一曲入魂、クルレンツィスの「運命」

コロナ禍に膠着する人々と世の中に「カツ」を入れるような、すごい一枚が登場。
テオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナ、ベートーヴェン交響曲第5番「運命」である。

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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
テオドール・クルレンツィス指揮 ムジカ・エテルナ
録音:2018年 コンツェルトハウス、ウィーン(セッション)Sony Classical

これ1曲だけを一枚のCDに収録。
それだけでもう、大変な気合が入っている気がしてしまうが、まったくそのとおりの演奏で、聴きはじめたら、一気呵成。

第1楽章。力こぶを振り下ろすような主題提示、ぐいっと音を伸ばしたと思ったら、膝を曲げて急激に弱音。指揮者の動作がそのまま演奏者の出す音となって、緩急自在に動き回る。強い音も弱い音も全力、変化の推移もまた、素早い。
第2楽章は、初めのうち、ピリオド奏法の色が濃い。ヌメっとしたノンヴィヴラート奏法で始まるので、出だしははやや気になるが、これに対比される打ち込みリズムの動機は鋭い。ティンパニが、これでもか、というくらいクレシェンドして来るのが怖い。アクセントのキレも鋭い。
第3楽章はこちらが演奏に慣れてきたのか、力こぶがやや抑えられ、普通に近くなる。とはいえ、トリオの刻みのビビッドな鋭さは刺激的だ。ピチカートの強弱変化も騒がしい。
そしてフィナーレ。勝利の主題はフレーズを短めに切って、軽快に進む。
面白いのは、普通の演奏では隠し味気味に使われるコントラ・ファゴットのヴーヴーと唸る様が終始はっきり聞き取れること。コントラ、大活躍である。
クルレンツィスにはフィナーレを曲の頂点として盛り上げようとする意志はあまりないらしく(第1楽章からずっとキレているから)突如レガートにしてみたり、声部のからみを強調してみたり、テンパニドンでひきしめてみたりと、遊べるだけ遊んでいる。そして、緊迫感よりも幸福感、テーマを彩るカラフルな音のほとばしりの中で締めくくられる。
演奏時間は、フィナーレの繰り返しも含んで、およそ30分。

■懐かしの「運命」、気合の3枚

この曲の演奏時間は、長すぎず短すぎず、アナログLPの時代も、リリースの際は扱いに困っていたと思われる。
12インチ(30センチ)盤LPを、この曲だけで埋めるのは少し短か過ぎる。それもあって「運命」と「未完成」で1枚というお徳用カップリングが珍重され、60年代から70年にかけては随分出た。
そこまでサービスしない場合でも、せめて序曲1曲くらいは余白に収録されたものだ。1枚に「運命」一曲だけ、という強気のリリースは少なく、それだけに、敢えて出た場合は演奏者やレコード会社の自負と気合が感じられたものである。
ネコパパが特に印象に残っている「気合の3枚」がある。

カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1970)
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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1943)
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カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1974)
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フルトヴェングラー盤は、録音そのものはたいへん古いが、発売は1970年8月。英ユニコーン原盤による大戦中のドイツ帝国放送録音で、これがはじめての国内正規盤だった。
当時、レコード店ならどこでも無料で配布していた広告誌「レコード・マンスリー」のレビューに「詰め込みが流行る時代に、『運命』のモノラル録音一曲で2000円とは割高ですが、それだけの価値はある」と書かれていたことを記憶している。
ベーム盤は同年の12月に発売。「第9」と同時発売で、これも2000円。
珍しく朝日新聞に大きな広告も掲載され「レコード芸術」の表紙も飾った。ドイツ・グラモフォンがデッカ(ロンドン)専属のウィーン・フィルと初めて録音したという点でも画期的で、あの黄枠のジャケットにムジークフェラインザールの写真が使われていたのも新鮮だった。
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1970年という年はベートーヴェン生誕200年で、大阪万博で外来演奏家の大規模な公演も行われ、クラシック音楽界は活況を呈した。
その「記念盤」づくしで、通常はシェアの低いクラシック盤も、売れた年だったのではないか。「世界最長、これぞ運命の運命を変える運命だ!」という名目のピエール・ブーレーズ(1968)も同年の発売だったと思うが、これは「運命」単独盤ではなく、カンタータ「静かな海と楽しい航海」がカップリングされていた。

