。以後それは、音楽演奏を判断するキーワードのひとつになった。
 
モーツァルトの「レクィエム」は、おそらく、失敗の記録だ。初めのうちはテンポも決まらず、アンサンブルはがたがた。合唱もばらばら。第3曲「怒りの日」あたりまでそんな調子で、第4曲の独唱の入るあたりで、ようやく安定してくる。観客も曲の切れ目でいちいちざわついて、うるさい。それでも冒頭から濃厚に感じられる「ウィーン的な音色」はワルターの残した同曲の録音ではもっとも際立っていて、調子が出て以降の表情豊かな歌い上げは、魅力十分と思う。
 
マーラーの「復活」は、冒頭のフォルテの切り込みから乱れがちで、どのフレーズも弱い音で始まって、段々と音が出てくる…といった、いかにも曲慣れしていない弾き方だ。にも関わらず、ヴァイオリンの扇情的な音色といい、メロディックな部分の溶け入るような歌わせ方といい、亡命直前、1938年ライヴのマーラー第9番の演奏に聴かれる一種種退廃的な響きが充満。その危うい美しさに、いつのまにか惹きこまれる。

■丁寧なリマスタリング、データ満載の解説書

SACD化といっても、元来古い放送録音なので、コロムビア交響楽団とのステレオ盤のような大きな変貌や改善はない。それでも、もともと聴きやすかった交響曲はもちろんのこと、決して良好とは言えない「復活」やレクイエムも、録音状態のことなどすぐに忘れて音楽に集中できるのは、成功と言うべきだろう。「復活」など、ようやく演奏の本来の姿が見えてきた気がする。テープヒスなどのバックグラウンドノイズは消さず、単発的に発生するクリックノイズだけを手作業で取り除くという地道な作業も功を奏している。

デイスクと同じくらい価値があるのが、88頁に及ぶ解説書だ。
初発、再発すべてのライナーノーツ、当時の雑誌批評、発売の経緯などが網羅的に収録され、特にワルターがウィーン・フィルと行った演奏会の曲別の記録と、戦後のすべての演奏会記録が掲載されているのは驚きだった。
浩瀚なワルター・ホームページを運営されているDANNOさんが資料提供と詳細な考察を行っており、熟読に値する内容になっている。

ただひとつ気になるのは、交響曲第40番にまつわる録音データの混乱(1952年説と1956年説がある)にまったく触れていない点だ。
実を言うと、今回の発売でネコパパが音質と同じくらい期待していたのは、それについての納得のいく説明だったのだが…今後の論議を待ちたい。




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コメント

コメント(12)
同一LP3枚?
 ということは同じ内容のLPを計三枚買ったということですか?
CDで買い直すというのは、よくあることですが、LPの時代でもやっていたということでしょうか?
それは何を狙ってのことでしょうか?
音質向上の確認?ジャケット違い?ボーナストラック目当て?


 

不二家憩希

2020/04/30 URL 編集返信

yositaka
Re:同一LP3枚?→そう、「偏愛」です。
不二家憩希さん
恥ずかしながらネコパパは、特別好きな演奏家に関しては再発の度に購入することもあります。普段はレギュラー盤も一切買わないのに、ワルター、シューリヒト、カザルスは別枠なんです。
こういうのを「偏愛」って言うんでしょうね。

ワルターのこのシリーズは同じ装丁で廉価盤に一度なり、単純に「悔しかった」ので再購入、そのあと別シリーズで「デジタル・リマスター」をうたったものが出たのでそれは「音質向上」を期待して購入しました(結果は変化なし)。その後手放したものもありますが、モーツァルトの交響曲だけは3枚揃えて架蔵しています。
CDも、ソニー、オルフェオ、アルトゥス、エピタフォンから出たすべてを入手しました。うー、書いてて嫌になります…

yositaka

2020/04/30 URL 編集返信

確かに、気になります。
> 録音データの混乱(1952年説と1956年説がある)にまったく触れていない点だ。
気になりますね。
アルトゥス盤が56年表記だったでしょうか。
ピッチの問題も、アルトゥス盤のほうが訂正されている、というレビューなどもありますね。
いっぽう、アルトゥス盤は、悪評高い G.クラウスや O.アイヒンガーが噛んでいるという懸念が云々され…。
Sony盤も、ORF音源提供であることは明記していますから、彼らが噛んでいる可能性ゼロではないのではないか、と想像したり。

