探求!宮澤賢治の聴いたSPレコード

今回ご紹介するのは、2019年7月28日、東京神保町にある子どもの本専門店「ブックハウス」で開催された、蓄音機コンサートの動画です。
講師は、年末のラジオ番組「教授の大晦日」に毎回登場している黒崎政男教授です。
氏はSP全般に浩瀚な知識を持つコレクターで、宮澤賢治の聴いたSPレコードの探求はライフワークの一つとのこと。
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実は、2016年に放送された「教授の大晦日」は、まさにその「宮澤賢治の聴いたSPレコード」の特集だったそうですが、残念なことにネコパパがこの番組を知ったのは2018年。
過去の放送は聞くすべもなく、忸怩たる思いでいたのでした。
ちなみに、2016年に放送された宮澤賢治関連の曲目は次のようなものだったようです。

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そこへ、つい先日発見したのが、この動画です。
待望の内容でした。
2016年に放送された盤のほぼすべてと、その後の黒崎氏の最新の研究成果も含めて、貴重なお話と音源をたっぷり聴くことができたのです。

再生に使用した蓄音機も、由緒あるもの。
伝説のコレクターで音楽評論家、そして小説家の「あらえびす」こと野村胡堂が愛用し、富士レコード社に寄贈した名品ビクトローラ・クレデンザ。
ネット動画を通してすら、その再生音は見事なものでした。黒崎氏の所蔵盤の状態が素晴らしいことも、もちろんあります。



曲目についての詳しいデータは、黒崎氏のブログをご覧ください。

ネコパパの注目点は、賢治の愛したベートーヴェンの「田園」、ハンス・プフィッツナー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団の盤が1923年の旧録音と、1926年の電気録音の二つのヴァージョンで聴けたこと、「セロひきのゴーシュ」関連で、猫のリクエスト曲が「トロメライ」(「トロイメライ」にあらず!)に決定するまでに何度も変更され、そのすべてが当時の盤で聴けたこと、そして何よりも、子だぬきの持参した楽譜「愉快な馬車屋」の真の原曲が判明したことでしょう。

「かっこうのドレミファ」は、「田園」第2楽章の終わりに登場する「小鳥の歌」のクラリネットの部分。テンポの遅いプフィッツナー盤の演奏はまさに「格好」のもの。
猫のリクエスト曲はグノーの「アヴェ・マリア」、シューベルトの「アヴェ・マリア」、そしてロマチック・シューマンの「トロメライ」と変遷しますが「トロメライ」は近衛秀麿指揮新交響楽団の盤、ロベルト・シューマン「トロイメライ」が流されました。黒崎氏は、賢治が上京して新響のチェロ奏者にチェロのレッスンを受けた際に、オーケストラのリハーサル風景も見学し、それがあの見事な「セロひきのゴーシュ」のオーケストラ練習の描写に生かされたのではないかと推測します。
「ゴーシュ」に登場する、厳しいけれど人間味に満ちた「楽長」のモデルが、あの近衛秀麿と考えるのは、なかなかに楽しい想像ですね。

しかしなんといってもすごいのは、「愉快な馬車屋」の原曲がオリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンド演奏のLivery Stable Blues(米Victor18255)と、黒崎氏が看破されたこと。
Livery Stableで「馬車屋」という意味なのだそうですが、そのLiveryをLovery、つまり愛すべき=愉快な、と誤訳したのではないかというのです。
なるほど!
ゴーシュは子だぬきの持参した楽譜を見て「なんだ、『愉快な馬車屋』ってジャズか」と言うのですが、原版番号から推測すると1917年録音のこの盤は、史上初のジャズレコード米Victor18255と考えられるようです。それが正しいとすれば「ジャズか」の答えは「そう、まさにジャズ。」
賢治の言葉は歴史的な意味を持つことになります。

それにしてもこのLivery Stable Blues、演奏のはじけ具合と、録音のよさといったら!1917年のアコースティック録音とは到底信じられません。オリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンドの演奏は、きっと音が盛大に出て、集音ラッパを存分に振動させたのでしょう。

