童謡・唱歌でたどる音楽教科書のあゆみ

2020年4月から放送中の朝ドラ「エール」は、目下、学生時代の古関裕而が作曲家を目指して奮闘する姿が描かれているが、彼の学校生活は一般に比べて随分音楽的な環境が整っていたと思う。
そう思うのは、最近こんな本を読んだからだ。

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目次
洋楽の日本への伝播
「学制」の発布と音楽(唱歌)の扱い
音楽取調掛と特筆すべき人物
最初の教科書『小学唱歌集』の出版
『幼稚唱歌集』全
『普通唱歌集』全
音楽用語(明治初期~中期)
祝日大祭日儀式唱歌の制定
教科書検定制度そして国定の唱歌教科書
“唱歌科”が義務教育の必修科目へ一歩前進
「国民学校令」と音楽教科書
中学校の変遷と音楽教科書
高等女学校の変遷と音楽教科書
〔国民歌謡〕日本放送協会

序盤では明治期初頭、学校制度を政府がどう整えていったかを全般に抑え、後の東京芸術大学となる「音楽取調係」が欧米の事例に習いながら音楽教育の体制を整えていく過程が詳述される。
「音楽取調係」の調査は緻密ではあったが、日本全国の学校の実情には追いつかず、指導教員の育成も追いつかず、その結果「唱歌」の時間は長らく「必修科目」とはならなかった。それがようやく実現したのは、太平洋戦争迫る昭和16年であった。それまでは「唱歌」の科目をおくかどうかは各校の自由裁量。儀式では「儀式唱歌」を歌わせることが要請されたが、系統的な指導はほとんど行われていなかったようである。
「エール」で描かれているような「唱歌の時間」が、熱心な「音楽の先生」によって実際に行われている学校は極めて少なかったのである。
また、意外なことだが、音楽教科書は「国定教科書」の枠からも外されていた。検定制度が長らく続いたことから、全国で膨大な種類の「唱歌集」「副教材」が出版されていた。まさしく百花繚乱。

本書の筆者、松村直之は、大阪楽友協会会長で、高校・大学で教鞭・研究を行う傍ら、合唱指導にも長年携わってこられた方である。
所蔵されている明治期から現代に至る音楽教科書、副読本類は膨大なもので、本書はそれらを年代順に整理・紹介し、収録された唱歌を記載、比較的知られた歌曲については作曲事情、成立過程、当時のエピソードを加えてコメントを加えている。作詞者、作曲者、編曲者の経歴などのデータも記され、索引も完備している。
譜面や歌詞の相当数が図版で引用され、エピソードを読みながら一つ一つ見ていくだけでも、興味は尽きない。

童謡「花咲か爺」の歌に出てくる「ポチ」の語源には「外来語説」と「法師説」がある。
西条八十の「かなりあ」はなぜ「かなりや」になったのか。
明治16年の「楽典」では、長調は「大旋律」、短調は「小旋律」と書かれていた。
「君が代」が教科書に初収録されたのは明治26年。歌詞は3番まであった。
等等。

筆者は「本書は手元にある資料だけで、十分とはいえない。しかも近畿で使用されたものに偏っている」と書かれている。このことからも、明治から昭和初期にかけての音楽教育や唱歌指導の実情がいかに多種多様で混沌としていて、全貌が掴みづらいものであるかがよくわかる。その「混沌」をありままま、紙面の許す限り目いっぱい詰め込んだのが本書ということになるだろう。
今後、いろいろとお世話になりそうな予感のする一冊である。




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コメント

コメント(4)
唱歌と教育
以前紹介したかも知れませんが、猪瀬直樹『唱歌の誕生』は半ば小説仕立てで読みやすかったです。また、渡辺裕『歌う国民-唱歌、校歌、うたごえ』は、猪瀬よりも取っつきにくいけれども、学校等で子どもが歌を歌うことがこの国でどのような機能を果たして来たかを浮き彫りにします。もしまだお読みでなければ、ぜひにとお奨め申す次第ですが、ネコパパさんはもう読んでいそうですね。
コロナ禍や書を読むことの増せる春 蛙

シュレーゲル雨蛙

2020/04/16 URL 編集返信

ポチ
一つ追加します。花咲爺の犬ですが、日本の花咲爺譚を調べると、ポチは少数派でした。一番多いのはシロです。
日本ではかつて犬を食べる慣習がありました。長崎県五島と秋田県阿仁とに同じ諺が伝わっていました。
いち赤に黒さん白し斑(ブチ)
という諺です。これはかつて昔話研究者の野村純一に教わりました。何だと思いますか?
旨い犬の順序です。犬の毛並みから序列を付けたのですが、ブチ=ポチかと思われます。
しかし、繰り返しますが、花咲爺譚では、民間の伝承ではシロが多数です。柳田国男は、東北の事例、川上から流れてきた木の株、白い箱等からシロが現れるのを古態と見なして、花咲爺の犬も桃太郎や瓜子姫等と同様の小さ子=神の子と見なし、それゆえに不思議な力を持っていたと説いたのでした。白い色に聖性を認めたのかもと言われています。ポチでは、神の子ぽくなりませんね。

シュレーゲル雨蛙

2020/04/16 URL 編集返信

yositaka
Re:唱歌と教育
シュレーゲル雨蛙さん、ご紹介ありがとうございます。
渡辺裕『歌う国民-唱歌、校歌、うたごえ』…いや、まだ未読です。この分野に関心を持ったのはまだこの3年くらい、不勉強なことが多いのです。渡辺氏の本は「文化史の中のマーラー」「聴衆の誕生」とあと一冊くらいは読んでいたはず。さっそくぽちりました。猪瀬直樹『唱歌の誕生』は雨蛙さんに薦められすぐ入手しましたが、まだ積ん読です。こちらもぼちぼちと…

yositaka

2020/04/17 URL 編集返信

yositaka
Re:ポチ
そうですか、シロですか。まあ、そうですよね。
子どもの頃から「ポチ」はどうも違和感がありましたから。
本書によると唱歌「花咲爺」は、作曲者田村虎造の編纂した「校訂唱歌集」大正15年に収録されたあたりから広く普及したようです。作詞者石原和三郎は、群馬県で校長を務めた人物で坪内逍遥監修「小学国語読本」の編纂に加わり「兎と亀」「浦島太郎」の作詞もしているとのこと。
この昔話を全国的に有名にした巌谷小波「日本昔噺」所収の「花咲爺」明治27年では犬の名前は「四郎」になっているそうですね。となると、ひょっとして「ポチ」は作詞者石原のオリジナルの可能性も。
ブチ=ポチ説もとても興味深い。
なお、本書では「法師」「spoty」「pretty」「petit」説が挙げられていました。

yositaka

2020/04/17 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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