ワインガルトナーの「田園」~そっけなさの中に秘められた魅力

ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調Op68「田園」
フェリックス・ワインガルトナー指揮
ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団

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日アルティスコ(キャニオン)LP  YZ3001/9

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日EMI(新星堂) CD SGR8527

録音:1927年1月18~19日
録音会場:ロンドン、スカラ劇場
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第1楽章 9:05
冒頭、まず気になるのは音の貧弱さだ。テンポは早く、そっけなく、ただ譜面通りに音をなぞっている印象である。しかし聴いていくと、オーボエの音を前に出し、フレーズの終わりを短く切り上げるようにアクセントをつけている。この「スパッと切れがいい」演奏が指揮者の意図だとわかってくる。1927年という時代を全く感じさせない、即物的で情感を抑制した解釈なのだ。
不思議なことに、展開部にさしかかるあたりまで聴いてくると、はじめは気になっていた音質の貧しさが、なぜか気にならなくなってくる。各声部のからみをくっきりと描き分けようとする指揮者の意志の力が、録音の不備をのりこえて迫ってくるような気がするのである。
さらによく聴くと、不動のテンポで間合いをつめてサクサク進める一方で、ほんのわずかにルバートを掛ける箇所もあるなど、一本調子にならない配慮も抜かりなく行っている。コーダでは抑えきれなくなったかのような感興の高まりも感じられる。

第2楽章 11:01
速いテンポでどんどん進めていく。楽器のバランスや音の分離は良好だ。さすがにこの楽章となると、素朴さ一本槍ではものたりず、もう少し情感を出してくれないものかと思ってしまうが、弦楽器がクールな分、管楽器が自発的に強弱やタメを利かせ、情感不足をカバーしている。第1楽章に続いて、オーボエのセンスが光る。

第3楽章 2:50
ここも随分早い。主部はトゥッティとアンサンブルの区別もあまり感じられないくらいに通り過ぎてしまうし、トリオも全く同じテンポ。おまけに反復も省略して次の楽章への経過句に突入してしまう。
演奏者があまり楽しんでいない感じにも聴こえる。

第4楽章 3:14
ティンパニはほとんど聴こえない。音を割って咆哮する金管群が印象的で、迫力を出そうとしていることはわかるのだが、このダイナミックレンジの狭い録音では、なかなか真価が伝わらない。あえて言えば、第3楽章と似たりよったりの音楽に聴こえてしまう。

第5楽章 8:12
フィナーレに入っても、さほどテンポは落ちない。第1楽章と同じような、思い入れを排除した運びで一貫するが、ここではフレーズの終わりの切り上げとアクセントがいっそう効き、長いフレーズではこれまでにないクレシェンドも聴かれるようになる。ワインガルトナーもまた、このフィナーレが楽曲のクライマックスと考えて、特別に力を入れて演奏していることが伝わるのだ。
ただし、コーダに至っても、テンポで感慨を語るような気配は一切ない。最後の二つの和音をこれほど無感情に、投げ出すように演奏した例もあまりないと思われる。


フェリックス・ワインガルトナーは、世界で初めてベートーヴェンの交響曲全曲をレコーディングした指揮者である。
その企画は、アコースティック録音の時代に始まり、同じ曲を何度も繰り返し録音しつつ、最良のテイクを求めていくという、手間と時間のかかる方法で行われた。「田園」も、CDジャケット解説を執筆された新忠篤氏によると、1924年に第2楽章まで収録したが、翌25年に電気録音が実用化されたため中断、1927年になって「ベートーヴェン没後100年記念盤」として、あらためて録音し直されたという。
全集の完成は1938年まで、11年かかり、この「田園」は最も古い録音となった。日本での発売元の日本蓄音機商会(後の日本コロムビア)は英EMIに再録音を要請したようたが、結局行われなかった。理由を推測すれば、1936年にブルーノ・ワルターが同社に録音したことが大きいだろう。
ここに聴く演奏は、そのワルター盤と比べても客観性が強く、より現代的といっても過言ではない。
あまりにテンポが早く飾り気がなく、聴き始めるとすぐ終わってしまうような印象があるが、それでも十分に面白く、痛快でさえあるのは、オーケストラの音に手作りの味わいというか、体温のようなものが感じられるからかもしれない。
ノイジーでダイナミックレンジが狭く、当時としても、決して優秀とは言えない音質だが、そこにはやはり、現代の演奏にはない魅力が秘められている。

今回聴いたのはLPとCDである。
CDはSPの音をあまり手を加えずに復刻したもので、中高音よりの腰高な音。一方キャニオンのLP復刻盤はかなり加工色があって、芯の強い音で低音もよく響く。擬似ステレオでもあり、無理に現代の音に近づけようとした観があるが、これはこれで面白い。


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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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