CDでは、最近のDSDマスタリングのものは高域キラキラ過ぎの感じがあって、25DC5196を買い戻し、これだけが棚にあります。

へうたむ

2020/05/01 URL 編集返信

yositaka
Re:確かに、気になります。
へうたむさん
確認してみると、エピタフォン盤には音源提供者の記載がなく、アルトゥス盤とソニー盤にはORF提供の記載とロゴマークがあります。
アルトゥス盤、ソニー盤は提供者が全く同じなのに、前者には1956年、後者には1952年のデータ表記になっているのです。
私は所持していませんが、アルトゥス盤と同じくクラウス/アイヒンガーのマスタリングによるアンダンテ盤もあり、そちらは1956年表示。つまりクラウス/アイヒンガーの関わったものは56年、ソニーがORFとの直接交渉で入手したものは52年の表記なのです。で、内容は同じ。エピタフォンの1956年表記は「送られてきたデータのもの」とライナーノーツに書かれています。

CDは、25DC5196もDSDのSICC401も買いましたが、今残っているのは後者だけです。CDは一部の拍手が切られているせいもあって、あまり聴く気になれず、ほぼLPしか聴いていなかったので、CD同士の音の違いは意識していませんでした。
さすがにへうたむさんは繊細にお聴きになっていますね。

yositaka

2020/05/01 URL 編集返信

Re:Re:同一LP3枚?→そう、「偏愛」です。
そうなんですね。
CDも4枚とは!(軽く絶句(笑))

ロックやポップスでは、ごくたまにですが新譜の時点でジャケット違いの盤を何枚もリリースすることがあります。熱狂的なファンはそれらを全部買い集めます。
ただそうしたリリースは、そのミュージシャンやシンガーが人気の絶頂にいると思われる時期だけです。
強気な商法と言えます。
あるいはLPやCDの帯を替えて再発することもあります。
すると熱狂的なファンは、帯違いというだけでまた買ってしまうんです。
矢沢永吉さんとかのファンはそういう人が珍しくないしそうです。私もリアルでひとり知っています。

ワルター、シューリヒトは熱狂的なファンがいることは知っていましたが、カザルスもですか。

不二家憩希

2020/05/01 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:同一LP3枚?→カザルスは適宜選択しています
不二家憩希さん
カザルスは、特に米コロムビア盤は網羅的な全集は出たことがなく、散発的ですので、いつも気を付けています。
プエルトリコ・カザルス音楽祭やプラード音楽祭、マールボロ音楽祭の録音など、まだ未発表のものが相当ありますし、今出ているものもカットがあったりなかったり、音質がLPよりも悪かったり、ぞんざいな扱いを受けているものが多く、信頼性が低い。再発は気になりますね。

SP時代の録音は、多数のレーベルで復刻されていますが、音はかなり違います。それに、カザルスの演奏はたとえ同じ録音でも、聴くたびに印象が変わることも少なくないので、重複買いの意識があまりないのです。
それに、これはまったくの道楽ですが、安ければSP盤そのものも欲しい。無伴奏組曲の英仏盤のような、一曲数万円もするのは手を出しませんが…

yositaka

2020/05/01 URL 編集返信

Re:Re:Re:Re:同一LP3枚?→カザルスは適宜選択しています
 カザルスほどの大物なのに、意外とぞんざいな扱いをされているんですね。
呆れるというか、熱狂的なファンの中には怒りを感じておられる方もおられるのでは?
カザルス関連の未発表音源などとうの昔に出終わったと思っていました。
音楽祭の音源だと出演者全員の再発の許可を集めないといけないので、難しいのかもしれませんね。海賊盤ならそういうことはスルーして発売してしまうのでファンは喜んで買うのですが。
ロック関連でもそうしたケースはありますが、とにかく面倒らしいです。

未発表音源があるとなると、欲しくなる気持ちはよくわかります。

ですがSP盤は我慢しましょう。
私は偉そうに言える人間ではないと思いますが、一応ストップをかけておきます(笑)

不二家憩希

2020/05/02 URL 編集返信

yositaka
Re:カザルスは適宜選択しています
不二家憩希さん
カザルスの音楽祭録音は、発売時期もバラバラで、特にマールボロのものは何がオリジナルの発売形態だったのかもはっきりわかりません。