一方、カルロス・クライバー盤はその4年後の録音。オイルショック後なので、ジャケットも「豪華見開き」だった先の2枚に比べると簡素、それで価格は2400円もした。話題の割には録音が少なかったクライバーの最初の交響曲音ということで、やはり「特別な一枚」と受け止められていたことを記憶している。

これらが話題になった当時、既にネコパパは重度なクラシック音楽依存症に罹患していた。
しかし3枚ともリアルタイムでは入手せず(原則レギュラー盤は購入しない方針だった)、知人からの借り聴き、ダビング、FMエアチェックなどで、苦労して聴いた。いずれ劣らぬすばらしい演奏と思い、1枚1曲の「有り難み」をじっくりと味わったものである。

「気合の3枚」VS「その一味」の音楽

さて、ここからはネコパパの独断的コメントだ。
これら70年代の「気合の3枚」を、クルレンツィス盤を比較すると、どうなるか。

演奏スタイルでは、クライバー盤にいちばん近い。
「冒頭から怒涛の切り込み」という流れは、時代をこえてこの2枚が双璧と言えそう。速いテンポでぐいぐい進む推進力も相通じる。
一方、オーケストラと指揮者の密着度、一体感の強さは、戦時下のフルトヴェングラーに近いものがある。
「パワハラ」なんて言葉がなかった時代の「専制君主」と「配下」の関係を、クルレンツィスは現代に再現しようとしているとも感じられる。ムジカ・エテルナというは、おそらくそれが可能な団体なのだろう。「クルレンツィスとその一味」みたいな。
彼がこれから活動を広げ、ベルリン・フィルやウィーン・フィルのようなメジャー・オケを指揮するようになるとしたら、音楽はどう変わるのだろうか。ゲルギエフやドゥダメルの例をあげるまでもなく、現代のオーケストラ環境で同じスタイルを維持するのは簡単ではない。期待半分、不安半分というところである。
では、ベーム盤はどうか。
雄大さ志向の曲作りは、いかにも旧世代で、クライバーよりずっとフルトヴェングラー寄り。とはいえ指揮者のコントロールはかなり緩く、演奏自体は「気合」には遠い。
ベームがライヴ盤でよく聴かせた血の出るような凝縮感も、フィナーレを除けば影を潜めている。いわゆる「スタジオのベーム」であり、クルレンツィスとの共通項はほとんどないと言えるのではないか。正反対の演奏といってもいいかもしれない。

最後に、ネコパパの好みを白状しよう。
多分もうバレていると思うが、それはベーム盤なのだ。

当時のベーム人気や、レコード会社の「気合」もあって、発売当時は絶賛されたこの盤の評価は、50年間で低下を続け、現在ではすっかり雲散霧消、ほとんど話題に登らない録音になってしまった。
でも今回、クルレンツィスのあとで聴いてみたら、これがいいじゃないか。むしろ、比較することで、よさがいっそう際立ってくるように感じられる。

ベームはこの4枚の中で、誰よりもオーケストラを引っ張らない、自然体の演奏をしている。
そのかわり、音そのものの中に独自の個性の刻印がある。無骨な頑固さが染みとおった響き。冒頭の主題提示にしても、ゆるりと音を伸ばし、力まずに流しているようだが、決め所は決して外さない。無骨ながら硬すぎず、ウィーン・フィル独自の音色も充分活かす。
この「運命」は、クルレンツィスのように、聴き手を鷲掴みにして引き込むような強引さはなく、聴き手が自分から歩み寄るのを静かに待っている。そうだ、このような音楽こそ、ネコパパのベートーヴェンの「故郷」だったのである。

コロナ禍に膠着し、疲弊した人々に「希望」をもたらすのは、声高な「カツ」ではなく、このような音楽なかもしれない…という思いも湧いてくる。
お聴きください。


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コメント

コメント(10)
う~ん、これは好みが…。
クルレンツィス vs ベーム/ウィーン・フィル ‥‥これは好対照ですね。

すみません、私、この両タイプがダメのようなんです(汗;;)。
いわゆるピリオド型ないしベーレンライター新版型の演奏は、テンポが速すぎて、第1楽章で、第2主題に移った時のほっとする感じがなくなってしまうところなど、まずアウトなんです。