こんな曲の譜面を持たせて、ゴーシュに習って来いという「たぬきのお父さん」って、一体何者?
しかも子だぬきは「ぼくは小太鼓の係りでねえ」と言っていることから、お父さんは本格的な「たぬきのジャズバンド」をやろうとしていた、ということでしょう。だとしたらゴーシュの所属する「金星音楽団」とのコラボもあったかもしれない。
ますます想像が膨らんできます。

黒崎氏は「賢治の作品は空想で作り上げたものではなく、一つ一つが事実、体験に基づいている」とコメントされています。全くそうだと思います。ファンタジーを構成する一つ一つのパーツはすべて賢治が実際に見たり聴いたり触れたりした事実。だからこそ、賢治の作品世界は読者にも「真実」として受け止められるのです。

そんなわけで、ほかにもパデレフスキ、ヘンペル、ストウピン(「なんとかラプソディ」!)、カザルスなどの貴重なレコードが次々に登場して、ひとつひとつ感想を書き出したら収拾がつかないくらい濃密な2時間でした。

実は「富士レコード社」も「ブックハウス」も、ネコパパが東京に出かけるときは必ずと言っていいくらい立ち寄っている、お馴染みのお店なのです。
開催を知っていたら何をおいても駆けつけたのに…

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コメント

コメント(4)
作家と音楽
レコード鑑賞家で地方の楽団構成員でもあつた宮澤賢治が、チェロの指導を受けに上京したことは、知っていましたがその先は、分かりませんでした。
その時の体験が、「セロひきのゴーシュ」として作品になったのですね。
黒崎氏のSPレコードによる検証 特に、「愉快な馬車屋」がオリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンド演奏のLivery Stable Bluesであるとの指摘。
発売まもないジャズ・レコードを地方の宮澤賢治は、所持か聴いていたのですね。

チャラン

2020/04/04 URL 編集返信

yositaka
Re:作家と音楽
チャランさん
賢治は30歳の大正15年(1926)12月2日、チェロを抱えて上京、 神田の上州屋に下宿し、12月29日までの4週間滞在して羅須知人協会設立のための自己研修に励みました。
その終わりの時期、当時から賢治を評価していた詩人、尾崎喜八夫人の紹介により、新交響楽団の大津三郎から3日間チェロを習っています。尾崎家は音楽通で、近衛秀麿、大津ら新響関係者とも親交が深かったようです。新響は10月に結成されたばかりで、1月の演奏会目指して近衛の下で練習に励んでいた…まさに「ゴーシュ」の物語とも重なり合います。
賢治の原稿は弟の清六氏の努力で残ったのですが、花巻空襲で実家は灰塵となり、SPコレクションはほとんど焼失してしまいました。研究の進展は、賢治の先鋭的なコレクターぶりを少しずつ明らかにしています。
彼は我々が思っているよりも、ずっと「現代人」だったようです。

yositaka

2020/04/04 URL 編集返信

黒崎政男教授のSP談義
黒崎政男教授のSP談義はNHKのラジオでも良く放送されていますね。
いつぞやはフルトヴェングラーのバッハの「G線上のアリア」などを放送していて興味深く聴いていました。(車の運転中でしたけどね・・・)
この録音は持っていますが・・・

宮澤賢治の投稿文についても興味深く読ませていただきました。

HIROちゃん

2020/04/07 URL 編集返信

yositaka
Re:黒崎政男教授のSP談義
HIROちゃんさん
黒崎政男教授は、ラジオだけでなく「analog」誌などのオーディオ媒体にもよく登場しています。HIROちゃんさん同様、自作アンプの制作にも大変熱心な方のようです。ブログも拝見しましたが、オーディオはもちろん、LP初期盤の音質比較など、嵌ったら抜け出せそうもないマニアックな世界に突入されているご様子です。どこかでお近づきになれるといいなあと思っています。

宮沢賢治と音楽については、もうひとつ記事を書きます。そちらもお楽しみに。

yositaka

2020/04/08 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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