例を挙げれば、1988年にメンデルスゾーン「フィンガルの洞窟」序曲、1991年にシューマンの第2交響曲ののマールボロ録音、2015年に「未完成」のリハーサルのプエルトリコ録音が、ソニーから初リリースされますが、いずれも既出の録音と組み合わされ、そのカップリングは再発の度に変わります。
2013年にはブラームスの第1交響曲のプエルトリコ録音という大物が出ました。これはソニーではなく、平林直哉氏がにコレクターから入手したマスター・コピーによるもの。データやメンバー表も完備した信頼度の高いものです。こういうのが流出するのです。カザルスの関わった音楽祭録音の全貌は明確ではありませんが、特にプエルトリコ音楽祭のものは、いつ何が出てきてもおかしくありません。
1961年来日時に指揮したベートーヴェンの第4番とモーツァルトの第29番も、おそらく東京放送に残っているはずです。
それと、昔から有名な1961年11月の有名なホワイトハウスコンサートは、おそらく数日違いの全曲セッション映像(フィルム収録)が残されています(私は見ました)。「鳥の歌」はカザルスの指使いをクローズアップで捉えたもので、世界遺産級の記録ですが、どういうわけか、誰ひとり言及しないのです。

yositaka

2020/05/02 URL 編集返信

Re:Re:カザルスは適宜選択しています
おぅ~、カザルス関連音源は想像以上にゴチャゴチャしているんですね。
とても興味深いです。
ある意味、ロック、ポップスの世界よりもドロドロしているような感じです。

>これはソニーではなく、平林直哉氏がにコレクターから入手したマスター・コピーによるもの。
これっていわゆる流出音源ということでしょう?
良いのかそんな音源使って商品化しても?(笑)
カザルスの遺族が何も言ってこないであろうということを踏んでのリリースでしょうが。
ファンとしては、それでも嬉しいですよね。適正価格で流通されるのであれば。

購入の際に色々推理したり、発売済みの盤のデータと照らし合わせたりと、なかなか面白そうです。気が抜けませんよね。
私が部外者?だからそんな呑気なことを思うのかもしれませんが。


不二家憩希

2020/05/02 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:カザルスは適宜選択しています
不二家憩希さん
なかなか面白いでしょう。ワルターの記事ではありますが、もう少し続けましょうか。
メジャーレーベルと協力して計画的に録音し、演奏会も公式記録の残るワルターと違って、録音にはあまり関心がなく、演奏の場も特殊だったカザルス、その差が出たんでしょうね。

戦後最初の録音は、友人アレクサンダー・シュナイダーの奔走で米コロムビアと契約したため実行されたもので、それがカザルスの演奏活動を経済的に支えたのです。
カザルス自身は商業録音に興味はなく「好きに録って」という姿勢だったので、録音スタッフはカザルスを追っかけて走ることになりました。

マールボロ音楽祭は、ルドルフ・ゼルキン主催の、若手育成を目的とした教育音楽祭で、指導者として参加したのですが、カザルスの指揮の素晴らしさに驚いたシュナイダーやゼルキンが、またもコロムビアに直談判して急遽録音となりました。プエルトリコ音楽祭のものは録音スタッフが行っておらず、音楽祭スタッフが記録用に収録したものをコロムビアが買い取ったのです。

戦後のカザルスは社会的、教育的、政治的意義を認めた機会にだけ演奏活動していたわけで、いつどこで何をやるかわからない。それで現在も全貌が掴めないわけです。この話題は、いずれ別の記事で取り上げたいと思います。

yositaka

2020/05/02 URL 編集返信

Re:Re:Re:Re:カザルスは適宜選択しています
実に興味深いです。
それでカザルスの音源は複雑になっているんですね。
ジャズでもキース・ジャレットのように同じレーベルで何十年もリリースしている人もあれば、アルバムを出すたびに違うレーベルの人もいますよね。
考え方の違いなんでしょうが、後を追っかけるファンにしたら、キースのような人の方が助かりますよね。
カザルスも音楽祭ごとのそれらの盤が駄盤ならともかく、指揮した演奏が素晴らしいとなるからファンは目が離せませんよね。

不二家憩希

2020/05/02 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:Re:Re:Re:カザルスは適宜選択しています
不二家憩希さん
だいぶ脇道にそれたのでここまでにしますが、返信を書きながら、カザルスのマールボロ音楽祭CDを久々に聴き直して感銘を受けました。おかげで再聴のチャンスをいただけました。
今日聴いたのはメンデルスゾーンの「イタリア」、ベートーヴェンの第1、第2、第6と、ブラームスのハイドン変奏曲。野外の会場で収録していますが、細部まで鮮明な見事な録音です。

yositaka

2020/05/02 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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