P.ヤルヴィの大人気盤、これで手放しました。古楽器版のガーディナー、ブリュッヘンもダメ。
クルレンツィスは、ちょっと違う感じもありますね。

> 戦時下のフルトヴェングラーに近いものがある。
ははぁ、YouTube動画で、前衛(?)舞踊とコラボした第1楽章がありますが、指揮姿を見ると、なるほど、と思いました。

他方、オーストリア観光局推奨のごとき、ゆったりしたベームも、合いません‥‥客観的にはいい演奏 ― 同じウィーン・フィルのシュミット=イッセルシュテット[← 意外に重戦車タイプでしたっけ? ]などと同じく ― だと言えると思うのですが。
手許に残ったものからちょっと聴いてみて‥‥トスカニーニ、クライバー父子、ライナー/シカゴ響といったところが、今のところフェイヴァリットか、というところです。

へうたむ

2020/04/26 URL 編集返信

yositaka
Re:う~ん、これは好みが…。
へうたむさん
今回は好みというより、「1曲一枚」という発売形態にこだわった遊びです。
トスカニーニは1939年SP盤は1曲6枚、1954年盤の初出はLPは第8番との組み合わせ、ライナーは「コリオラン序曲」つきでした。
それに対して、クライバー父子はふたりとも1曲一枚でした。偶然でしょうが、ここにも確執を超えた宿命的なものを感じますね。
この中でネコパパが一番好きなのは、父クライバーです。

それと…へうたむさん同様、私もピリオド奏法は概ね苦手です。ガーディナー、ブリュッヘン、パーヴォ…私もイマイチだと思います。でも、今回のクルレンツィスのキレっぷりは、スタイルを越えて面白い。「次は何をやってくれるか」という期待感が膨らみます。
…で、そのあとベームを聴いて、「そういえば、これベートーヴェンの曲だったな」と我に返ったわけです。

yositaka

2020/04/26 URL 編集返信

鬼才クルレンティス
いつもお世話になります
クルレンティスという指揮者は2年ほど前にハルコウさんから教えてもらい「フィガロの結婚」のファイルもいただいてしまいました。
その「フィガロの結婚」には驚きました。
驚きましたが繰り返して何回も聴きたいとは思いませんでした。
実演だったら、若い頃だったら、大袈裟に言うと驚喜したかもしれませんが。。。

さてベームのオクラになったという「グレートですが
ギガファイル便というものにアップしました
初めてなので同じものを二つアップしてしまい、他にも不都合があるかもしれません
宜しかったら下記サイトからダウンロードしてみてください
パスワードは「361」です 蛇足ながら「」は不要です
5月4日まで有効です
https://33.gigafile.nu/0504-95d76b062f73412a9cf788990a26bb51

パスピエ

2020/04/27 URL 編集返信

yositaka
Re:鬼才クルレンティス
パスピエさん、コメントありがとうございます。
「驚きましたが繰り返して何回も聴きたいとは思いませんでした」クルレンティスの指揮には、たしかにそんな一面があると思います。
「運命」を聴いてまず思ったのは、自分が繰り返し聞くというよりも、これは誰かに聴いてもらいたいということでした。それでさっそく行きつけの名曲喫茶に持ち込んで(緊急事態中ではありましたが)、数人で楽しんだわけです。カルロス・クライバーを聞いたときはそうは思わなかったことを考えると、クルレンツィスの演奏には「みんなで熱狂したい」という、一種の「劇場的要素」があるのかもしれません。

ベームの音源、ありがたく拝聴させていただきます。ちなみに私の架蔵CDは1993年発売のMETEOR MCD-061というプライベート盤です。比較してみたいと思います。

yositaka

2020/04/27 URL 編集返信

yositaka
Re:Re:鬼才クルレンティス
パスピエさん
拝聴しました。
アナウンス入りエアチェック音源。ネコパパ架蔵のCDと全く同じものです。DGGのマスタリングによる商品版「未完成」とは違って、ずっとマイクが遠い感じなのも、ORF提供のテープの素の音なのでしょう。
例の「バタン」は、CDの方が大きい音に聞こえ、弦楽器の音はご提供のデータの方が滑らかですが、基本的に大差なし。どうやら噂通り、METEOR盤の音源は国内で録ったエアチェックのようです。

yositaka

2020/04/27 URL 編集返信

Re:Re:Re:鬼才クルレンティス
おはようございます
聴いていただきありがとうございました

「未完成」は商品化されているとは知りませんでした。
カップリングは「新世界」のようですが、この音源も手元にあります(^^

海賊版はエアチェックのものが結構あるようです
この「グレート」もそうだったようですね

パスピエ

2020/04/28 URL 編集返信

yositaka
エアチェック盤の時代
パスピエさん
1990年代初頭に、数多く出たプライベート盤の多くは、徳岡直樹さんのお話によると海外では一切発売されていなかったそうです。
カナダ盤、アメリカ盤などと表示されていましたが、当時から日本製が多いな、という気がしていました。優秀な機材をもった日本のエアチェッカーたちが音源提供したのでしょう。カルロス・クライバーなど、プライベートに来日しては喜んで買っていったという話もあります。道義的には問題ですが、熱心なファンの渇きを潤す「夢の缶詰」であったことは否定できません。

ベームの「未完成」ライヴは、DGGとしても扱いに困ったたらしく、ドイツではシューマンの第4番とのカップリングで出たばかりのシューベルトの第5番と組み合わせで出ましたが、日本では重複を避け、モーツァルトの「アイネ・クライネ」と組み合わされました。いずれもベーム追悼盤で、今聴いてもすばらしい演奏ばかりです。

yositaka

2020/04/28 URL 編集返信

Re:エアチェック盤の時代
こんにちは
こちらにも詳細に事情を説明していただきありがとうございます

エアチェック音源というものは音質的には難点がありますが、記録という面から見ると貴重なものもあります。
そんなことを思いながら最近ではエアチェック音源を聴く機会が多くなりました。

パスピエ

2020/04/28 URL 編集返信

音量を絞りつつ・・・・・
今、コンヴィチュニー/ゲヴァントハウスの田園を聴き連ねています。
250年記念といっても通しでバラバラかけっぱなしにしてるのはカイルベルトとコンヴィチュニーのものが続きます。加えてピアノソナタではケンプの定番DGGを。
余計な才気や正確性より伝統的武骨さを第一に重んじた表現こそが耳に心地よいと感じます。
ハルコウさんのエロイカ1楽章連続鑑賞記事の精力的なエネルギーにはただただ驚かされましたが、yositakaさんはベーム/ウィーンフィルですか?
合わせてズスケカルテットの16曲に浸りきるにおいて楽聖250年を締めることとします。

老究の散策 クラシック限定篇

2020/05/18 URL 編集返信

Re:音量を絞りつつ・・・・・
老究さん、お久しぶりです。体調はいかがですか。
コロナ禍で生誕250年も出鼻をくじかれていますが、これからですね。コンヴィチュニー、カイルベルトの交響曲演奏は私も気に入っています。
録音されてもう60年もたっているのに、音の状態も非常に良好で最新録音にも引けを取りません。朝比奈のフォンテック盤もこういう音録りをしてほしかったと思います。ケンプの演奏もそうで、個人的にはこの3人の魅力は、伝統ではなく自分自身の解釈に信念を持っているということです。
その意味ではベームもクレルンツィスも少しも変わりません。

ベーム/ウィーンフィルはもちろん好きですが、当記事は「一枚一曲」に目をつけた遊びで、その中では、という意味です。普段はいいものを幅広く、という姿勢で楽しんでいます。
これまであまり聴いてこなかった弦楽四重奏曲も最近は惹かれます。このジャンルも斬新な録音がどんどん出ています。最近耳にしたフランスのエベーヌ弦楽四重奏団の演奏はすばらしいものでした。地方の音楽院在学の学生4人が1999年に結成したという、まことに若いクァルテットですが、アンサンブルというより、全員が一人のように解釈を共有して、聴き手にぐいぐい迫ってくるのです。ズスケも聴けはエベーヌも聴く、と、残る人生貪欲に、幅広く楽しみたいと思っています。

yositaka

2020/05/19 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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